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近いがゆえにわからない
- 2009/07/23(Thu) -
「金髪長頭」 というのが、ヒトラーのナチスがゲルマン人の 「理想」 とした 「アーリア人」 の容貌だった。その故地とされる北ヨーロッパで、私は、はっきりいって、私の畏友だった Jan Hellström ほか数名の男女はそうだったが、その割合は、そう、3割くらいだったろうか。まあ、留学生の多い大学、というせいもあるだろうが。

いずれにせよ、スウェーデンでは、それほどに、おもに中近東からの移民との混血がすすんでいる。いまは、移民1世の子どもたちが結婚して、その子どもが学校教育の場に現れて始めている時代だ。

逆に、黒い髪で、短く坊主刈りにしている若者が金髪よりも多いくらいだった。
東洋に対する、漠然とした畏敬の念があの国民にはあったようにもおもえる。
もしかしたら、私も、そのせいで、「大事に」 扱われたのかもしれない。
ラジオでも、仏教やイスラム教ばかりでない、儒教や道教の番組もあった。


☆ ★ ☆ ★ ☆



私たち日本人は、身近に中途半端に知ってしまっているから、仏教の本質をほとんど知る機会がないのかもしれない。

他方、ヨーロッパ人たちは、世界を公平に見たときに、自分たちのギリシャ・ローマの精神遺産に劣らない価値のあるものとして Siddhartha (「人生の目的を成就した人」 の意味:仏陀の本名) の教えも、また、老荘の思想も尊んでいる。


なまじそばで知ってしまっているために、その一面しか見ずに、全体の価値を把握できない、ということは私たちにはよくあることだ。私たちの視野、というものは、本人にはわからないところで制限をうけているものなのだろう。


精神も、視野も、普遍かつ無辺の彼方に住するようでありたいものだ。




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