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夏の生産力
- 2012/07/07(Sat) -
私はいま、沖縄県のある離島に住んでいる。本島よりも遥か南、台湾よりも緯度は低いところだ。

20代と30代は、卒業した大学のあった新宿区高田馬場に住んでいた。新宿駅にも池袋駅にも、歩いて行けた若さある時代だった。しかし、その頃も、夏は、エアコンをフル稼働し、さもなくば、ひんやりした大学図書館の机の前で終日過ごしていた。

ここ沖縄の離島もまた、東京とは違った暑さであるものの、暑さに変わりはない。空調設備がないと、存在できないのは東京の夏と同じだ。

スウェーデンでは、エアコンはどこにもなかった

(私が過ごしたウプサラ大学の構内、学生寮には)

夏場、太陽の下をぐんぐん歩けばTシャツに汗がにじんだが、

それは不快な感覚ではなかった。

空気が乾燥しているから、天然のエアコンの中にいるようなものだ。


私が 「スウェーデン人」 という名前そのままの図書を翻訳したのも、ある夏休みに、自室で日本語恋しさから、勉強の気分転換にした行為だった。専門研究は日本人から相手にされなかったが、戯れに訳した図書は私の名刺代わりになってしまった。

あの気候の中だったから、1冊の図書を訳せたのだろう。

しかし、それは、この沖縄の気候が頭脳の生産性をもたらさない、というわけではない。

歴史上初めてインドのサンスクリットとペルシャ語やギリシャ語・ラテン語などヨーロッパ諸言語との関係に気づいたウィリアム=ジョーンズは、インドでサンスクリットの研鑽の果てにその発見をなした。


私は、もともと 「沖縄好き」 でこの土地に来たわけではない。

文化的、風物的にこの土地に憧れて来たわけではなかった。

あるNPO団体の活動に心身を捧げようと思って来たのだったが、

そこが、一部幹部の私利私欲を満たす機関に過ぎないことを知って、

しかし、沖縄の離島地域から出ずに、別の島に移った結果いまがある


私はここでまた何かを生産するのか。いまは自分が何かを生産するよりも、土地の子どもの頭脳を開花させることが専らになっている。

まあ、それも、人生の最後の仕事としてはよいのか、とも思う。




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(本記事は2008年7月24日に書かれた.)

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