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ハリネズミのこと
- 2015/04/30(Thu) -
このあいだ、探偵ナイトスクープというTV番組で、「ハリネズミを飼う」 ということで番組がなっているの観た。



番組で出ていたハリネズミは、私もスウェーデンで住まいの周囲にふつうにいたヨーロッパ産のハリネズミ、igelkott であった。





あれは、そっと下腹に手を回してやればすぐに抱き上げることができるおとなしい生き物である。私は、飼い猫の相棒として飼おうとおもったことがあり、獣医に飼い方の相談に行ったことがある。





獣医は一応私に飼い方のコツを教えたあと、実につまらなそうに、「スウェーデン人なら、そんなことはしないぞ」 と言った。





スウェーデン語には、フリードリーサ、という動詞単語がある。前半はドイツ語と同じで 「平安に」 の意味。
後半部分は、英語の let, ドイツ語の lassen と同じで、使役動詞、つまり、 「平安にものごとがあるがままにしておく」 という意味である。





スウェーデン人の心には、自然にあるものをそのままにしておく、という美徳がまだある。

文化記念物に落書きをして平気な日本人とは大違いである。この点でも、スウェーデン人と日本人は、似て大非なものである。





上記の番組でも、担当者が、「おれもハリネズミを飼いたい」 などと述べていたが、スウェーデン人からすれば、鼻白んだ結語であったことは言うまでもない。






日本よ、、 早く、  人間性の面でも、  世界水準になってくれたまえ






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またも sista april
- 2015/04/30(Thu) -
今年も、sista april が来た.




ウプサラ大学 Flogsta のコリドーは、いま、日本で11時になろうとするころはまだ夜中の2時であろうが、

あと数時間もすれば、みんな一同に共同キッチンに集合し、シャンパンとイチゴで乾杯したあと、




みな、ビールやワイン等のアルコールをリュックにつめ、かつ片手にももって、市街へ大挙繰り出すはずである.





きっと、きょうは、もう、大地の氷と雪も溶けていることだろう.



カロリナの裏は、その溶け水で、広大な湖のようになっているはずである.





きょうばかりは、学部図書館さえ閉まっているので、勉強の義務から解放される.



あの、のんびりと陽光を浴びながら、あてどもなく時間を気にせず市街を歩き回った日、


それが、北欧最古最高の大学の年一回の全面祝日の空気だ.







ここ、沖縄の離島の日々もそんなものに似ているが、


世界の最高峰で味わう休日と、年中外れている時間とは、やはり本質は異なろう.



あのころ囲まれていたヨーロッパ人たちの代わりに、いまの私は、四足毛物どもに囲まれているわけで、



それがどちらも、私の人生の大事な存在であることにはかわりない.




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スウェーデンのサウナ ―― コリドー生活の思い出
- 2015/04/25(Sat) -
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ウプサラ大学学生寮の12人単位のコリドーがエレベーターの両側にある建物では


最上階がサウナ室だった.


日本でも私は、飲みすぎた翌日などはサウナに行っていたが、


スウェーデンでは、寒さ対策にサウナが用いられているのを知った.



寮の室内は外が零下20℃でもTシャツ短パンでいられるが、



それでも、疲労などから寒さをうっすら感じるときには、エレベーターでサウナ室に上がるのである.



サウナ室は男女兼用でもあるので、基本的には、だれかが入っているときには入らない.



確か、ドアの外に利用の予約票があったとおもう.



スウェーデン人は、男だ女だとか、性的なことにいろめきたたない国民なので、



女性がサウナに入っているからといってそれで男子がなにかを考えるとかいうことは絶無なのである.



私は、よく、すいている未明に入ったものである.午前3時から、とかである.






一度、コリドーの男だけでいっしょに入ろう、ということになり、誘われるままについていった.



熱くなると水を浴びるわけだが、



私たち6人は、サウナ室を全裸でとび出し、すぐ屋上に駆け上がって積もった雪の中に飛び込んで遊んだ.



事前に仕込んであったのか、コリドーの女子6名がそれを見物にきていて、



全裸の私たちにきゃあきゃあ笑い騒いでいた. 



私たちの全裸の雪上パフォーマンスもますますそれでエスカレートするわけなのであった.



ヌード、などということに目の色かえないスウェーデン人の間だからできた遊びである.



男女であんなに盛り上がった遊びは、日本の職場のカラオケ行きなどの比ではない.



あの愉しみもまた、日本ではできない、かつ、スウェーデン人の男女観あってのたまものである.




* * * * * * * *



「スウェーデン人は性的なことにいろめきたたない」



これは、スウェーデン人側が

世界のヨーロッパ諸国やアメリカも含めたあらゆる国民と自らを比較して

述べたことばである.



アメリカよりも?



アメリカは性的なことに敏感だ.



日本などでは、敏感に意識されすぎて秘め事あるいは禁忌の対象、果ては商品にさえなっている.



世界には、さらに、女性が顔を見せない国もある.



それらのどこよりも、スウェーデン人は、ヒトの裸にヒトの顔同様の関心しか示さない国民なのだ.



私の親友などは、パーティで酔った元カノが別の男と私の友人のベッドでセックスしようとしても



─ いいよ、ベッドは勝手に使いな



と言ったものである.個人的な気質というものもあろうが、



スウェーデン人ならその発言に違和感を感じないのである.



アメリカ、を 世界、と考えがちな日本人の世界観が、



私たちの孫くらいの世代には少しでも広がっていることを願う.


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その国ならではの思想を表す言葉がある
- 2015/04/11(Sat) -
「もったいない」 とものを大切にする心とその単語が、日本独特なものだ、と欧米で高評価されているらしい.

たしかに、私が知っている外国語では、どれも 「もったいない」 にぴったり対応する語はない.私が外国語で言うとすれば、「まだ使えると考える」 とか 「使用可能かどうかというより、そのもの自体を大切に思うために捨てるにしのびない」とでも表現するか.

しかし本来、厳密には、外国語同士の間には、受験の単語集のような一対一の対応語がない場合が普通なのだ.

スウェーデン語の fridlysa という動詞も、同族言語の英語やドイツ語にも対応する単語はない.
それが、世界中で、ヨーロッパの中でも、また、北欧の中でも、特に、スウェーデンにのみ特徴的な考え方だからだ.

それは、 「生物・ものごとを、できるだけ、それがあるがままの状態にしておくことで大切に保存する」 ということである.

天然記念物が乱獲され、重要文化財が破損される国が学んで当然の思想だ.




自分たちの文化伝統にないもので価値あるものには、これからの時代の人間は積極的に学ぶべきなのだ.それが、過去以上に成長できる最大の方途だからだ.

軽薄な娯楽面はすぐに外国にかぶれるくせに、少し困難で耳がいたい事柄だと、自分たちの文化ではないからとそれを排斥・冷笑する者が特に日本には多いが、そのような人間は、はっきりいって江戸時代の攘夷運動家と同じで、過去の遺物、所詮は歴史上で敗れ去る者たちなのだ.

未来の日本人よ、世界から、自分たちにないものをもっている者たちから学べよ.


(09.7.25記)


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猫侍2
- 2015/04/10(Fri) -
猫侍

のシーズン2が始まっていたらしい。





うかつであった。






「腹をすかせているのはおまえだけではない」

などと私と同じセリフを主人公が随所で言うのが笑えるドラマである。

この第二部初回で、野良猫が増えているところまで私のカリカチュアである。これは嗤えないが。





猫の名前は 「玉之丞」 と書かれて 「たまのじょう」 という。





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ちなみに、我が家の十数頭のうち、私しか身寄りのない猫は、「栗之丞(くりのすけ)」 という。

このドラマが始まるはるか以前につけた名である。




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自信、というもの
- 2015/04/05(Sun) -
自意識、とはなんだろう.

自分はこの地位にある、とか、これだけのものを所有している、という自意識で胸張って心楽しく生きている状態、それが、現代の幸福、ということになるのだろうか.


しかし、地位の高低とか所有物の多寡というものも相対的なものなのだから、そのようなもので心のありようが変わることはなんだかあさましいようにもおもえる.
一方、なにも、地球一の地位や財産などを考えなくとも、自分が、これでよし、とおもえる程度の高い地位と多い財産に自足することは、むしろ、つつましく、足るを知る、ということで美徳ではないのか、という考え方もできそうだ.


人が何に価値をみとめて、何のゆえに力強さを発揮するかは、それぞれだが、たぶん、それがやっかいになるのは、自分の価値を知らずして地位にある者がその地位に伴う権限を無思慮に行使しようとする時だろう.財産・所有物は際限がなく追求されてしまうと、他者への攻撃や圧迫をもたらす.


そうでなければ、では、自意識に胸張って闊歩する人は、それはそれでよいことになるのだろうか.
そうかもしれない.




ただ、私は、そんな自意識は、自分に必要なものではないとおもうがゆえに、

そいういう気持ちをまとわないだけだ.


他人については、  どうでもよい.



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スウェーデン人は日本が好きか
- 2015/04/04(Sat) -
       それなりに日本の大学に行った私でも、スウェーデンについてはほとんど知らなかった.

       私がスウェーデンに留学すると決まったころ、大学外の知り合いは、

       「ああ、福祉国家の・・・」という
       
       小学校で習う知識以上のものがあるわけではなかった。

       私の専門研究分野の者だけが、古代ゲルマン語研究の聖地だと認識していたくらいだ.

       そもそも、

       スカンジナビア半島にあることを知っている人もそう多くないはずで、

       ましてや、ノルウェーとの違い、フィンランドとの位置関係などはまずだれも日本人は知らない.


       スウェーデン人(といっても、私が知るのは、北欧最古、スウェーデン第一位の総合大学の
       学生と教員たちおよびその家族が中心だが)は、
      
       日本人がスウェーデンのことを知る以上には日本のことを知っている.

       ヨーロッパの知識人は、

       中国と朝鮮と日本のアジアでの戦中戦後のたどった道筋と国民性・国勢などは区別して知っている.


       ましてや、日本人の 「丁寧さ」 は、同じような美点をもつスウェーデン人としては、

       世界に冠たる美徳とみなす傾向があり、一様に日本人には寛大で親切なのではないだろうか.

       その意味では、日本人は、スウェーデンに行っても、

       会話がスウェーデン語か英語ができないと通じないという点を除けば、

       人との接触で面食らう、ということは少ないのではないかと思う.


       ただ、もちろん、外国のことであるから、知っている知識は日本人が知るものより偏向している.



       三島由紀夫のようにいまでもハラキリをする日本人がいるとおもっているし
       (私は、ハラキリはどうやるの? と聞かれたが、それに答えられる日本人がいるのか?)

       ゲイシャもふつうにどこの市井にもひょいひょいいると思っているし、

       サムライと称する特別な人間がいまもいるとおもっているし、
       (スウェーデン語の世界百科事典の 「samurai」 の項目には、
        クロサワ映画の褌ひとつの三船敏郎の写真が載っている)

       富士山への巡行がいまも盛んで、

       一方、南京大虐殺を行い、自国内でも男尊女卑の徹底した奇妙な国、という感情も多少はあり、

       その不可解さが、東洋のエキゾチックなものへのあこがれと、

       さらに、東洋の仏教や老荘思想、儒教などの教えへの尊崇とあいまって、
       (宗教のラジオ番組では、仏教はもちろん、中国の古代の知恵も普通に解説されている.
        その意味では、日本人よりも、ヨーロッパの知識人は、東洋思想に精通している.
        まあ、それが、世界、なのだが.)

       日本には、好奇心 と 親近感 と 多少の尊崇の念 と いくばくかの猜疑 を抱いているのが
       おおかたのスウェーデンの知識人の感情ではないかとおもわれる.



       ──────



こうした日本観が今後どう変容するかは、

ひとえに、日本の若者たちの今後にかかっている.


よくもわるくも、


たがいを知ることは世界のためにはなる.




未来の世代よ、


よくよく努力してくれたまえ.





carolina
(Carolina, Uppsala universitesbibliotek)


(2012/06/28)
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buddha
- 2015/04/01(Wed) -
不快ならば、happy でないなら、


ちょっと、自分で意識をかえてみればいいのだ.



かつてニーチェも言ったように、ニンゲンは、習慣力があるから、



不快も習慣づいてひきずるのである.





配置を変える、順番を変える




あるいは、




従来にないことをやってみる.





そんなことで、ニンゲンの愚かさはかなり救われるのである.






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