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Ap(アプ)と名づけられたカメ(語源はサンスクリットの「水」)
- 2006/06/02(Fri) -
14052006(002).jpg


15052006.jpg


この3日間、子どもは何度「ねえ、カメ買ってきた?」と私に尋ねたことだろう。


だから土曜日にくるよ

やたラッキーラッキーラッキー! たのしみ! にゃははうへへキューぷもーん…… (以下、意味不明な音声が続く)

落ち着いて学校行ってこい

やにゃ

というありさまである。


ヒトが犬と住む、猫と暮らす、鳥とすごす… 
 
ペットを飼うというと、アクセサリをもつのと似た、生活に付加価値をもたらす行為のように思うこともできるが、あるいは、異なる種(しゅ)の生物が共棲する、という、基本的生活形態の一変型にすぎないのかもしれない。

子どもが親の判断で、住む場所や通う学校というロケーションが決められるように、ペットも飼い主にその判断権があるだけで、ともに暮らしてよりより空間時間を共有しようという点ではヒトとヒトの場合と同じかもしれない。

血のつながらない親子が一緒に住むと、日本では、児童虐待の引き金になる事態だと眉をひそめる人々がいるが、スウェーデンでは、兄弟で母親か父親が別々で、さらに、親のどちらとも子もまた血がつながらない、という家庭は特にさして悲惨な事件を連想させる状況ではない。日本で、そのような事件があるのだとしたら、それは、共に暮らす人間の心の問題なのだ。特に、大人の側の。



私は、これまで、飼っていた犬1匹と猫2匹の死にあってきた。

カメは、私よりは生きてほしい。

子どもは、カメに、私の名前に「作」をつけた純和風の名前を発案したが、無論私は却下した。しかし、「さく」だけの名前になると思う。スウェーデン語で、SAKと書くと「もの」という意味、漢字で「朔」と書こう、と言ったら

いいねいいね~~~~ OKOKOKですぜ にゃはははうへへ~~~(以下、上と同様)

と昨夜はこわれていたから。

(この記事は、管理者の別ブログにおいて今年2月に書かれたものである。)
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