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スウェーデン人的な性意識
- 2015/01/13(Tue) -
スウェーデン人による著作 『スウェーデン人』(Gillis Herlitz) によれば、
「スウェーデン人は性的な事柄に緊張感をもっていない」 とある。
それは、日本のように、性を禁忌の対象、語るに憚れる対象、日陰者の存在にせず、
また、アメリカのように、それをあからさまに会話や行動に反映させない、
ということである。



私が以前ともに暮らした女性は、幼稚園で女の子の性器と自分の性器の違いに気づいた息子に
彼の目の前で肢を開いて自分の性器を見せて、構造の違いを納得させていた。
彼女のやりかたは、一面で性を即物的にとらえるスウェーデン人的なやり方といえよう。



私は、血のつながらない小6の娘に、性教育をしてくれ、という母親の希望を受けて、
男性性器の構造と機能、および、性行為の仕組みを説明した。
加えて、そこには、人間としてのよろこびが存在するから、
日本では、性を商売の対象にしようとする者、相手の心を無視してそれを貪ろうとする者、
などが社会の空気を乱し、犯罪を起こしたりするのだ、ということも述べた。
それらは、人間として、不自然で異常、奇矯なあり方である、と。
彼女には、自分が大事におもう相手ができたら、
その人とたいせつに愛情とともに性のよろこびを味わうように教えた。



◇◆◇◆◇



私のところなどに勉強を教えてくれとくる島の子が何人かいる。

別に学校ではないから、好きな時間にくればよいと言うと

高校生の女子が何時間も私のところに一人でいたりすることもある。

すると、口さがない周囲は、私を感情的に下司な男のようにせせら笑ったり、

それはとてもいけないこと、と眉をひそめたりする。


私にすれば、なにを想像しているのか知らないが、彼らの頭の中こそが異常だと思う。




私がスウェーデンで出会った女性たち、たとえば、

クリスマス帰省するときに学生寮の自分のペットを私に面倒みて、と部屋の鍵を私に渡したニーナ

帰国前の2週間ほど住居のなかった私に部屋を貸してくれたロッタ

スウェーデン人の彼女たちの意識のほうが、どんな日本人よりも高次元の性意識だったとはっきり言える。




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しかし、日本では、このように、周囲の社会が理解できないことを敢えてし続けるのが私の人生の本質なのかもしれない、ともこのごろわかってきた。

周囲が理解できないことを敢えて行う。

そのことで、その社会のわかる者だけが少しでも覚醒すればよい。その社会の大多数に私が排斥されても、その僅かの覚醒さえ世界にもたらすことができれば、それが私の生きる価値になるだろう。


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(本記事は2008年12月15日に書かれた)



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