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わたしにとってのスウェーデン
- 2015/03/07(Sat) -
081123

私が4年以上いたスウェーデンをいったん去ることにしたのは
直接的には、離婚した日本人の知り合いの女性の親族から彼女とその息子の世話をみてほしい、と指名されたからだが
無論、「スウェーデンに戻れなくなるかもしれない」 という予感は、そう、気持ちの1割くらいはあった。


それでもスウェーデンをいったんでもあとにしたのは、
スウェーデンで暮らして、新宿にあった大学での生活と同じようになってきたからだった。
これで、いいのか、と。


高田馬場にあった大学のせいで、新宿にも池袋にも歩いて行けた。
「土地」 が与える愉しみを知り尽くし、なじんだ。
北ヨーロッパの観光名所であるウプサラ大学中央図書館に机をもらい
中央の古本屋の店主と懇意になり、
市内のあらゆる店に何があるかもわかるようになり、
ウプサラが自分にすっかりなじんでしまった。


「外国」 というフィルターがはずれた北ヨーロッパの学都は
別に東京と、そして、その後住んだ仙台とも、魅力、という点では大差なかった。




いま、沖縄県の南の離島に住んでいながらも、私は、1台のコンピュータは、インターネットでスウェーデンのラジオを流しっぱなしにしている。
子どもがいるときは、BBCあたりに変えてやるが、これを書いているいまは、スウェーデンのP1だ。



なんでスウェーデン語のラジオを聴くのか。戻る予定はないのに。



それは、スウェーデン人の思考の方法、論理の展開、会話の呼吸、がいまも好きだからだ、とさっき気づいた。




国が違えば、確かに、国民性、という抽象的なものも違う。




そして、私は、スウェーデンのそれと合っていたのだろう。



私は、人生で最初の外国でスウェーデンに行けて幸運だったのだ。







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