沖縄
- 2014/12/29(Mon) -
内地の人々が一様に最初に感じる沖縄の人々の優しさは




諸々が、狭いがゆえ、限られているがゆえ、




心満ち足りるには、身内、または近しい人々や、果ては見知らぬ出会いの人々に心優しくすることが自らの最大の幸福だとわかっているからなのかもしれない。



この記事のURL | 日本という国 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
成長
- 2014/12/29(Mon) -
一箇所強くなるとまた別のところ他方面が弱くなる.





その繰り返し.






だから身の丈はほぼかわらない.





20141030-200635.jpg

この記事のURL | 我が基層 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
私が離島の高校三年生にさせる英語勉強
- 2014/12/24(Wed) -
センター試験の過去問の第六問を一日一問はさせる。あとは第二問Aの抜粋で文法説明。


4ヶ月くらい、週に六日くる者なら、第六問と第四問の過去問はだいたい終わる。



読解をさせるのは、それが最も時間のかかる受験勉強だからだ。



英会話ができます、と親と来る高校生がいるが、そんなものは私にはゴミ同然だ。会話が最も簡単な外国語能力。
いま日本の各所で会話が重視されているが、それは、いまの指導者層が苦手だからで、







センター試験筆記で150点ぐらいとる中の上くらいの高校生を英語圏に放り込んだら、たぶん、



一週間で日常会話はできるようになるはずである。






外国語学習で最後まで問題となるのは、どれほど難しい外国語論文がきちんと理解できるか、




そして、正確な外国語文章 (手紙・レポート・論文・記事等) を自分で書けるか、ということなのである。






もちろん、受験英語では、後者は要求されていない。








基本は、論理的な文章をちゃんと読めるか、そして、簡単とされる日常会話を聞いて正しい選択肢を選べるか、程度の安易さなのである。









だから、私は、センター試験の第六問と第四問の過去問はすべてやらせる。昔の第六問に慣れればいまの第五問は容易に感じるらしい。第三問と第二問Cは全部読まずに解くコツを教える。





センター試験の文章は、有名予備校のつくる模試英文と比べて格段に優れている。模試英文は私も以前つくっていたが、所詮は、数名の頭脳しか経由していない不完全品と言える。
偏って変な文章を読んで点数が悪かったといっても、子どものせいではない。

有名予備校の模試結果などは気にする必要はない。模試をうける利点は、例えば、時間配分をどれだけできるようになっているか、等を実地に試すことに意義がある。






アメリカでは、英語で生きていても、新聞も読めない、メールも正しく打てない、という者が社会問題となるほど多いことからも、会話能力よりも、ちゃんと受験長文問題を読んで余裕で解答できるくらいの、「読解力」 という、目に見えない能力の要請が日本の高校生には必須なのである。






社会がそのことを理解しないのは仕方ない。日本はまだ鎖国時代の後遺症の延長時代なのだから。





しかし、若者は着実に存在し、未来を担い、そして、やがて老いてゆく。




その若者が、未来の役に立ちたいとおもうなら、







まず、複雑な外国語を読んで理解できる頭脳を持て、





というのが、





私の教えなのである。




20141027-202117.jpg
(写真と本文はまったく関係ありません)
この記事のURL | 次世代 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
未開人の驚き 驚くに当らず
- 2014/12/13(Sat) -
曰く、「スウェーデン人は日本人よりはるかに短い時間で英語を話せるようになっている」!



このような文言が日本人の驚きをもたらすならば、まさしく、日本は世界を知らない、鎖国時代の連続にあるというべきである.



1.スウェーデン語は、英語と同じく、インドヨーロッパ語族中のゲルマン語派に属しており、

動詞が常に文の第二位にくる点を除けば、英語とまったく同じ文法構造をしているのである.

単語の類似が大半なのもまた当然である.

だから、赤ん坊が音まねで母親のことばを話すように、

スウェーデン人もまた音まねで英語くらいしゃべれるのである.





2.はるかに短い時間で、と言うなら、たとえば、

「日本人はヨーロッパ人よりもはるかに短い時間で中国の古典(漢文)を読めるようになる」

と言ってもよいだろう.

同じアルファベットを使い、

不定詞の否定形は英語はto、スウェーデン語はtillの前に否定語を置く点まで同じなのだから、

スウェーデン人のほうが早く英語を理解できるのは当たり前で、

同様に、日本人のほうが早く漢文を読めるようになるのもまた当然の理屈である.

比較するほうが間違っているのであり、それで、なにか言えるとおもっているのは嗤いでしかない.




3.会話は最も安易な語学力である.

私は、スウェーデンにスウェーデン語を知らずに行って、

1か月後には生活はすべてスウェーデン語でしていたが、

論文をスウェーデン語で書けるようになったのは3か月後のことであった.

スウェーデン語の新聞を辞書なしで読めるようになったのは 「誤りなく書ける」 より前である.


生活レベルで「英語を話せる」 など、たいしたハードルではないのだ.






日本人よ、いや、日本人の似非知識人どもよ、


しっかり外国について学び、正しい知識を国内にもたらせ.


そうでないと、大衆はいつまでも衆愚のまま、開国の夜明けは遠いのだ.




20140810-145244.jpg
(写真と文章は関係ありません)

この記事のURL | 日本という国 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
沖縄の寒さ
- 2014/12/09(Tue) -
沖縄本島の更に南の宮古島でも冬はある。

そして、冬が来た。



新潟出身の人も、寒いねぇ、と言うし、



零下20℃のスウェーデンの冬を知る私も、寒いなぁ、と家の毛者たちに言うし、



その毛者たちは、夏場は来ないのに、いまは私のふとんに入って寄り添って寝る。






島で革ジャンを着ているのは私だけかもしれないが、私には、Tシャツの上にはおるのはスウェーデンの古着屋で買ったこれしかない。これ以上の革コート等はもー(東京で週末親をしていた娘)の家に預けてある。いずれ彼女の結婚相手にやるつもりだ。



寒いと集中力が高まる、と言った人がいた。スウェーデンでの私もそうだったかもしれない。透徹した頭脳……




だがいまは、インドのウィリアム=ジョーンズのように勉めるのが私の生となった。




この記事のURL | ある点描 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
知の無知
- 2014/12/07(Sun) -
ヒトは、自分が理解できない事柄の大きささえ思い描くことはできない。その内容は無論である。


アリは、天体望遠鏡の世界を知らないし、


凡夫は、聖者の視線の先にあるものを知らない。







しかし、そう言ってしまっては身も蓋もないので、生物には、「学習」 ということができるようになっている。







アインシュタインしか思い描けなかった相対性理論にしても、別のヒトがそれを理解し、それをさらに別の、さらに理解力の乏しい者たちでもわかるような説明をして学習させることもできるのがヒトをはじめ程度のちがいこそあれ生物に備わった能力だろう。








しかし、学習には、時間が要る。





じっくり腰を落ち着けて本を読むか、他者の説明を聞くか、心をあるヒントに傾けてよくよく考えてみるか、しなければいけない。








しかし、人間生活の多くの場面では、ヒトは、他のヒトの行動や発言をその場でただちにうけとって自分の行動を起こさなければならないだろう。かくして、理解力の劣る者は理解力の高い者の発言や行動を理解できないままに、一人で憤慨したり、悲しんだり、途方にくれたり、糠喜びにひたったりして、泥仕合のような時間を過ごすことになるのではないか。








ヒトとヒトがわかりあえる、などということは本来、絶対にありえないのだろう。





ヒトとイヌ、とかのほうがもっと信頼し合えるような気さえする。





ヒトは、自分にはわからないことの限界がわからないで、たいていは、それより大幅に超過したところまで自分は理解できると思い込んでいるところがヒトの知の欠点なのだろう。面倒な生物がいるものである。





20141118-195444.jpg
(写真と本文は関係ありません)
この記事のURL | 世界 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
| メイン |