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一流半の俗物が多すぎるのが日本の脆弱さ
- 2016/03/26(Sat) -
一流半族の特徴は、自分を 「勝ち組」 だとかおもっている点。






一流半 とは、私がいた、早稲田大学や東北大学の一部の教授たち及び、それに 「就職」 面で連なろうとする頭脳レベルの大学院生たちのことを私はここで言っている。



彼らは、所詮は、人類の叡智を増進しようという気概で終生勉強する意志などなく、もらう奨学金や研究助成費で遊興できるのが自分のステイタスとおもっている者が極めて大多数という点で、





日本の教育や社会情勢、ひいては日本経済までも侵している。






彼らに金を流す研究助成団体らが、自らの蒙と、




自分の組織にたかる彼らの無価値を認識しなければ、




日本社会は真に健全にはならず




日本の若者はいつまでたっても、江戸末期の大衆のままで世界の真の姿を知らず




日本の中の似非知識人たちは世界に真に伍してゆくことはできず




人類進歩の速度を増すことに多く貢献できないだろう。




きみらには、炬燵の安寧はもういらない




外の太陽と風にさらされて生きる力こそが必要なのだ。


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子猫の死骸が教えること
- 2016/03/11(Fri) -
人生の喜びは、自分の安寧充足か自分が愛する者が幸福でいるところを見ることができることだろう.逆に、人生の苦しみは、自分が愛するものを喪失することだろう.人によってそれが地位や名誉や財産や他者であったりするだけだ.自分が愛するものがいなくなっても、いまの時代、遠距離でも相手と心が通じ合っていればどんな手段でも日々刻々交歓が可能だ.人によっては、愛するものが他国に移動することで喪失を感じることもあろうが、その場合は、心のつながりも失われると思えたからだろう.ゆえに、愛するものを喪失する、ということは、離別か死別の場合以外にない.死別でも、寿命が尽きて静かに死ぬ時、それでも、それを愛する者たちは愛する者の喪失に苦しむことだろう.ましてや、愛するものの喪失が、自分のなんらかの判断の過ちにも起因していると意識してしまう時、人の苦しみは最大のものになるだろう.恋人との離別も、自分の行動・言葉の不適切がどうしても思い返される時、人はその喪失に苦しむものだ.

愛するものが身近にいたときのあの胸ふくらむおもいは、きっと、青春の盛りの恋人に対する時も、年をとって子どもや孫のような存在に対する時も、ともに暮らす他の生物に対する時も同じだ.あの、心の底から力が湧いてくるような感覚、それこそが、「愛」 が、何ものにもまさって価値あるものとされるゆえんだろう.そして、その存在が急に失われたとき、人は苦を感じざるを得ない.

若いころの私は、「観察する」 ことの重要さを体得した.重要さを体得した、ということで、それが可能、得意にもなった.生きている人、過去の文献の中だけの人、その優れていたところはなんなのかを探り、把握し、自分の生き方に生かす、ということだ.もっとも、私が感銘を受けた人々にもそれなりの偏りがあったことだろうが.

そうして私は、過去の、また今を生きる人々の優れた精神にふれて自分の内面を豊かにすることに努めた.その一方で、私は、自分を表現することには無頓着だった.人によっては、人前で気のきいたセリフや動作をとれることが人に愛され尊ばれることだと思い込んでいる者もいるが、私は、自分の内面が豊かになれば、他者には無愛想・無反応で構わないという価値基準を自然に築いてきてしまった.私はエンタテナーに価値は認めなかった.私が尊んだ人々は、対外的には木偶、と言ってよい存在ばかりだった.ソクラテス然り、アインシュタイン然り、そして、イエスもまた然り.たぶん、それは、半世紀生きた今も、また私が死ぬまで変わらない.

しかし、数日前、愛するものを失って、ほんとうに気づかされたことがあった.私は、観察力と同時に、判断力も、私には必要なことだったのに、それを鍛えることを等閑に付していた、と.判断力 ―― しかし、最適切な判断力を具現したニンゲンというものは存在するのか.私が尊敬する恩師にしても、それは、100パーセントではないだろう.人間的存在である以上、身体は1つしかない以上、時間と場所に拘束される存在である以上、完璧な判断力を具現できる人はいはしない.ましてや、大多数の人々の判断力は、「ことごとくが誤り」 と言ってもよいだろう.子どもにそんな説教をしてよいとおもっているのか、子どもにそんな教育を授けてよいとおもっているのか、部下にそんな対応をしてよいとおもっているのか、隣人にそんな対応をとってよいとおもっているのか、患者にそんな診察をしてよいとおもっているのか、生徒にそんなことを指示してよいとおもっているのか、恋人にそんな言葉を吐いてほんとうによいとおもっているのか・・・・・・世界は、過ちに満ちていて、むしろ、誤謬ばかりによって構築されているのがニンゲンの世界だとおもってもよいだろう.ニンゲンの世界で真実なのは、数学の公理体系とか、僅かに知られてきた自然の仕組みに関する知識とか、おぼろげにたどるしかない過去の叡智への理解とかにすぎず、そのおかげで、ニンゲンは、病で死滅せず、秩序と文化伝承を尊び、いまだに地上に存続していられるにすぎなく、その実際の個々の生活は、過去の叡智を知る大学者といえども妻と学生の間で過誤を重ね、自分と他者を傷つけ損なうことの連続なのが現実だろう.

このような、過誤に満ちた生活の中で、私たちニンゲンはどれだけ、「幸せ」 に近づけるのだろう.いや、それは、地位と財産を築けば、たいていの 「幸せ」 は手に入る、だから、よい就職が大事だよ、というだれの親でも言いそうなことに行きついてしまうのか.

過ちなく生きたい、しかし、それはニンゲンである以上、だれにも、私にもできないことなのだろうか.限られた知恵と限られた経験をもって私たちは生きて判断し、道を選ぶ.そこに、ニンゲン的愚の大因である 「真正ではない感情」 というものも往々にして入り込む.他者に対する怒りや妬みや恨みなど.限られた知見に加えてそのようなものにも曇らされて、私たちは、何をするにも最適切な判断などできはしない.
それでも、私たちは、愛するものをもっている.その幸福を願っている.そのためには、愚かなニンゲンといっても、ものを考えずにはいられない.子猫1匹を複数の獣医も飼い主も守れないのに、母猫はそれまでそれを含む4匹の子を野良猫状態のまま養育してきた.ニンゲン的知恵など、野生動物の行動にも及ばないのか.それでも、私たちニンゲンは考えずにはいられない.考えて、考えて、過ちを極力排除し、できるだけ少しでも、正しく適切な道に近づいて選択するようにしか生きられない.とても困難で、ある意味、絶望的でもあるが、それが、ニンゲンとして生きることにほかならないだろう.

(本記事は2009年10月29日に書かれた.)





昨夜、知人の飼っていた動物が亡くなった.


私も沖縄に住んで5年の間に5匹の猫の死にあってきた.


埋葬を重ねるにつれて、生は長さの問題ではなく、


死者は生者の中に生き続け、その生者を尊ぶ他者の中にもいのちが移転し、


さらに、死者が生前に知った生き物としての快苦はどれも真実の存在の証で、


たとえば、ある刹那に感じた他の種の生物とのふれあいの温かさといったものも、一瞬だが永遠の真実性をもつ、


ということがわかってきた.




生者よ、あなたに愛された死者を喜べ.


喪失の苦しみを超えて、精神でともに生きる境にすすめ.




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理解されずに生きる
- 2016/03/10(Thu) -
きみは人に理解されにくい、と私は敬愛する恩師に言われたことがある.
まだ、私が二十代になったばかりのことだ.

そのころはそれが自分でも疑問符のままだったが、
それから30年生きて、ようやくその先生の言葉が裏づけられたのを知った.
尊ぶべきは、人を見る目がある年長者の言葉だ.


たとえば、


私が研究者にならなかったのは、
自分の人生がさる先生のように研究一筋でなく、
風や人を愛する気持ちに彩られていたことを知ったからだ.

私がラクで高給の企業を辞したのは、
そこでは自分が生かしきれていないと悟ったからだ.

北欧で教育された私が南国に住むことにしたのは、
大学教員になって数年に一人後代に残る研究者を金とコネで製造するより、
自分の思う教育でこれからの子どもを鍛えるほうが歴史のためだとわかったからだ.

私が、安楽死をすすめる獣医に反して、交通事故に遭った子猫を養育することにしたのは、
私とその母猫との信義の問題なのだ.


・・・・・・といった、通常の大人の男なら選ばないであろう選択肢ばかり私は選ぶ.


その本当の意志と気持ちの在処は、
だれにも理解されないに違いない、それで結構.


だれからも理解されずに生きる、

しかし、それは、流れる雲や、揺れる草と同じに、あってもよい生き方だとおもうのだ.



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(2009.10.18.記)


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スウェーデンでの恋愛
- 2016/03/09(Wed) -
昨日、スウェーデン人がセックス産業国・日本に 「もっと恋愛をしなさい」 と言っていることと、
スウェーデンが初体験年齢がおそらく世界最低であるという統計結果を示したが、
それだけではいまだスウェーデンに対する誤解があるであろうから、ここで私の文章で補足する.

◆◇◆◇

スウェーデン人は、恋愛にまじめで、明るい.

日本人の恋愛のように、陰湿な、日蔭者的な、秘め事的な、非社会的なイメージがない.
無論、それで、乱れたことはまるでない.そこも日本とは違う.

大学寮は、個室棟と、5,6人用の大部屋からなる家族棟と、カップル用の家屋もある.
ということは、当然のことだが、学生の同棲は親も学校も承認していることになる.
それで子どもができたらどうなるか、って? スウェーデン人学生はそんなに阿呆ではない.
性教育が十分されているから、ちゃんと自分がしていることの意味はわかっている.

同棲も何ら隠し事ではないし、観光客の集まるところにいけば無修正ポルノ雑誌もあるし、
テレビではいつでもポルノビデオがやっていても、スウェーデン人はそんなことに目の色を変えたりしない.
スウェーデン人による スウェーデン人 に書かれているように、スウェーデン人は性的なことに緊張感をもっていないのだ.
食事も運動もセックスも同じレベルの、人間として普通のことにすぎない.

だから、独身女性でも、自宅に招く男友達は数人いるのが普通だし、
性差に関係なく、話したり飲んだりする相手は、いくらいてもよいのが人間的なことであるし、
何もないところに、そんな人間を 「不道徳漢」「身もちの悪い女」 呼ばわりするどこかの国民のほうが、
よほど、好色で倒錯していて淫乱だったりするだろう.


異性を愛するということは、そして、からだをふれあい、性交するということは

なにも禁忌の対象にすべきでもないし、ことさら目くじらたてることでもないし、特に問題視することでもない.
ただ、それだけのことなのだ.


日本人のセックス観があの国民のようになることは、

それが日本の文化伝統だから難しいとはおもわない.
しかし、

いまの日本人の、異文化に対する偏狭さ(それは、戦前と大きくかわっていないかもしれない)や
世界規模でみたら取るに足らない自尊心などからすると、

ほとんど到達不可能に高い次元のことのようにおもえてしまうのはなぜだろう.


sh



(20100919)
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やむを得ない提言
- 2016/03/07(Mon) -
世界観という点では、日本人は、中国人に習うしかないかもしれません.


私が知った中国人たちは、みんな、日本人の受験生のように、「英文法」を自国語で習ってきて、そのうえで、
ポリグロット(多言語話者)、というか、世界人になっていますから.






日本人の若者は、目先の成果に右往左往しすぎです.





もっと。



大きな心で



世界に雄飛する自分をイメージして、

外国語を勉強しなさい.







若い日本人たち、がんばって!


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ウプサラという街
- 2016/03/02(Wed) -
スウェーデンの古都にして北欧の観光名所であるウプサラに、ウプサラ大学がある.


ヨーロッパじゅうの首都の大学は無論、


私のいた早稲田大とともに、京大やいくつかの大学が派遣交換研究者留学生契約をしている大学である.


スウェーデンでは総合大学は3つ(ストックホルム大学はそうではない)だけで、ウプサラはその最高位にある.


国王の城もあり (Uppsala Slottet)、カトリックの大聖堂 (Domkyrkan) の前の通りには、北欧神話の主神オーディンの名前が冠せられている.


もちろん、「ウプサラ」といっても、広い概念で、日本の「京都」とかいったときのイメージとは規模が違う.


ガムラウプサラもウプサラだし、大学のある市街ばかりがウプサラではない.



クルマの免許のある人は国際免許で行く手があるだろう.


私は、30代後半からスウェーデンにいたが、そこで、ジムでスウェーデン人より重いベンチプレスやスクワットをするような日本人だったから、スウェーデン軍払下げの、タイヤの太い頑丈なモスグリーンの自転車でどこにも移動していた.

氷結した路面で派手に転倒しても骨折しないでいられたのだから、まあ、運が良かったのだ.



スウェーデンにいたとき、すでに国民番号ももらっていたので、病院にも行けた.原因がわからないことで下腹部が痛んで病院にいったら、フィリップという名前の若い医師にいきなり後ろを向くように言われ、肛門から指を入れられた.前立腺の異常を疑われたのだが、まあ、私に人生初めての行為をした人物が、印欧語で由緒ある 「馬」 という単語由来の名前の男だったことが私に愉快な思いを残した.



原野でルーン石碑を巡って現状確認と再解読の可能性を探りに回ったことが思い出される.



草原を横断していたら、半野生の放牧の馬の群れに取り囲まれ、いっしょにいたリトアニア人の女の子は泣き出してしまったこともあった.普段は気丈な彼女だったのに、確かに、馬は、大きかった.



よい都市である.



今でもそう思う.



だが、いまの私は、もう、スウェーデンに住めるとしても、



雪道を自転車で行く馬力はないので、フィンドゥス猫の飼い主のペットソンのように、



郊外で引きこもって生きるしかないだろう.



まあ、それと似た生活は、



ここ、沖縄の離島でしているから、



もう、このへんで人生仕舞でよいか、とおもうわけである.



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恩師 恋人
- 2016/03/02(Wed) -
猫部屋の奥のクローゼットには、私が沖縄に来た8年前には既に反故になりかけていた文書類が入っている箱がある.それを8年ぶりに開いてみた.

いかに各言語の恩師たちからの手紙があったことだろう.英文学の氷室美佐子先生、サンスクリットの原実先生、古代アイスランド語の谷口幸男先生、古教会スラブ語の佐藤純一先生、母校の中世ドイツ語の岩井方男先生、・・・みな、スウェーデンの私への激励の手紙ばかりであった.

一方、恋人たちの手紙や写真も思わずこぼれた.中学高校と退学続きで、高認試験でかろうじて最低ランクで受かり、大学受験を、スウェーデンから帰国して早稲田と東北大の大学人に失望して日本では大学を去った私が予備校で教えていたころに教え子になった娘の写真も出てきた.彼女の受験の証明写真の残りだろう.

その他の恋人たちのものは、いまも残るただ一人を除けば、もはや別世界からの咆哮のようなうつろで無意味な文章のものが目についた.

恩師たちと恋人たち、どちらも私の人生で最も熱誠をもって臨んできた相手たちだが、どちらにも共通しているのは、いずれも別離を迎えざるを得なかった相手がほとんどだということである.恩師たちとは、私が日本のアカデミズムを去ったことによる別離、恋人たちとは、我らの人間的無知による別離・・・・・・

かたや、最近はじめた Facebook のおかげで、高校時代の同性の友人たちとは日々動静を知り合うような関係になった.

残ったものは、激熱だった感情ではなく、ずっと私の人生の基底にあったようなメンタリティを知ってくれる同年の旧友とのつきあいなのである.

人生は、四分の三程だいぶきたものの、まだまだわからないことが多そうである.



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