真実
- 2016/05/25(Wed) -
知り合いの酪農家の、孫まで数頭産んだ乳牛が亡くなった知らせをうけた.





多くの知り合いの言葉とは、私は、違うことばしか吐けない.




愛する者の死



それは、いまを生きる我々ニンゲンにとって最大の苦痛であろう.



配偶者、子ども、同居の動物、期待していた若者、など、



その死はだれにも最大の苦痛だ.



飼育していた乳牛は経済動物だと言われるが、



ニンゲンは、そんなことで割り切れはしない.



そもそも、赤の他人の飼育牛の死で、激甚な苦しみを味わっているこの私がいる.牛の飼育者ならなおさらであるにちがいない.






問題は、

この苦しみの感情をどう扱うかなのだ.


経済動物だから、なんでもないよ、というのは違う


動物だから、そんなもんだ、というのも違う


生き物はいずれ死ぬ、それがどうした、というのも違う




生の喜びをフルに享受するのがこの世の幸福なのかもしれないが、


死に対面したときに私たちに残る感情、


それを、誤りなく、受け止めることができるようになることが、


人生の最大の課題なのではないかとおもわざるをえない.

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