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文化と風土と感情と
- 2017/02/11(Sat) -
土地には、そこならではの気候と、地形的景観と、人々の気質、というものが必ず伴う.

クリスマスの風習は日本にもあるが、地球人が生んだ 「クリスマス」 の景観は、北欧でなければ味わえない.

それには、暗い空と、いてつく寒さと、足元に光る雪と氷と、窓辺に輝く電飾が必須だからだ.

そして、たぶん、広大な風土と、他者に寛容で心こまやかな人々もまた.


その一方で、新年の祝いの仕方は、日本がその第一の土地だと名乗りを挙げてもよいだろう.


ヨーロッパでは、新年明けは、クリスマスの一部で、私がいたスウェーデンのウプサラ大学では、元旦から授業もあった.

陽光輝き、やや暖かすぎる屋内の暖房と身ひきしまる外気と、その日は威儀を改める人々とが、新年明けにふさわしい.


・・・・・・というようなことを私が言うと、世界には、もっと 「これにはこの土地がふさわしく象徴的」 という候補がたくさんあることだろう.


恋人としみじみ歩く場所として象徴的な通り・・・・・・
子どもが落ち着いて登校するのに象徴的な環境・・・・・・
地球文明の最先端を研究するのに象徴的な場所・・・・・・
独りで隠遁したい修行者が身をおくのに象徴的な土地・・・・・・
若者が集まって能力を全開して生きてゆくのに象徴的な街角・・・・・・

そんなものが無数にあるのが 「世界」 なのだ。
画家や写真家や映画監督や小説家たちは、そのような風土を求めて世界を観る.
だから、人は、広い世界を知るべきだし、それが、その人間の中身の広さを決めるのだ.


スウェーデンの草原の風を知っていても、日本で生きるのには何の役にもたたないだろう・・・とおもう人がいたら、その人は、まだ、生きることの意義がわかっていないということだ.

生きる、ということの意味と、だれもが求める 「幸福」 は、目に見えないところに存するものなのだ.



k


(本記事は、2007年10月5日、東京において書かれた.)


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