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ねばねば体質 日本
- 2015/09/04(Fri) -
どんな人間にも自意識があるものだ。ないのは、意識のない人か、宗教的境涯にある人か。後者は、私の知らない境地なのでわからないが。

自分はこの会社の社員だ、とか、この部署の管理者だ、とか、こんな地位にある、とかで、人は自分を意識し、自意識にそぐわない態度を示してくる他人には激怒し、拒絶、排斥するものだ。

私はそういう行為自体は、極めて人間的なので、別に当たり前のことだと思うが、私にも、「くだらない」 と思えてしまう他人の自意識が見えてしまうのもまた当然なことだ。

しかも、私が 「くだらない」 と思うことは普通の日本人のそれよりやや多いようだ。みんなが持ち上げている人でも、なんとも思えないケースが多いから。

◇◆◇◆◇◆


私がウプサラ大学中央図書館に勉強机をもっていたころは、「ヨーロッパの北の中心で勉強している」 という自意識は確かにあった。それが 「自負」 となり、励みにもなった。だから、己の地位に慢心している他人をも、あんまり冷笑してはいけないな、とも思う。その人には、励み、になっていることななのだろうから。

しかし、馴れ合い、が多いのもまた日本人の体質だ。スウェーデンでは、実力主義、本質主義、が徹底していた。能力のあるもの、本質的に優れているものが正当に扱われていた。それが、ノーベル賞を生んだ国、国民が政府を信頼する度合いの最も高い国、人を思いやる心をだれもがもっている国、の特質だった。

おなじニンゲンでも、人種の違い以上に、彼我の距離は遠い遠い……



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(本記事は2008年4月24日に書かれた)
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