異なる文化に出会うとは
- 2009/04/25(Sat) -
ある映画をインターネットの某サイトで観た.


知恵遅れの青年の部屋を教師が訪れる場面があった.


ベッドと、はがれた壁.そこには工場で働く青年と仲間の写真があるだけだ.


教師は 「いい部屋ね」 と素直に言った。
すると、映画を見ている者たちのコメント(そう書くと、どこのサイトかわかるだろうが)もまた、


「いい部屋」 「こんな家具、日本でもつくればいいのに」 「電球はむきだしでも味出てていい」 「なんかオシャレだな」 「なんかイイねえ」 「かっこいい部屋」 などと表示された。それに対して、「これは決してオシャレな部屋って設定ぢゃないだろ」 という書き込みまで出た.


* * * * *


むろん、その場所は、外国の暮らしでは粗末を極めた部屋である.


それが日本人には 「オシャレ」 で 「イイ」 と目に映るのは、それが異なる文化の意匠だからだ.


文化が異なれば、ドアノブのつくり1つから私たちが見慣れた日本のものとは違ってくる.


そこに、愉しみ、心地よさ、を感じるのは、当然のことだ。
無論、そこに、その民族ならではの工夫があってのことだろうが.
そして、日本では、政治的に、地理的に、「行きやすさ」 から、
アメリカが唯一の外国異文化のように見られている.
「アメリカン」 であることが、異なる文化がもつ心地よさの唯一のステイタスになっている.
むろん、世界でそんな国は日本だけだ.
ヨーロッパでは、アメリカは新参者で 「尊ぶべき文化伝統のない国」 と教科書で読んだことがある.





スウェーデンのIKEAも、先年ようやく日本にもでき、マスコミに紹介されるようになってきた.


IKEAは、10年くらい前、私がスウェーデンにいたころにも、寮の友人と休日に大挙して買い物に行ったものだ.むろん、本家スウェーデンのIKEAはそれよりずっと前から存在する.



日本に異文化が移植されるのは、映画や音楽ならば最短でたいていヨーロッパの3年遅れ、
IKEAのような大規模なものだと数十年遅れになる.



日本の若者たちよ、待っていずに、もっと自分たちで船を漕ぎ出せ.

日本でちまちま 「勝ち組」 などを目指すより、もっと、地球に住むニンゲンとして、自分の規模を大きくせよ.



未来の人類と地球の行方を決める礎になるのは、決して会社や組織で利ざやあげ上りつめた者ではなく、


これまで同朋のわからなかったことを持ち帰り教え広める1人の 「変人」「異人」 である、と、
そう歴史も教えているのだから.




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