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血の繋がりを超えて営まれるべき幸福
- 2016/01/11(Mon) -
血縁がなくても親だ、

そう私はおもっていままで、自分の恋人や同棲相手や、勉強にくる子どもに接してきた.


ごくせん、という番組を遅ればせながらいまさら観てみたら、そう言っているところがあったので、とりあえず、あげておく.
⇒ 『ごくせん


しかし、日本では、同棲相手の男性に女性の連れ子が殺されたり虐待されたりする事件がしばしば報道される.


そのために、私の恋人の親族も、私をそんな男と見、自分たちが追い出した子どもが虐待されていると逆に怒ったりされた.なんだか理解できない精神構造だ.



血縁、などに、ほんとうは意味はない、と私は言いたい.


血がつながっていても、だれよりも残酷なことをする肉親がいた.




血などつながってなくとも、私がともに暮らした小学生は、私との別れを、私の胸を熱い涙で濡らした.



血のつながりなど、よりも、もっとたいせつなことがあるのだ.


わかるであろう.



ヒトとヒトとしての、真のわかりあい、ということだ.


それがあるなら、世界は、もっと広く、平和で、豊かなものになるはずなのだ.


k

(2010.11.22.記)
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高校時代(K29生へ)
- 2016/01/09(Sat) -
Facebook に一度サイトを開いてから、
(しかも、それも、和名でもローマ字表記でもない、世界大多数が発音しやすい記名で)

ずっと放置していてパソワードも忘れたものを、年末年始でなんとか復旧してみたら、

従兄や、高校時代の同級生たちからいろいろ通知がきていた.

高校時代に、メガネとフケだらけの髪の脂ぎった男だった者が、いまは、

さっぱりしたいいジジイになっている写真は気持ちよい.

そして、その彼ら彼女らの、無音の私へのことばも、ただ、ありがたい.



* * * * * * * *



その後の人生で出会った人々と比して、

高校時代の同窓生が、もっとも、

メンタリティを形成する上での、生育環境や知能や思考形式が近しいニンゲンたちなのだろう.



私の同級生でも、高校時代は硬派だったのに、

卒業して大学浪人になるや否や、他のクラスの女子と交際を始めたのが数名いるが、

そんな彼ら彼女らの結婚も、むべなるかな、だ.きっと、円満で幸福なカップルにちがいなかろう.



私はと言えば、地元の横浜を18で出てから、東京、スウェーデン、仙台、そしていまは沖縄と

ふるさとから EXILE した身なれば、高校の同窓とはだれひとりとしてつきあっておらず、

恋愛も、

その土地土地で出会った内外の女性とともにしてきた.

自分と育ちも風習も思考形式も大きく異なる女性との恋愛はそれはそれで難関多いスリルはあったと言える.

しかし、今年で満58才になる身としては、

世間に出る前の最後の生、つまり、高校時代

をともにしたニンゲンとも今つきあいをもっていれば、人生はより彩多く豊かだったろうといまわかる.











希望ヶ丘のみんなの今後の老いの生が、いっそう実り多いものになることを信じ、願う.


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同棲者を弔う (猫列伝のひとつ)
- 2016/01/02(Sat) -
大晦日夜にひどいかぜと涙目で外出した同棲者が戻らない。

もう飢えていてもおかしくない時間だ。

その母親もいまから2年近く前に亡くなったから、順当な死かもしれない。



その名前は、「窓」 といった。

窓辺で憩うのが好きだったから。




──────────────


沖縄に私が転居して最初に2008年に来たメス。名前は、蜜吉。しかし、今回亡くなった窓の

何度目かのお産、そして、結果的に最後のお産の時に、ひ孫の窓と争い、姿を消した。

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その蜜吉が、くわえて運べる肉片などのエサをもって外出するようになった。

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子どもをつくっていたのだった。

やがて、その子らを私に紹介に来た。最後まで残ったのは、メスの1匹だけ。

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名前は、すみ吉。

賢く強いメス猫であった。

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二代目のすみ吉は、大きくなった。母親の蜜吉とも共存していた。なかよしのメスもいた。親友で、茶助といった。

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すみ吉は、一度お産をした。その後、子どもたちの成長とともに、縄張りを娘のハナに譲って姿を消した。

子どもの一匹のオスは交通事故に遭った。それで、島の私の家の前には、いまも、

「猫のとびだし注意」 の看板がある。

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ハナ である。

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蜜吉もまたお産をして、蜜吉の娘とすみ吉の息子たちも共存していた。
しかし、いずれもやがて長じていなくなった。

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すみ吉と娘のハナ。

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三代目のハナは、よく産んだが、目もあかないうちに亡くなった子どもが多かった。

最初に私のところに連れてきたのは、メスの二匹だった。

クロ吉と、後の、窓 である。

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ハナの三度目のお産で生まれたのが、いまも我が家にいる、餡坊(あんぼう)である。

二度目のお産では、長黒毛のつぶ吉と、母親似のシャム模様のオスメス二匹と、白黒のオスたぬ吉を産んだが、

シャム模様のオスは交通事故で亡くなり、他の二匹も姿を消した。

娘の窓の出産が始まったからである。

中央がつぶ吉、左端があんぼう、右端がハナ

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ハナの兄弟のうに吉と、交通事故で歩けなくなりやせほそって亡くなった慧吉(けーきち)

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大きくなった くろ吉 と 窓

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窓はたくましく、何度も出産をしたが、なかなか子どもを育てられなかった。

生まれたばかりの娘がすぐ妊娠して出産し、母親の子どもに授乳をして、自分の子どもを餓死させ、
自分も交通事故で亡くなる、という悲劇にあったりもした。

そうして、窓は、去年の夏に男子を二匹育てて、我が家に連れてきた。

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一方、窓の妹のあんぼうは、2012年9月1日に四匹を出産した。オス三名、メス一名である。

あんぼう
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ゲン
十分に成長してのち、屋内で喉に異物を詰まらせ、私の腕の中で私を見つめつつ死亡
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gen
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もぎー
猫嫌いの老夫婦に撲殺さる
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シュー
いまの我が家の長男
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クゥー
メス、ただし、我が家の大食い女王になる
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みんなのあと、同じ年度の3月末に生まれたチッピー、メス
きょうだい四名は兄たちにおっぱいをとられて餓死するも、この赤ん坊だけは残った乳首にしがみついて生き残る。
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姉ちゃんクゥーと、妹チッピー





そうして、


この昨日、


我が家の四代目の母親、窓は、静かに病の身を消した。

ちなみに、

いま、我が家で避妊去勢手術を受けていなかったのは、窓だけであった。

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†窓(右) と その息子 ロビ


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