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安倍自民総裁記事におもう
- 2006/12/04(Mon) -
*本記事は管理者の別ブログ(休止済)において本年9月21日に書かれたものである。


彼は、「美しい国」 にする、と公言している。それが、「何のことかわからん」 という政治評論家もいる。

しかし、私は、なんとなくわかる気がするのだ。




双方向ドアで、こちらが開けるとむこうから隙間を先に入ってくる日本人。

歩けばぶつかり、人の足をことさらに踏もうとする日本人。

電車の中刷りに性を道具にしている記事が公然と掲げられる日本。

幼児・子どもを虐待する報道が連日なされる日本。



これらは、いずれも、格差社会による個人の歪みだったり、正しい教育がなされなかった結果の現象なのだ。 

だから、安倍新総裁の 「美しい国」 発言は、私には、「格差社会をなくして真に心安らかな国」 「正しい教育をして人を愛せる人間が育つ国」 をつくります、と言っているのと同じに聞こえるのだ。



私はスウェーデンにいたから、外国というとその国を引き合いにだすが、盲目的なスウェーデン礼拝者ではない。

しかし、あの国では、学生はみな等しく就学補助金をもらって親のスネをかじる学生はいないから、「もっているお金は有限でみな対等条件」 で勉強できる、という意識がある。お金がないために優れた頭脳が埋もれることがないように社会ができている。

正しい性教育をして健全な異性への意識が醸成される環境があの国にはある。



無論、日本が、アルコールやタバコなどの値段をいまの3倍にするなどして消費税を上げ、あの国と同じ福祉制度を導入したとしても、日本はあの国のようにはなりはしない。


単なる制度の底には、あの国民が親から子へと受け継いできた社会観・自然観・人間観が流れているのだ。日本人が日本人のためのそうしたモラルを身につけるには、まだまだ数世代かかるだろう。



それゆえ、安倍氏も、理想達成には、死ぬまで 「美しい国をつくろう」 と叫び続けて、次世代にバトンを渡さなければならないことになる。


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