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スウェーデンの本質を言おう
- 2014/02/15(Sat) -
私がスウェーデン人を、スウェーデンを語る理由は、

そこの人間が、

健康的で (不純物のあるものに敏感、という意味で)、

肉体的で (身体を鍛え、管理する、という意識が高い点で)、

明晰で (ノーベル賞を生んだ国だけあり、機能的で合理的な考え方が浸透している)、

公正である (精神や身体に支障のある人の、また、人種・男女の平等、女性の保護、性的問題からの真の意味での自由、などが、かなり高い次元で実現している) 点によるのだ。

日本人が、彼らの意識においつくときがあるのだろうか。

東京でそれがなく、南国の地に来てみた。土地の人間はすばらしいが、そこに移住して慣れた内地出身者の、特に若者たちは、偏狭な日本人の典型だった。その度合いは、ある意味、日本的最悪さの側面と言える、縄張り意識、利益受容体質、放埓にして野放図、を具現している事態だった。彼らは、「弱い」のだ。取り入り、しがみついて、持ち上げられている意識がないと生きていけない。それゆえに、自分に迫り来る者を排斥する。

人を、その人そのものとして観る視座がもてないのが「弱さ」の原因だ。健康的で明晰な思考と公正さを忘れている。

彼我の差は、遠い、遠い。

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(本記事は2007年6月9日に書かれた.)
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