マドレデウス、彼らもヨーロッパ人
- 2015/10/17(Sat) -
左下プラグインにある、ポルトガルのマドレデウスの音楽が溢れるヴェンダースの映画 『リスボン物語』 のDVDが出て、1か月ほど前に買うことができた。

私にその映画を教えたのは、いまはもう訣かれた昔の恋人だ。彼女の思い出は無論きえることはないが、その映画と音楽は、いまふたたび新鮮に私のもとに戻ってきた。


私がその映画を観たのは、まだスウェーデンに行く前だった。当時の私は、老いかけの主人公がマドレデウスの若い歌い手にほのかな恋情を示しているように感じた場面に違和感があって仕方がなかった。しかし、スウェーデンに行って、というより、そこで、スウェーデン人を始め、ロシア人、フランス人、イギリス人、ドイツ人、フィンランド人などの女性と親しくなって、映画の主人公の仕草・言葉が、なにも違和感なく感じられるようになっている自分を今回約10年ぶりに観た映画によって発見した。


文化が異なれば、思考習慣も行動様式も変わる。それは当たり前のことだろう。


ある人を見て、違和感ある言動に接したとき、想像力と内面の余裕のない者が、それを軽々に非難排斥することはよくありがちだ。私も、南の、以前いた沖縄の離島のNPO団体の 「内地出身の職員」 からそのような排斥を受けた。島ネイティヴの人は、ヨーロッパ化された私にも内地出身のNPO職員にも同じに寛容に接してくれるが、「島とはこんなものなのだ」 という 「にわか島人」 になった、しかも、若く自己顕示欲のみ強い若者たちは、自分には未知の世界を遮断・攻撃するしかできなかった。憐れむべき無知がそこにはあった。


たぶん、それは、彼ら、仕事をしないで遊興三昧のいかがわしい件のNPO団体職員がもつ、「個人」 の愚かさにすぎないはずだ。それが、日本人全体の無知だとは思わない。


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(本記事は2007年12月5日に書かれた.)
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