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野良とも野生ともなんとでも呼べ
- 2009/09/12(Sat) -
この島にも野良犬野良猫がいる。むしろ、東京よりも多い。
野良犬が多いのが目につくが、犬は一代でだいたい終わるのに対して、野良猫は子どもを産んでどんどんふえる。

そんな猫にエサをやるなという意見もあるが、やらなくともごみ袋をあさるし、飯屋居酒屋の裏口に集合するし、鳥やセミを食べるし同じことだ。

エサをやると建物にいつくというが、やっている人間が引っ越すか死ぬがして、建物にエサがないとわかれば来なくなる。そもそも、エサをやってもそれが合わなければ来なくなる。

ニンゲンにエサをもらうのに慣れたところで見捨てられる運命がかわいそうだ、という人もいるが、野生の生き物はそんなことで自分を哀れだとおもったりしない。それは、左の私の写真の下に訳しておいた詩にもある通りだ。
ニンゲンならではの 「感傷」 になぞ、猫も私もひたってなどいない。

ゴミ箱からでも野生からでも彼らは同じようにエサをとる。死んだ動物が彼らにエサを給するように、ニンゲンもまたあまって廃棄するものを彼らに供するだけのこと。まして、自分の敷地内なら後始末もちゃんとする。

「面倒をみる」 などと高踏的立場でもの言うな。人間も野良猫も同じこの地上の間借人。連中はニンゲンに依存しているとはおもってない。あんたたちも始末に終えない無頼ニンゲンじゃぁないか。


k


(本年7.9.記)


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