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札幌市・車椅子転倒死亡が示すもの ― 空間意識の欠落部分
- 2006/12/22(Fri) -
車椅子でエレベーターを出て方向転換しようとバックしたら 「段差」 があって後方転倒、頭部を打って死亡した.

映像を見れば、「段差」 ではない.2段の小さな階段様のものだ.



私自身の確かな経験として、スウェーデンから帰国して、私は至るところであると思った足元がなくて足首や腰を痛め、微妙な出っ張りにつまずいて靴を傷つけた.


日本は、たぶん、地理的要請からか、あるいは 「籠もる」 のが好きな民族だからか、ヨーロッパと比べて、建物や部屋が小さい.「1.5部屋」 分の空間があったら、ヨーロッパだったら、「広めの1部屋」 か 「1部屋で周囲に広い空間」 を作るところを、日本は 「詰めて2部屋」 作ろうとする.

それを、日本的 「知恵」 と呼ぶかは人の自由だ.

しかし、その結果、 「通路」 は余剰空間的意識しか持たれず、「部屋」 と 「部屋」 をつなぐための部分としか考えられないので、段をつけようがどうしようが問題ないと思われてきた.

ヨーロッパでは、移動通路そのものも 「人が存在する場所」 と意識されている.


だから、冬場の一般舗道の整備もきちんと行われる.日本では、田舎の田畑森林をつぶして道を作るほうに金が回り、人が日々歩く場所にはお金をかけない.


b

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