生きものと暮らすということ
- 2014/05/30(Fri) -
Buddha が言ったように


どんなものにも終焉はくる.


「生きもの」 の終りは 「死」 ということである.


「愛情」 や 「信用」 の終りは 「別離」 ということになるのだろうが、


後者はニンゲン的感情だから当事者の意思で終焉を生涯回避することはできようものの


前者は自然現象だから当事者の意思ではどうにもならない.


前夜私の手に頭をこすりつけていた生きものが翌朝には路上でつめたくなっていることもある.


しかし、あの猫が私にのどをならしてすり寄ってきた時の温かみは、


月給の額とか、上司の言葉とか、私たちを取り巻くかなり多くの事柄と異なり、それ自体 「真実」 なことだった.


私たちがともに暮らす他の種の生物が私たちに示す信頼は


それゆえに 「真実」 で、「永遠」 の価値をもつものなのである.


いま私の掌のしたにいるこの生きものも明日には堅く動かなくなっているかもしれない.


私たちは、たいていの世話しやすい他の種の生物よりは長生きである.


彼らの死を私たちは見ないでは避けられないが、


それでも一緒に生きると決めたということは、


その死後も 彼ら彼女らの 永遠の真実 の数々を私たちが忘れないでいる


という厳粛な決意もあわせてしたことになるのであろう.



ku
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ご質問者へ ── スウェーデン流恋愛 ──
- 2014/05/26(Mon) -
あなたは、スウェーデン人女性とセックスまでしているということでしたから、彼女があなたをないがしろにおもっているということはない、と、まず、申し上げます。




しかし、




私がそもそも知るスウェーデン人女性は、北欧最古最高のウプサラ大学の学生・教員たちですから、出発点からして、私のもつ 「スウェーデン人女性」 認識に偏りがあるかもしれません。スウェーデン人女性にも、簡単に身を任す人がいるのか、私にはわかりません。私が知る上記のスウェーデン人女性たちならば、ほんとうに愛する相手としかセックスはしません。




フリーセックス、という単語が出回っていますが、たわけた日本人は、その、フリー、という単語を、タダ、という意味でも、自由、という意味でも、自分勝手に妄想しているだけで、そんな、娼婦みたいな女性がスウェーデンにうようよいるとおもう頭のほうが虫がわいているんじゃないのか、といいたいくらい阿呆極まりない愚想です。




スウェーデン人女性ほど、恋愛とセックスを大事にする女性はいないでしょう。



日本人女性も私は幾人か知っていますが、スウェーデン人女性の恋愛への断固さは、そうどの日本人女性ももっているというわけではありません。



あなたが、彼女とセックスしているなら、あなたは彼女に愛されている、とおもっていいでしょう。



いや、



仮にも、セックスですよ、そのときに、相手の気持ちぐらい男のあなたにわからないのですか。




彼女の全身の反応とか、





あなたが終わったときに彼女があなたを抱きしめるとか、どういう行動をとったか、とか、





そういうことで、相手の本心がわかるのが、セックス、というものですよね。







あなたの恋人が、真摯な恋愛を求める人であることを祈ります。 






あと、






恋愛は、 タフネスさ、が必要ですから。    とにかく、幸福を信じて、がんばって。



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あるサイト閲覧者の問いに②
- 2014/05/25(Sun) -
スウェーデン人の恋愛アプローチは長いです。

日本人からしたら、また、この人は自分に気があるのかも、あるいは、自分とセックスしたがっているのかも、とおもうような発言や行動が見られることがあっても、それはただの親しい知人への振る舞いにすぎないことが往々にしてあります。

たとえば、夜に二人きりで泊まりに誘われる、とか、その結果、相手が自分のベッドに話に来る、とかであっても、それは、あなたに恋をしているからというわけではなく、単に、昼間は忙しいから夜に誘っただけ、話しが尽きないからベッドにも来ただけ、というのが普通のスウェーデン人の行動様式です。

日本人はアメリカナイズされすぎて、スウェーデン人のそうしたフランクな振る舞いをすぐに恋愛やセックスと結びつけて勘違いするようです。

あなたにアプローチしているというスウェーデン人も、もしかしたら、あなたを知人以上には思っていないかもしれません。



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あるサイト閲覧者の問いに
- 2014/05/25(Sun) -
セックスは、
食事や散歩と同じで、
ヒトが何歳になっても適正にたのしくおこなう行為以上でも以下でもないのですから、
アメリカ人のように、セックスに目の色かえて対象を追求したり、
昔の日本人のように必要以上に秘め事扱いするのはやめましょう。
スウェーデン流に、もっと、普通にあたりまえにセックスをのびのびとリラックスして見ることができるように未来の日本人がなれたら、世界にようやく、日本は開国したと、坂本や西郷に言えるんですがね。



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ある夜
- 2014/05/24(Sat) -
(以下の文章の多くに写真があるべきですが、私がめんどうなのでいまはありません。しかし、すべて真実のことです。)



我が家は、沖縄本島のさらに南西の離島にある。



だから、夏場、というか、春過ぎから、ゴキ●リ、という名称の昆虫がはびこる季節になる。




それには、私も、ニンゲンの小知恵の産物をもって対抗するわけであるが、




定住早々は、風呂場の通気口が破損していることが気づかず、そこからある夜、上記の昆虫が洗面所に結集して、まるで壁がシマウマ柄になり、思わず絶叫して住宅会社に修理させたほどであった。









ところが、


その後、やむにやまれぬ事情によって、我が家には、私よりも、



敏捷で、



動く小生物には滅法目がない同棲者が6名もふえたため、


上記の生物が部屋に出るやいなや、













同棲者たちの歓喜と興奮の坩堝となるのである。




当然ながら、




いかなタフな上記昆虫であろうとも、






我が家の毛物たちの苛烈な包囲網を生き抜けるわけはないのであった。






最後は、私が除菌アルコールスプレーを噴霧してお遊びに終止符を打つわけである。











我が家の毛物六名は、ペットボトルの蓋ひとつで半日は遊べる連中で、中には、蓋を縦に自転車の車輪のようにころがす名人もいる。









みんな、ありがとう。






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愛車
- 2014/05/22(Thu) -
宴会で、それが、上司も隣席するような宴会でカラオケが始まって、私に歌えと求められたとき、そして、それまで若い者が上司をうならせるような上司ウケするような歌ばかり、同年輩が時代の名曲ばかり歌っていたような夜は、

私は、

いまは亡き忌野清志郎の ♫ 雨上がりの夜空に ♬ を歌うことにしている。




清志郎の、しかし、私たちの時代の最初のヒットは、恋愛でも女でもなく、自分の好きな美術教師を歌った ♬ ぼくのすきな先生 ♫ だった。


タバコと絵の具の匂いの、ぼくのすきな先生・・・  

 
教師というものは、ある意味、若者が人生で親の次に出会う、そして、親とは異なる目で視る最初の年長のニンゲンだろう。 教師の存在意義は大きい・・・ というようなことをきょうは書きたくて書き始めたのではない。




先の 「雨上がりの夜空に」 で、


おいらのポンコツ
とうとういかれちまった


という歌詞がある。その歌は、知っている人は、セックスの発射をクルマの発車に、女性をクルマに喩えた、ある意味、淫靡さが隠された歌だとおもっていたことだろう。私も、そう意識して、かしこまっている若者たちの前で歌っていたのだった。




しかし、



私のクルマがエンストして、



修理屋に買い替えを勧められて、




私は、自分の愛車が、とておいとおしく、とても、この7年乗り続けた彼女を手放すことはできそうもないことを急激に自覚した。



気づいたら、私は、サビの出た車体をなでていた。ほおずりも、修理工のまえでしていたかもしれない。




清志郎のあの歌は、決して、クルマに例えてセックスを歌ったものではなく、



ほんとうに愛車がエンストしてだめになったときの悲しみを、あえて、セックスがらみと思わせることで歌い飛ばそうとした切実な愛惜の歌だったかもしれない。 いや、きっと、そうだろう? 清志郎。


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言いますよ
- 2014/05/17(Sat) -
セックス、という単語自体は、性、という意味ですが、普通は、性行為、という意味で使われています。




性行為、というものは、



家庭によっては、毎日、営まれる、ニンゲンとして、食事や笑い合いと同じ、通常行為です。




男女の違い、という意味で使われる sex というのは、



おもってみてください、



男と女で、ちがうところはありますか?




スウェーデンでは、




女性のタクシーやバス運転手は普通です。





でも、




男でなければできない仕事というものもあるのです。  想像しなさい。






そういう仕事は、男性だけの求人がスウェーデンでもあるわけです。それを、男女差別、などとほざいたら、自分の阿呆を叫ぶだけのことです。男女差別、と言う女性は、自分の不能を、女だから多目にみてくれ、と甘えているだけの未熟人です。男女で異なる能力など、まず、ありません。女性よ、胸張って、行動せよ。

私が、日本ヨーロッパ通じて、唯一、負けた、と感じた同級生は、スウェーデン人のメーリットという名前の女の子です。

彼女とは、スウェーデン語史の授業で出会い、私も、教師の、オーネマン学部長も、彼女の明晰さに気づきました。それが、男女関係なしの集団での勇者、というものです。




ニンゲンは、平等、などではありませんよ、いいですか。


優秀なものは厚遇され、


男女は適否ある仕事をすべきであり、


生まれによって、異なる幸せを受けるべきなのです。













世界が、明日も、あかるくあるように。



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誕生日記
- 2014/05/16(Fri) -
毎年、きょうは何か書いているとおもう。


たしか、去年は、誕生日だからと早起きしてマーケットに行ったら知り合いの農家の奥さんに会って昼に畑に来るよう言われ、行ったところ旦那さんからゴーヤはじめ野菜をいただいたことを書いたとおもう。ちがうかな。





きょうは、ふつうに起きて、ふつうにいつもの野菜ジュースと蕎麦と玄米の朝食で職場に行き、汗かいて働き、帰ってきた。

誕生ケーキをヨーロッパ風に自分で買って職場においたら、みんなよろこんで(?)くれて、女性や若い男が ♪ハッピーバースデー♪ をひとくさり歌ってくれたりした。



夜は、好漢のスポーツマン受験生が英語を勉強に来て、いま、私から5メートルくらい離れた机でセンター試験の過去問、蝙蝠に棲みつかれた父息子の滑稽譚を読んでいる。


ネコたちは、ないたり、のどならしたり、走ったり、ごろごろしたりしている。刺身を食べたやつもいるし、そうでないものもいる。そんなことで彼ら彼女らは不公平だ、なんて言ったりしない。





そんなこんなで、きょうも、いつもとかわらぬ、56歳初日が終わる。



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イヌがすき、なら、学んでみよう
- 2014/05/15(Thu) -
最近、イヌの世話もし始めた、というと、


とうとう、あんたもイヌに目覚めたか、というような人々が少なからずいる。



イヌのよさがわからないでネコをいままでかわいがってきた者と私を見ているからだが、



もともと、私は子ども時代に血統書付の秋田犬を家で飼っていて、



イヌのよさはわかっていた。  それを、老境になろうとして再感した、というのが正しい。



イヌといると、『フランダースの犬』 の結末もハッピーエンドに思えるから、どうしたことだろう。



ネロは、パトラッシュと死んでハッピーだったのだ。 私にも、イヌといるとアタマの上に天使が飛んでいる、




・・・・・・・などと言ったら、知り合いの女性が鼻で嗤った。 おかしいか?



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動物には、怒りとか憎しみとかはないようにおもえる。



私と会うとイヌはとびはねて喜びを表現している、・・・ように見えるが、




周囲から理不尽な扱いを受けたときに、動物は怒ったり、相手を憎んだりするのだろうか。 いや、しまい。




ニンゲンがとても愚かなもののようにおもえるが、しかし、




スウェーデンから戻って、私も、私の知り合いも、日本人の母親がよくマーケットなどでぐずってすわりこんでいる幼児に金切声で 「もう知らない! なにやってんの!」 などと叫んでいるの見ると心が痛んだ。

スウェーデン人の母親で、そのようにする者は皆無だからである。

それは私の知る事実だったし、拙訳書 『スウェーデン人』 にもそう書いてある。


スウェーデン人の母親なら、ほしいお菓子の前でぐずっている幼児の顔の前に自分もしゃがんで顔を近づけて、

いま、それを買ってあげられない理由をわかりやすくおだやかにやさしい声で語りかけるばかりである。 延々と。




子どもに対する怒りの爆発も、それを抑えられない国民と、それをよく処理できる国民がいるのであるから、




私たちニンゲンは、まだまだ、自分の感情をよりよくコントロールして、よりよい社会を築いてゆけそうなのではなかろうか。





すくなくとも、イヌやネコによく学ぶところから始めてみようか、日本人。

スウェーデン人から学ぶには、そもそも、スウェーデン語さえ学校で習わないのだから、あと1世紀くらいは無理というものだから。



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世界、はいたるところに
- 2014/05/13(Tue) -
インターネットで、たままた、私が20代のころに聞いた日本人歌手の歌を聴いて、
スウェーデンでの最後の日々を思い出した.


スウェーデンを出ることになった最後の日々、
私は、自分が4年前にもってきたスーツケースと2つのカバンには到底入りきらない荷物があるのを知った.


それ以前の毎日、

大学やカロリナ(ウプサラ大学中央図書館)にビラを貼り、古物処理をしたが、
それでも残ったものは、自分で知り合いに要るかどうか尋ねるしかなかった.
そうした知り合いに、私の寝具や、自転車、露和辞書、なども売った.


その中に、オフコースというグループのカセットテープ5本(たぶん)セットがあった.

そんなものも入らないほどスーツケースがいっぱいだったということである.


当時、肩まで髪を伸ばしてヨーロッパの諸言語を相手に応じて話していた私は、日本人とは思われぬことが多かった.

そんな私が露天に雑貨を置いて、好きな値段でもっていってくれ、と放置していたところ

そのオフコースのカセットテープに注目した女性がいた.

その女性も、私に、あなたはスペイン人か? と尋ねた.

私は、無論正解を言ったが、彼女は、日本語がわかるとはおもえず、それでも、

オフコースを買ってどうおもったのだろう.

いや、きっと、あの声とメロディで、

いい音楽があるものだと聴いてくれたかもしれない.

それが、たとえ、やっぱりヨーロッパの西のはずれの音楽じゃないのかとおもったかもしれないにせよ・・・・・・



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(2010.5.4.記)


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「大激論!日本人 VS スウェーデン人」 を観て
- 2014/05/11(Sun) -
(2010.5.4.記)


いったいいつの番組だか知らないが、インターネットで標記の番組動画をたまたま観てしまった.

最後まで観続けるのが困難なほど、スウェーデンの大学では禁止されていた
「他人の発言中に大声でわって入る」 ことをするアメリカ人たちの見苦しさと、


スウェーデンでは、アメリカという国は
「歴史伝統が浅く、そこから学ぶべきものは経済戦略とマクドナルドハンバーガーだけ」
と言われていて、知識人はだれも国としての本質を評価していないのに、
当人たちも、パネラーもその意識の懸隔を自覚しないのもまた見苦しかった.


それはともかく、

スウェーデンのようだと努力するニンゲンは出ないのでは? という日本人芸能人の意見は噴飯ものだった.

彼が名を成した活動よりも決して劣らぬ努力を静かに長くしている者がいたるところにいる.


私も、勉強を朝9時から夜8時までできて、ジムトレーニングのあとに夕飯をたっぷり食べられればそれで毎日よかった.


東京に戻ったとき、確かに、いろいろなものが買えるし、博物館・美術館・映画館などすぐに行けたが、それも限りがある.


居酒屋やバーのカウンターも、馴れてしまえば自宅のテーブルと同じで、外食の魅力というものもむなしかった.


税金の高さが非難の的になっていたが、私は、よく考えて金を使う愉しみを知った.


生活の最低線が保障されているということは、あとは、いかようにも、自分の夢に向けてがんばれる、ということなのだ.


しかし、そんなことも、いまだに、日本の為政者はもちろん、一般民も知らないのだろう.

これだけインターネットが発達して、これだけ明治維新から年月が経ち、これだけ多くの世界と通交するようになっても、

まだ、日本人は、その本質を知っている外国というものがあるのだろうか.

お友達のアメリカのことさえ、たぶん、本当には知らないのだろう.

それは、言語のせいなのか、島国という地理的理由によるのか、それとも、その、島国根性によるのか・・・


いったいいつになったら、日本人が一外国のことをちゃんと理解できる日が来るのだろう.



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自然では血縁とて絶対ではない
- 2014/05/06(Tue) -
私のところには、祖母とその娘たち、そしてその子どもたち、という三代が多数いるが、




実は、私が沖縄の離島に住んでからずっと一緒の猫がいて、彼女は、私のところにいる祖母の祖母なのである.


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二者の間の猫は、つとにこのブログのあちこちに掲載したシャムであるが、自分の娘が子を多数産んだころに姿を消した.


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しかし、大祖母は、いまだに私の窓辺に食事に来る.無論、独身時代は私の屋内でともに食事したが、




いまや、その四世代下の孫たちが屋内にひしめいているので、しかし、いまも、窓辺で私を待つ.




当然、その大祖母と、いまのみんなの祖母とは、祖母と孫の関係なので、互いにもはや礼儀はない.


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ましてや、いまの子どもたちは、自分たちの祖先の大祖母に、威嚇したり攻撃したりもする.






これが、自然だ. と、私は、猫たちから教わった.





だから、自分の父母と言われているものたちが鬼畜のような所業を私にしたことも、





ましてや、他人である、大学教授が、卑劣下等唾棄すべき所業を学生の私にしたこともいま理解できた.





人生、という言葉は、ヒトの驕りで、




所詮は、ヒトならば、インチキ当然、嘘つき上等、そんな、ヒトの自然の理とでも言うべきものがあるばかりなのである.


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ナカムラへ
- 2014/05/02(Fri) -
私信です。ですから、ナカムラ以外は読まずにください。






ナカムラ、元気か。





元気で、  飲んで、   くだらないことを言い散らし、   多数に愛され、    少数に嫌われ、





相変わらず、私としたように、





昼からニンニク臭いラーメンを食って周囲に顰蹙かっているか。













きみは、私の数少ない友人の一人だった。  








だから、いまも、私の友人だ。










変わらずいてくれたまえ。  








私より若いんだから。










もしも、





飲みすぎで肝臓をこわしたとかなら、かわいい奥さんでももらったろうから彼女に下の世話まで頼れ。






もしも、もらった奥さんがはずれだったら、まぁ、  遊べ。









もしも、論文がどうのこうのだったら、







私を参考にして、







・・・・・・






あとは、自分で、決めよ。









じゃぁな、  いろいろありがとう。    元気で。







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自分の得意技を飯の種にしない生き方
- 2014/05/02(Fri) -
あんたみたいな人がどうしてこんな島にいるのか、







ということはよく言われる.  微笑むしかない.










自分の得意技が貴重視されるのではない国であえて生きようとした以上、

他国では求められる知識が大学や出版社が需要を認めない未開地での生き方は、

あえて師弟の関係を求める若者に対する以外は、別に何をしても生きてゆけばそれでいい.

生きよ、そう、猫たちから教わった.








* * * * * * * *








自分の得意なものは未来の日本人まで封印する.







自分が得意なものを飯の種にしないでも、自分が知った知識を独りたのしんで生きる喜びにひたっている,









これは、これも、自分だけが知っている、    という、








知ることの愉しみ









とは、










こういう、独り愉しみ、なのである.






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アメリカとて世界一ではない
- 2014/05/02(Fri) -
数年前に観たNHKのドラマで、子どもが、親が知り合いになった外国人が家に来るということを聞いて、
「すごいじゃん! アメリカのものとかもらえるかもしれないんだよ!」


と叫んでいた。



NHKとこの台本作者の阿呆を憫笑せざるをえなかったのは言うまでもない。






* * * * * * * *





日本は確かに直接的にはアメリカに戦争で負けたし、


いまも、アメリカが同盟国のようだし、


学校では英語、ほぼ米語を勉強しているし、


正月といえばハワイへ行く家庭が多数だし、


フィンランドのスウェーデンのように、韓国の日本のように、日本にとってはアメリカが世界の門戸なのか、しかし、そんな阿呆国民はもう、いい加減にやめにすべきであるのは世界の必然でもある。










スウェーデンの、北欧第一のウプサラ大学の学生で、卒業後、アメリカに就職したい、と言う知り合いは絶無だった。






海外就職組は、



イギリス



あるいは、ヨーロッパ中部(フランスやベルギーなど、国連関係の施設がある)



そして、次がヨーロッパ南部、だった。





アメリカは、たかだか、数百年しか歴史のない、世界の新参者、

アメリカに学ぶべきものは、ビジネス戦略の手法とマクドナルドだけ、ということは 『スウェーデン人』 にも書かれている。






日本は、まず、世界人となるには、




アメリカを等価に観る目を養うべきだろう。セックスに対する見方にしても、アメリカは下卑て未熟であることを知って、初めて日本人は 「開国」 したと、西郷や坂本龍馬に報告できるにちがいない。






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私はまだ目覚めきらないのか
- 2014/05/01(Thu) -
世界は苦である、







ということは若いころにわかって、







その後、サンスクリットを勉強するようになって、それが、昔の覚者の知恵だと知った。







さらに、その後の人生でそれが真実であることを確認する運命になったが、






冒頭のセンテンスは正しくなかったことをこのごろ知った。














私が認識する世界は、苦である (あるいは、ヒトが認識する世界は・・・)






というのが正しかろう。










それがわかったところで、何も快感でもなく、世界の景色もなにもかわらないようなのだが。




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偏り
- 2014/05/01(Thu) -
どこかのサイトに書かれていたが、


私の知るスウェーデンは、あたかも、外国人学生が日本の京都大学で勉強している間に知った日本の姿なので、


京都大学の教員や学生、それをとりまく京都の人々を知ったようなもので、


私の知るスウェーデン人もまた、北欧最古スウェーデン第一のウプサラ大学の教員と学生、その関係者や家族たちがほぼなので、


私の語るスウェーデン人像もまた、スウェーデン人一般のものではないのではないかとおもうのである。





私がよく、



日本人はスウェーデン人のようになれない、とか、



日本人は劣る、とか書いているが、



それも、


私が、私の知る日本の早稲田大学の関係者と、スウェーデンのウプサラ大学の教員や学生のレベルと比較して語ってしまっているからの発言で、スウェーデン人の中には、なにも、高度な知識人ばかりではないのは当たり前なのである。





男の私が語るスウェーデン人女性についても、ウプサラ大学の女子学生の姿ばかりで、未来のキャリア組予備軍の青春像だから、やっぱり、若いスウェーデン人一般の姿とは違うかもしれないのである。







久しぶりに、スウェーデンの先生にメールでもしてみよう。


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また sista april
- 2014/05/01(Thu) -
きのうもまた、sista april がきた。




北欧一の学都ウプサラの街には、遊園地が設営され、ボート競技が行われ、学生寮から市街までビールを片手に行進する学生の群れが見られたことだろう。朝はみんな一緒に起きて、コリドーでは、いちごとシャンパンで乾杯してのことであっただろう。この日ばかりは、公の場所でアルコールを飲んでも警察は出てこない。




ただし、大学の授業は休みだから、校舎もカロリナもしまっている。酔っ払い学生が勉強の場所に入ってきてはいけないから。そこで、アルコールを飲んだ男女学生ともに、草むらで用を足すことになる。あるいは、私たちのように、集団で市内のホテルの有料トイレをドアが閉まらないように順番に交代で使う、ということになるわけである。






カロリナ前のスロープも車座になって飲む学生たちで埋まったはずだ。






厳しい勉強の日々の中の、唯一の解放日。そんな4月末日だった。





みんな、もう、この日から、半袖Tシャツだ。





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