愛情の伝承
- 2006/06/02(Fri) -
私がかつて支えられなかった者たちに与えられなかったことを、いまの私が他人にできるからといって、それは単なる物質的なことにすぎない。私自身が変化したわけではない。

たとえその時にいまの物質があったからといって、その時は、また別の事柄で、私は彼らの後ろにいる人々に非難されただろう。
私は、私ゆえに、二人を支えられなかったのだ。

物質が足りなくとも、「幸福」に生ききる人々はいるにちがいない。

私たち三人は、幾度か「幸福な瞬間」を知り、その〈コツ〉をつかんだかに思えたが、予期せぬ大波は、私たちの〈がんばり心〉をついに圧倒した。

終盤になっても、まだ、人生をわからない。
それでも、私にも、続く若者、ついてくる子どもがいてしまう。止まれない。
自ら未完成だからといって、私より未来ある者たちを放擲できはしない以上、日々努めて迷妄から離れて生きてゆくようするしかない。

あの二人への愛情が私にそうするようにいまも指示している。

この記事のURL | いまも | CM(0) | TB(0) | ▲ top
<<友人・知り合いこそ財産 | メイン | Ap(アプ)と名づけられたカメ(語源はサンスクリットの「水」)>>
コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://odjinn.blog69.fc2.com/tb.php/32-0afafe5b
| メイン |