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日本人にとっての異文化
- 2010/07/02(Fri) -
私のところに遊びにくる子ども(小学高学年~受験浪人生)たちはみんな
私がつくるある料理が好きなのだが
そのための、茹でたジャガイモの皮をむいていて思い出した。


(説明写真はありません。あしからず)
スウェーデンのウプサラ大学に留学した当時
学食のお米はインディカ米だったが、定額で食べ放題なことがまずうれしかった。


主食には、お米のほかに、茹でた皮付きのジャガイモがあった。


私は最初、ジャガイモの皮を指でむいていたが、その初日に
周囲を見て、フォークとナイフでむく方法を学んだ。
たぶん、それが私がスウェーデンで学んだ最初の異文化習慣かもしれない。
そしてそれは、いまも私の行動様式になっている。
無論、その後、北欧のマフラーの巻き方、
雪道を自転車で行くコツ、
さらに、吹雪の中を自転車で進むコツ、などなど数え切れないことを学んだわけだ.




異なる文化様式を嘲笑・非難・排斥する者は、日本人に特に多い。
それを私は、
沖縄・八重山のあるNPO団体の自称 「研究所」 の、広島と新潟出身の職員2人に顕著に見た。
この理由は、単なる 「島国根性」 とか 「外国コンプレックス」 では説明できまい。




しかし、国が変われば野菜の皮のむき方ひとつさえ変わるのであり、
そこに、その場所ならではの事情や工夫や知恵があるものなのだ。


広い世界を知った者は、それだけさまざまな人種・国民の知恵を知っているわけで
そこに、行動の余裕や観点の高さがうまれる。


さまざまな国民と接するヨーロッパの人間は、そんな知恵を尊ぶのだが
日本人は、自分に余裕や知恵を示す人間をとりあえず排斥したいもののようだ。
どうしたもんだろう、この民族は・・・・・・
まあ、そんな日本人がだんだん減少することを祈るだけだ。
よりよき日本国のために、よりよき社会のために。



t


(本記事の一部は2008年11月7日に書かれた.)
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