最初のスウェーデン人女性
- 2015/03/24(Tue) -
人はそれぞれ奇妙なもので、




私は、スウェーデン留学が最初の飛行機で、最初の海外一人旅だったが、




乗り継ぎのコペンハーゲンでも、食堂はマクドナルドの店内のようだったし、




外国に来たという実感はあまりなかった。




無論、そのころは、スウェーデン語は知らなかったので、英語だったが、それは、





日本にいたころにつきあったアメリカ娘のおかげで支障なかった。





スウェーデンに着き、ウプサラに到着して、周囲から英単語がなくなったところで、





外国に来たのだ、とまずうっすら感じた。





学生寮に入って、男女混合のコリドーで、隣の部屋の住人が、






ニーナ=ヨハネスソン


といった。







「ニーナ」 といえば、いまの人は知らんだろうが、手塚治虫の 『ビッグX』 というマンガで主人公(彼の名前は忘れた)の相棒というか友人というか恋人の女の子の名前だ。


そして、沢田研二の 「追憶」 という歌に出る女性の名だ。


そして、いよいよ、ヨーロッパで、実物の 「ニーナ」 に会った。


心根も外見もとてもクールなニーナは、コリドーの月のような娘だった。彼女の専攻は化学で、学部の紫色のTシャツがかえって幼く見えるほど成熟していた。


私は、そこで、いよいよ、異文化のただ中に来たのだ、と実感したのであった。



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(2013.8.8.記)


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高校生に
- 2015/03/14(Sat) -
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陽の光の性質も向きも違う





周囲の植物も家具も違う





目の前にいる人間の体格も髪も目も違う





飛び交う言語も違う





まるで別世界だろ?





だから、せめて、地球規模で生きてこい、と言うんだ





愉しいぞ






わくわくの連続だぞ





そして





きみ自身も、いまの自分の想像を超えた何者かになるから.









ヒトして、正しく覚醒するから.





Uppsala Slottet

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100万本のバラの花を、のような
- 2015/03/13(Fri) -
加藤登紀子の、題名は正確に知らぬが、


100万本の薔薇の花を、




という唄がある。









あの、画家のような人生は、










ふつにあるものだとおもうのだ。












あのように、



だれかの人生の華になったとしても、

自分では、違う次元で、  得心いき、










これで、よし、







とおもう人生、って










きっとたくさんあるとおもうのだ。 たいての優れた主婦の人生などはそうではないのか。









そして、ほとんとすべて、この時期の








教育者







の人生も。








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わたしにとってのスウェーデン
- 2015/03/07(Sat) -
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私が4年以上いたスウェーデンをいったん去ることにしたのは
直接的には、離婚した日本人の知り合いの女性の親族から彼女とその息子の世話をみてほしい、と指名されたからだが
無論、「スウェーデンに戻れなくなるかもしれない」 という予感は、そう、気持ちの1割くらいはあった。


それでもスウェーデンをいったんでもあとにしたのは、
スウェーデンで暮らして、新宿にあった大学での生活と同じようになってきたからだった。
これで、いいのか、と。


高田馬場にあった大学のせいで、新宿にも池袋にも歩いて行けた。
「土地」 が与える愉しみを知り尽くし、なじんだ。
北ヨーロッパの観光名所であるウプサラ大学中央図書館に机をもらい
中央の古本屋の店主と懇意になり、
市内のあらゆる店に何があるかもわかるようになり、
ウプサラが自分にすっかりなじんでしまった。


「外国」 というフィルターがはずれた北ヨーロッパの学都は
別に東京と、そして、その後住んだ仙台とも、魅力、という点では大差なかった。




いま、沖縄県の南の離島に住んでいながらも、私は、1台のコンピュータは、インターネットでスウェーデンのラジオを流しっぱなしにしている。
子どもがいるときは、BBCあたりに変えてやるが、これを書いているいまは、スウェーデンのP1だ。



なんでスウェーデン語のラジオを聴くのか。戻る予定はないのに。



それは、スウェーデン人の思考の方法、論理の展開、会話の呼吸、がいまも好きだからだ、とさっき気づいた。




国が違えば、確かに、国民性、という抽象的なものも違う。




そして、私は、スウェーデンのそれと合っていたのだろう。



私は、人生で最初の外国でスウェーデンに行けて幸運だったのだ。







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気候
- 2015/03/06(Fri) -
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地球地理には疎い私だから、正しいのかわからぬが、




スウェーデンの夏と、




いま私がいる沖縄南西諸島の離島の春とは気候が似ている。






強く暑い日差しと、さすような涼風。






新しきことがはじまる予感をさせる大気。






ありがたい。




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いまの私の会話力
- 2015/03/04(Wed) -
いきなり話しかけられると、




これは  日本語か、  あるいは、外国語か、  と脳が走る



日本語なら、よい.  わはは、 ああ、 そうですか、云々である.





日本語でない、とわかったとき、

実は、たいていは英語なのだが、

英語と、 ドイツ語やオランダ語やデンマーク語等北欧語とかはみんなゲルマン語族で親戚なので、似ているため、






これは同じゲルマン語の、 アイスランド語か? とか、 スウェーデン語か? と、まず混乱する.








その結果、





私は、 英語で相手がしゃべっているとわかっても、 

英語とドイツ語単語とスウェーデン語単語が混合した英語構文でしゃべってしまう. 








おもしろいのは、


それでも、相手のイギリス女性はわかって会話が成立するし、




同様に、ドイツ人男性とも、


北欧諸語+ドイツ語混合で接続詞や主語だけドイツ語でしゃべる私と会話が成立する.












日本人は、 文字  から外国語勉強を始めるが、






音声は、






「ブック」 も、 「ボウク」 も、 「ブーフ」 も、 聞けば、 同じようだし、 


聞くニンゲンがまともな理性があれば、「本」 だと言っているとわかるのだ.








会話がまず容易で、  次が、文字による読解、  さらに、 ルールに則った作文のほうがより難しいのを、日本人はまだ知らない.会話偏重、 会話教材バカ売れ.

いったい、そんなで、 どれだけ、 アタマのよい世界人が日本にいるのか.

込み入った英語文章さえ正確に読解できず、


ましてや、 笑われることない、 きちんとした英語さえ書けないくせに、


イギリス人の八百屋としゃべれる能力をちやほやする日本人の後進性、下等さを、諸君よ、 自覚すべきなのに.












日本人たちよ、






早く、






世界レベル、 を知ってくれたまえ.





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日本人の世界観
- 2015/03/03(Tue) -
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高校生に、某私立大学の入試問題の英文をいま読んでいたら、こんな箇所があった。

1940年代に子どもだったアメリカ人の筆者が、当時を思い出して書いたものだ。



「・・・私たちは、ヨーロッパへ行きたいと熱望していた。1年でも住めたらどんなだろう。ヨーロッパは、私たちの文化の水準をあげてくれることだろう。
・・・・・・かなり知的に洗練されているアメリカ人は、ことあるごとに、ヨーロッパ諸国人について同じことを繰り返すのが常になっていた。イギリス人は、恐ろしく「イギリス的」で、いつも傘をもっていて、キツネ狩りをし、感情はおもてに出さない。フランス人は、セックスにフランクで、風呂に入らず、哲学を勉強して、腐ったチーズを食べている。やつらはみんな不機嫌だ。イタリア人は、女の子をひっかける陽気な連中で、まともな本でなく、ちんけな恋愛話が載っているような雑誌を読んでいる。彼らは天性の芸術的趣味を有していて、どんな人間も好きになれる。アイルランド人は、退屈で、鬱屈していて、迷信深く、アルコールの飲みすぎに問題がある。・・・・・・」


私が出会った感想と共通することもあるのは滑稽だが、70年前のアメリカでは、
まだヨーロッパにコンプレックスがあり、いまの日本人よりは少し各国民性がわかっていたのだろう。


いまも、ヨーロッパ人が、アメリカを伝統のない国とみなして、
ビジネス戦略とマクドナルド以外には学ぶものなどない国、と言っている(『スウェーデン人』)のは、
そのころからかわっていない。アメリカ側の自意識だけが成長したということなのか。



そして、日本人は、たぶん、いまだに、外国人とみれば、アメリカ、という図式から大方の人が抜け出していないだろう。

そして、アメリカを、日本にはない exotic なところと、アメリカだけをそう考えているのも、大方の人の頭の中だろう。



日本の若い人よ、世界のさまざまな土地や職業に関心をもって、どんどん飛び立ってゆけ。

そうすることが、きみらが大きな人間になることに必須であり、

また、そうしたきみらが日本に戻ってくることで、日本が大きくなることにも与るのだ。





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ある感情
- 2015/03/02(Mon) -
Riddick (2013)

という映画を観た(離島だから、無論、ネットである)。

日本のサイトでは、「ギャラクシーバトル」 という副題がついていて、「どこがギャラクシーなんだ」 と観て憤慨した人々の記述もあるが、これも、字幕翻訳者と配給会社と日本人大衆だけの愚である。


愚はさておき、









* * * * * * * * *




私はこれまでもいまも、両手で数えるのがやっとか無理な数の四脚毛物と暮らしてきている(←英語なら現在完了でタノム)



たくさんの異種(種が異なるということである)だから、




好き、とか、嫌い、というのも阿呆な話である




勝手に彼ら彼女らの毛並や模様や時折の行動で好悪を言うのは、

当の者たちにはどうでもよい事柄だからだ

こっちの偶像に過ぎない








ところが、私のような者でも、





その死にあって、





自分の胴、スパインそのまま自分が縦にぶった切られたような感情を抱いたものが何頭かいる




この感情はなんだろうと思い続けてきて、




きょうやっと、Riddick 彼が同じ感情を表出してくれて、自分の場合もわかったというわけだ.





その自分の中の感情、それを日本語ならばある言葉で言いうるが、

それを、世界のよそではなんと言うんだろうかと考えてみたが、




北欧語でも、英語でも、ドイツ語でもおもいつかなかった。








仕方なく、自分が抱いた感情の日本語を和英辞書で確認したらとんでもない訳語で、その英語から英語スウェーデン語辞書、スウェーデン語デンマーク語辞書、スウェーデン語フィンランド語辞書、スウェーデン語ドイツ語辞書と発展しても、自分の感情とぴったりの単語に出会わなかった。








各国語には「意味領域」 というものがり、等価と思われている異言語の単語同士でも決してその意味の領域がぴったり重なることはない、ということは、私の恩師 原 實 先生から私がいまから30年以上前に聞いたことだが、先生はその方向で偉大な学業をなしてこられたのに私は道をはずれてしまったのがもったいないおもいばかりだ。



そんなことも思い出し、





そして、





偉大な先生の小さな亜流の徒して今後できる新しいおもしろいことをおもいついた日であった。






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幕間
- 2015/03/01(Sun) -
(2013.12.21記)
土曜で、人と会う約束もなく、



勉強にくる子どもも夜からなので、



まったく徒然にネットをみていたら、



『猫侍』


というドラマの最終話に行き当たり、観てしまった.

猫侍1


脇役が2つほど、セリフミスをしたのが気になったが、

(「もし真剣だったら、私はあのとき負けていたろう」は「死んでいたろう」の、

「本気で切る気持ちのない者を切っても仕方ない」は「本気で戦う」のミスに違いない.)


それより、


主人公の猫への態度が、


よく知っているだれかさんとおなじなので、声を出して笑ってしまった.



浮浪しているような様もおなじだ.


妻と娘がいるところが違うが、



私にも、季節のものを送ってくれる内地の娘とその母親はいるから、



なんだ、どこの男も、いつの時代の武士も翻訳者もおなじなのか.



猫侍


私のところを、




いっそ





猫塾





と名乗れ、と、お隣のおばあさんがわくわく顔で愉しそうに言う.





笑えないでしょ.


* * * * * * * *


久しぶりに昔の記事を読んだきょうは、離島の高校の卒業式


鍛えた若者をまたひとり島から送り出し、


老教師は、しばし宙をみる



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