2017 07 ≪  08月 12345678910111213141516171819202122232425262728293031  ≫ 2017 09
スポンサーサイト
- --/--/--(--) -
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
すべてをふりすて
- 2009/05/16(Sat) -
ヒトも容易にネコに出し抜かれる.

だから、映画 『プレデター』 で、シュワルツネガーの主人公が高度文明のエイリアンを肉弾戦で倒すのも無理な話ではないとわかる.



ましてや、ネコ対ヒト、エイリアン対ヒトでない、
「ヒト対ヒト」 の場合、どんなふうにでも、相手を陥れ、抹殺することも容易に可能なのだろう.




私などは、
ある老教授の専門言語を、その弟子に 「あれは格が4つだからカンタンだよ」 と読み方を教えたところ、
その教授から猛烈な語気の電話で 「おまえを一生学問世界から抹殺してやる」 と言われたこともあるし、
先の沖縄・八重山のNPO団体からは、人が口にするのも憚られるようなでっち上げの醜聞を喧伝され、
周囲が無言のままに遠巻きになっていくさまを見る貴重な経験もした.
ヒトがヒトを表面上でもせよ害することはかくも容易なのである.



そのようなものたちを、私が、なにも相手にして対抗しなかったのは、

まあ、「下衆野郎はメじゃない」 と当初はおもっていたこともあるが、



ほどなく、より大きくなった私の感情は、
先の 「ネコ対ヒト」 「エイリアン対ヒト」 のように、
現実は、見かけの当事者同士の優劣にかかわりなく、いかようにも転ずる、とわかるようになっていたからだ.


要するに、どうでもよい、と.




「害するもの」 と 「害されるもの」 の間には、本質的優劣など存在しないのである.






われを害するものはすきにせよ

われはどうでも歩みつづく

きみらが 「われ勝てり」 と酔っているときも

われは価値あるものを遺しつづけているだろう

きみは 「あんたはおれたちを見下している」 とさけんだが

わが線上にきみはいない

ゆえに きみをわれとの比較俎上にあげたこともない

わが道はただわれのみのもの

煩悩も愛執もふりすててゆくのに、ましてやきみらを顧慮することなどあろうはずもなし.



s



(本日51歳初日に記す.)



この記事のURL | 我が基層 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
<<人間の脳の蒙昧さ | メイン | われらの地歩>>
コメント

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://odjinn.blog69.fc2.com/tb.php/254-d8c4fb2b
| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。