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教師が愚昧
- 2016/08/27(Sat) -
いまだに、

「英語は話せることがいちばん大事」

などと言っている学校関係者がいる.


アメリカに掃いて捨てるほどいる、新聞も読めない、メールも文法ミスなく打てない、そんな低知識層を日本の若者の理想とする教育者が死滅しない限り、西郷や坂本が目指した日本の開国はまだありえない.




日常会話ができるようになるなど、ふつうの高校生なら、アメリカに住んだら5日で達成できるだろう.

かたや、英語で新聞を読む、国立大学の英作文問題くらいの英文が正しく書ける、

という能力は、数か月、つまり、受験勉強にかかる歳月くらいは地道な読解と文法の勉強をしないかぎり習得できはしないのだ.




目を覚ませ、軽薄な教育者たちよ.

おまえたちが、日本の若者をバカに導いている.

まぁ、そんな、「会話」に逃げる教師ほど、強靭な読解力も、縦横な英文法(を証明する印欧語文法)知識もないものなのだ.

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必然の苦を超え
- 2016/08/27(Sat) -
愛するものとの別離は必ず到来して、


果てしない苦悩を味わわなければならないとわかっているのに、


我々は、


他のヒトや他種の生物を愛することをやめない.


愛が、必然の苦悩を超えて我々に必要なものだとわかっているからだ.

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吾郎はなんで海堂をやめたのか
- 2016/08/25(Thu) -
古い友が携帯のLINEを始めたようで通知があったので最後の挨拶をしておいた. 121126
(もっともその後、現在平成14年になってもやっぱり話しているが.)





彼は、スウェーデンから戻った私が、日本の大学に愛想をつかして仙台でぶらぶらしていた時に東京に破格の給料で呼んでくれたやつだ.その前は、スウェーデンから戻らない私に早稲田が早く修士課程を終えろというので、私の修士論文をスウェーデンからのメールで受けて私の代わりに印刷して製本して大学に出してくれたりもした.





その彼の御膳立ての職場を、私は数年で去ったのである.





理由は、茂野吾郎と同じなのだ.





もう、それじゃあ、おれはつまらないんだ








もっと




生きたかった




だけなんだよ




まあ




わからないだろうけどさ




goro


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上の記事が、標題に合っていないことに気づいたので加筆する.

ニンゲンの中には、

自分が属する組織で、

毎日8~90%くらいの緊張感であることが普通、とおもえる種類と、

毎日、昨日と同じ緊張感で生きていいはずがない、とおもう種類がいるのだ.

前者は、ニンゲンの大部分.会社の上席にいるような者はほぼこの種類である.

後者は、毎日、胃がすさむような、

まるで岸壁登攀をするように

日々何かと戦って

前進進化する自分を体幹し続けなければ生きられない種類なのである.


吾郎は、

海堂にいても、昨日と同じように努力進化できたろうが、

その前進度合いは、もう、自分で予測できてしまうものになった.あたかも、眉村や佐藤の進化のように.

その、

自己進化の比例直線のような軌道にのって明日も生きることは、

吾郎にはできなかったのである.

吾郎は、比例的上昇ではなく、

もっと、できるものなら、tremendous  に、極限まで自分を高めなければならないと自己指令した.

明日も海堂のグラウンドを走るのも進化の道だろうが、それよりも、もっと激烈な進化を求めたのである.




かくして、吾郎は、海堂をやめたのであった.




ニンゲンの中には、


少数派だが、


いるにはいる種類のニンゲンの道行である.


Rådyr



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あるスウェーデン人女子学生の記憶
- 2016/08/24(Wed) -
知り合いから紅茶をもらい、たまには飲んでみる気になった。
ティーバッグをあけた瞬間、スウェーデンで出会ったある女子学生を思い出した。


私と彼女は、北欧の観光名所でもある、ウプサラ大学中央図書館で終日勉強していた。
指導教授の計らいで図書館に自分の席があり、
それを規定日数使用することが義務付けられていたからだ。


私たちは、休憩のときに、図書館内のカフェでよく落ち合った。



ともに決まった奨学金で生活していた私たちは、日々倹約に努めていたから、
カフェでも、菓子類は頼まず、お茶だけを飲んだ。
無論、お茶もたまに、である。
普段は、自分でもっていった保温ポットとバナナでカフェの外のカウンターにもたれた。



カフェの中の 「紅茶」 は、ティーバッグを1つ買うことになる。
それにポットのお湯を注ぐだけだ。砂糖とお湯はいくらでも使える。


彼女は、飲み終わったそのティーバッグを、大事そうにティッシュにつつんでカバンに入れた。



当時の私は、つつましいがおしゃれな彼女が、
自室でその紅茶の葉を乾燥させて何かに使うんだろう、くらいに考えていた。



しかし、いまおもうと、そうでなかったかもしれない。



彼女は、1杯のお茶も倹約しようとしたのかもしれなかった。





その後、彼女は、ロンドンの商社に就職が決まって故国をあとにした。



その彼女の名前は、  もう覚えていない。



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(本記事は、2008年11月18日に書かれた。)
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佐野さんのことば
- 2016/08/24(Wed) -
「ほしけりゃその猫やるよ」 

これは、私が100万回生きた猫の著者佐野洋子さんをスウェーデン語版翻訳の打ち合わせで訪問したときの佐野さんのことばだ。「猫」 とは、佐野さんが飼っていらした白猫である。
西暦2000年の冬のことである。



その猫が、私と佐野さんが炬燵で蜜柑を食べながらテレビを観ていたときに、佐野さん側でない私の体側にぴったりよりそっていたので、佐野さんがそう言ったのである。佐野さんを知る人の想像の通り、かなり、投げやりに。








「その猫きみになついているようだから、連れていっていいよ」

これは、私が先日、私の家に勉強に来る沖縄の離島の男子高校三年生に言ったことばだ。私は佐野さんとは違い、微笑んで。

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そして、自分でこう言った時、ああ、これは、昔自分が言われた佐野さんのことばと同じだな、と冒頭の佐野さんとのことを思い出したのである。





私が高校生にそう言ったのは、私のところには毛物が八名おり、そのうちその高校生になついているものがいるので、母子家庭の彼の家なら、私のところと変わらぬ愛情をその猫に注いでくれて、猫にとっても、こことは違っていてもそれなりによい環境で生きられるのではないか、とおもったからである。






佐野さんは、スウェーデンから一時帰国していた私に本心から冒頭のように言ったのか、もしそうなら、その白猫が、私とともにスウェーデンに渡って、広大な自然の中で穏やかに生を全うすることを願ったのだろうか。佐野さんも持病があり、私も持病があり、自分が先に逝って猫が残ったときのことを考えると、信頼できる者に愛する毛物を託したい、と私はおもっているが、佐野さんもあのときそうだったなら、・・・・・・しかし、私は、そのときの佐野さんのことばを、あの人の常である、突き放した強気な発言の一つととらえて、ちゃんと考えてみもしなかった・・・・・・






白猫も、もう、この世にいないであろう。どちらが先に逝ったのか知らないが、飼い主の死後も白猫がだれかに飼われておだやかに生き切ったとなんとなくおもっている。佐野さんが、最後、たったひとりで逝ったとはおもいたくない。










私も、もうそろそろ仕舞いかもしれない。







私のところの毛物たちは、私以後の生を、自分たちで全うするしかない。




でも、きっと、それを彼女彼らはうまくやることだろう。



私よりも、ずっと、うまくやることだろう。


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ショーケンからの便り
- 2016/08/22(Mon) -
『前略 父上様』 というドラマがあったのを知っている。



二宮、という若者が主演していた。




それに出ていた八千草薫が出ていた、本家(とも言うべき)



『前略 おふくろ様』 という、



私が、高校二年生のころに教室で三枝や宇都宮たちと熱狂していたドラマを観ることができるかとようつべをみたら、
簡単に観ることができた。






ショーケンは、



やっぱり、



よい俳優だったとおもう。










私がスウェーデンにいたころ、日本の、クロサワ作品の次にやたらテレビで放映していたのが、




『ブラックレイン』 という、日米のヤクザ映画だった。 4年間で3回テレビにかかった。





松田優作の鬼気迫る演技が、日本人の新たな側面を世界に知らしめたと言える作品だ。




彼は、その演技のために、奥歯を全部抜いて頬を一層こけさせて凄みを出したことは有名だ。







そして、あまり言及されていないことだが、






松田優作が主演に抜擢される前に、





国際的なオーデションがあり、





松田優作のほかに、ショーケンと、小林薫が応募していたことも知られている。





小林薫は、『深夜食堂』 で、このオーデションにおちた借りを返せた。

あんな食堂は、私の母校のあった新宿区にあったようにおもう。



そして、ショーケンも、松田優作に敗れ、『ブラックレイン』 の主役を逃したが、



『前略 おふくろ様』 を40年ぶりに観て、





ショーケンの 『ブラックレイン』 も観たかったとおもう、切に。








ヒトの世界では、





地位も、 受賞も、 評判も、


みな、



他のヒトが、ヒトに与えるものである。






むろん、




その称賛価値にふさわしいヒトがそれを受けることもあろうが、





そうでないことも少なくないことは、すでに、みなだれでも知っていよう。







『ブラックレイン』 の主役を逃したショーケン、


そして、その後、スキャンダルにまみれたショーケン。







しかし、彼の、人生は、



逃した主役の座や、汚れたスキャンダルで、台無しになるようのものではない。






どんなヒトの人生も、





一度の敗戦や、時折の不評判で、すべて抹殺されるべきものではない。







一つでも輝きを残したならば、



その故で、そのヒトは、 


称賛され、 後世に語られるべきものなのだ。




美しいもの、素晴らしいもの、高潔なもの、神聖なもの、



それらを、



ヒトは、



憎しみとか、嫌悪感で、簡単に忘れてはならないのである。




ショーケン

(2015.9.3.記)

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時間厳守
- 2016/08/10(Wed) -
私は、つきあう人々には、ヨーロッパ流の、つまり、スウェーデン人流の

「時間厳守」

をもとめる.



「9時に」

と約束したら、約束の場所に行くのは、8時59分か9時ジャストである.相手もそうあるべきだと考えている.

スウェーデンの吹雪の朝に、いっしょに登校する友と街角で待ち合わせするときに、数分でも待てないし待たせるべきではない.



時間厳守は、相手へのおもいやりなのだ.



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ソクラテスの徒
- 2016/08/10(Wed) -
ソクラテスは、


「医者は肉体の医師、教育者は精神の医師」


と言ったとされる.



そのような教師は、どれほどいるものか.



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最後の 58才にして知る
- 2016/08/05(Fri) -


ニンゲンの喜びとも言える、よい女性たちとつきあってきた




真に尊敬すべき、人類の知性とさえ呼べる何人かを師とできた







おもいのこすことはとうにない




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58才にして知る・新
- 2016/08/05(Fri) -

自分はもう若くはない、確実に老いている




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58才にして知る・続
- 2016/08/05(Fri) -



自分にできることは、相当限られているのだ





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58才にして知る
- 2016/08/05(Fri) -


助けてくれる人もいるのだ




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