価値観
- 2014/03/26(Wed) -
私がスウェーデンに行く前に愉しく読めていた古語はサンスクリットと古典ギリシャ語、ラテン語、古代教会スラヴ語等の屈折の豊富な言語、そしてゴート語、古低・古高ドイツ語、古英語、古アイスランド語などの簡便な古ゲルマン諸語。現代語では、英語、ドイツ語、ロシア語だけだった。

そう、私は、今だったら絶対にマスターしたいスペイン語やポルトガル語はおろか、たいていの大学生でも知っているフランス語さえ知らなかったのである。フランス語は受講希望者が多くて私は早稲田時代は毎年登録抽選にもれていた。



スウェーデンのウプサラ大学はスウェーデンの最高位で (日本のスウェーデン語の教授の論文雑誌がうやうやしく送付献呈されたまま積まれているのをノルド語研究室で見たことがあるが、周囲の学問の深さとその日本語論文の浅薄さに私は日本出身者として恥ずかしさにいたたまれず、スウェーデン人学生たちが、日本語を一片も知らないようにと祈ったものである)、かつ北欧最古の大学だから、私は、レストランに飛び込む腹ペコ虎のような気持ちでスウェーデンに乗り込んだ。

* ちなみに、日本のスウェーデン語科の大学教授の仕事が
スウェーデン語の図書の翻訳であったりするが、
それが、スウェーデンの大学の教科書にすぎない、
という事実もある。
そんなもの、留学したら、
学生が覚えて試験で使わなければならない程度の知識であるのに、
それが一般向けに教授さまの業績のようにわざわざ刊行されている。
井の中の蛙教授に教わるさらに狭い知見の学生たち・・・
日本の北欧理解は、まだまだこんな程度なのである。
50年たっても、ドイツ人やフランス人のスウェーデン理解に
日本人は追いつけないに違いない。閑話休題)




自分の論文とスウェーデン語マスターを除いて、外国語遊びとしての私の第一最大の関心は、アイルランド語とケルト語だった。(リトアニア語は、ウィルニュス大学からの留学生男女二人とルーン石碑の授業で組まされたので親しくなり、実地に学べる機会を早々に得た。)


どっちも受講希望するスウェーデン人学生はそういないだろう・・・とたかをくくっていたら、アイルランド語の授業にはかろうじて入れたが、ケルト語は完全に締め出された。二年めもダメだった。スコットランド語も120%満席だった。

日本では教員さえいないようなそれらの言語も、映画 Braveheart や Enya の音楽を知ればケルトやアイルランドの精神に興味をもつのがむしろ当たり前の第一歩だ。日本人の学生には、それらの映画も音楽も、「英語」 のものでしかないだろうが、当たり前の耳をもつ人間ならば、それらが英語の世界とはずれたところに源をもつものであることは自明なのだ。







日本で私はフランス語にフラれ、スウェーデンではケルト語に蹴り出され、私は仕方なく、印欧語ですらないフィンランド語を選択してウサを晴らそうとした・・・ら、そこで、私は、日本とスウェーデンを通じて同級生で唯一兜を脱いだ、光線のような閃きの頭脳をもった女の子メーリットに出会ったのである。彼女の話はまた今度。


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日本人は劣っている
- 2014/03/23(Sun) -
「日本はいまだ開国されていない」 これは私が 『スウェーデン人 ―― 我々は、いかに、また、なぜ』 の訳者あとがきにも書いたことだ。自分のふるさとのことは外に出たらわかるようになる、と言われる。だから、島の子どもはまず内地の大学にゆくのがいいし、東京の子どもは海外に大学にいけばいい。そして、私が上掲書を出すときに出版社から言われたように、異文化を紹介するには、その国に永住している人よりは、私のようにそれなりに長くいて、また戻って来た人のほうがいいらしい。往復することで 「比較」 が完成されるからだ。その点では、私のような人間は多数派ではないだろうから――というのも、外国を知れば、そこでの生活の優等性に惹かれて永住するのを望むのが自然な日本人のはずだから.それは、以下に述べる理由による――、むしろ、よくテレビにある、日本に住んでいる外国人が(多分に、マスコミ受けを狙った態度によって正確さが曇らされるものの)話す言葉が次位になるが、日本人にとっては客観的に自分を知る機会となるだろう。
 
 もちろん、人は個人として見られるべきであって、「~人だから・・・」 という考え方言い方は、私が沖縄の人口200人にも満たない離島に来たときに、「この島に住むなら・・・でなければならない。そうでないなら口もきくな」 と言った島民のそれと同じで唾棄すべきものだ。日本人でも、優秀な人、高潔な人、真に他者にやさしい人などたくさんいる。しかし、それでも、日本の雪とスウェーデンの雪が違うように、都会の空気と谷川岳の空気が違うように、江ノ島の海と宮古島の海が違うように、やはり、国民総体とみたときに、the Japanese と svenskarna は違うのである(前者は、とりあえず、「日本人」 を日本に近い印欧語で表してみただけです)。

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 日本人は決してスウェーデン人とは似ていない。
 むしろ、対極にある、と言ってもよいくらいだ。それを、「スウェーデン人と日本人は似ている」 という人々は、まだ観察が浅いのか、それとも、自分がヨーロッパ人と共通性があると思いたいのか。
 日本人がスウェーデン人と異なる点は先日も書いた。書いて書ききれないのでやめたし、また、むしろ、日本的常識がスウェーデンではタブーとなるものもある。そして、その中でも、最も大きな違いは私見では2つあり、そのどちらも、日本人の 「利己心」 に基づくことなのだ。


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 日本人は1歩でも他人の前に出ようとする。それは、若者でも老人でも同じだ。
 私は、いろいろなところで 「国民性」 という単語を使ってきたが、最近、そう言ってしまうと、それが何か取替え不能なレッテルのような気がして日本人にすまないとおもうようになったので、このごろは、「日本人の性質」 とか 「習慣的思考態度によって身についた行動様式」 などと呼ぶことにしているが、まあ、そのような 「性質」 は、とりもなおさず、それが日本人を心貧しい存在にし、不幸感を増大させている原因なのだ(不幸は必ずしも全て政治のせいではない)。そして、そうした 「性質」 は、スウェーデン人の間には絶無なものなのだ。ドアを開けて前方後方からくる人を待つ若者(老人)、見知らぬ高齢者の手を引いて郵便局のカウンターに連れていく若者、それらは、日本では決して見られない光景だ。
 自分より優れた者には(最近私が知った単語だが)「風評被害」 を与えて陥れる。それは、古くは菅原道真の時代にもあったし、ヨーロッパでもソクラテスのような例がある。しかし、それが日本ほど横行しているのも珍しい。力のない若者ほど、その手段で自分をよくみせようとやっきになる現象が大学教育機関でも大企業でも見られた。
 日本人は、スウェーデン人の 「余裕」 を知らない。

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 そしてもう1つは、あらゆる包装・梱包に見られるような、その作業をする者だけが簡便で低コストゆえに行うものの、それを開封使用する他者には、開梱開封が困難な、時には購入者に怪我や傷さえ与え、また商品それ自体をも傷つける可能性があり、さらに不必要にゴミを増やすだけの梱包・閉栓具が例として挙げられる現象がある。これは、単に、そのようなキケンでムダな梱包・閉栓をする機械が存在していて新しいものに替えられない、という現実問題によるのか、それとも、本当に、使用者が迷惑していると製造側は知らないのか、あるいは、そのような迷惑な梱包・閉栓機具をも製造している中小企業の存在を守るためなのか。しかし、公園の園具でさえ、危険と判断されたら全国規模で撤廃するスウェーデン人からすれば、日本の商品包装はアタマの悪さ以外の何ものでもないだろう。あるいは、人にやさしくない国特有の事例として映るっているか。

 かつて私は、スウェーデン人の先生に、上記2点を挙げて、日本はスウェーデンより劣るので、自分はスウェーデンに永住しようかとおもう、と話したことがあった。しかし、先生は、スウェーデン人にも愚かで嫌悪すべきところがある、とおっしゃった。無論、人である以上、それは当然のことだし、私自身、偏見に満ちたスウェーデン人、暴力的なスウェーデン人に出会ったこともあった……

 * * * * * * * * * *

 日本人として生まれた私がこのようなことを書くと、日本がいやなら出ていけ、とか、日本人の風上にもおけないやつだ、とかの非難をされるむきもあるが、それもまた日本的なのだろう。あたかも、幕末の地方の思想家が幕府によって弾圧された如く、日本人は、耳のいたいことを言われるのを、また、自分が知らない知見を語られるのを嫌う。
 かくして、日本はいまだ開国されていない、ということになるわけである。
 謙虚に外の世界に学び、それによって同朋を啓蒙しようとするものたちが各所各機関で中心的に力をもって活動できるようになるときの到来は、あと数世代あとまで待たねばならないのだろう。

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(2010.10.7.記)

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やさしくない国  気のきかない社会
- 2014/03/22(Sat) -
なんて不親切な商品なんだ!


こんなものを流通させているおろかな日本. へっ、笑っちまうぜ.


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それとも、近場アジアのどこかでつくられたものか?




・・・・・・というような感慨は、日本に住んだたいていのヨーロッパ人は抱くだろう.



それでも 「日本はよいところ」 と彼らの多くが言うのは、



彼らが日本でたいてい歓待されたからだ.



日本人の外国語会話コンプレックスは、非印欧語民族であるにもかかわらず異常に深いので



その反作用として、



笑顔の厚遇、という態度で外国人に接するしかなくなる.







外国人でも阿呆もいれば無能もいるし礼儀知らずもいるのに、それを叱り注意できないから、



「日本はよいところ」 と彼らに言わしめる.



そして、日本の日用商品の多くも、



質よりは安価、



永続使用に耐えるよりはきょうの利便、



子孫に伝えるよりは自己の安楽、



を優先しているから、所詮、永住を志さない外国人にとっては 「当座便利でよいところ」 なのだ.



しかし、伝統的なものを重んじるヨーロッパ人にとっては、日本の伝統文化以外については、



そこに、崇敬の感情は生まれない.



ただ、異文化に接したおもしろさ、奇矯なものへの好奇心があるばかりなのだ.






世界の一員になかなかなれない日本.




日本国・日本民族がほんとうに世界から尊ばれてその一員となれるには、



一部の世界企業やノーベル賞級の学者に依るのではなく、



日本社会そのもが 価値あるものにならなければならないのだが、さて・・・・・・



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130209

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地球も
- 2014/03/19(Wed) -
夕方クルマを走らせていたら、


NHKラジオで、世界の各地にいる日本人からその外国で感じた新奇な違和感をおもしろく報道していた


曰く


「日本語の本をバスでみているとのぞきこまれます」


「和紙の紐が流行です」

等の

日常生活のおかしさの通信であり、それをスタジオのアナウンサーが感心したり驚いたりしていた.




世界は多様で、それは、外国に限らず、東京と北海道、沖縄と福岡とでさえ違うだろう.




世界の首脳が世界規模の問題を議論して妥協点を模索しているというのに、



私たちは、相手の、メンタリティや生活基盤などをまるで知らないのである.



交渉相手の心に響く言葉が言えなくて、何が、外交、何が、交渉なのだろう.





私たちは、地球そのものをさえ滅ぼしてしまいそうなモノをすでに多くの民が所有し、



持続可能な開発ということでなんとか地球の延命措置を模索しているというのに、





かたや、



私たちの相互理解は、まだまだ、犬を知るブリーダーが犬を知るぐらいにしか人間の異文化を理解してはいないのだ.




いや、たぶん、それは、このあと未来もかわらないだろう.




日本でも、アフリカや中央アジアや、北ヨーロッパなどの国々への理解はおそらくずっと醸成されず、



未知はある意味で好奇の対象で快感のネタとして放置されたままになるだろう.



それでいて、それらの国々との交渉は官民いたるところで行われ、



表面的な、それゆえ、相手と自分の相互理解を目指すのではなく、



利害や得失の妥協点を探るだけの、猫でもしないような交渉が行われて終わりになるだろう.







地球のいのちなんかもうどうにもならない.




だれか、



無知なニンゲンを覚醒させるような作業をしてくれないか.









いや、



それは、はるかむかし、



既に、行われて、その結果がいまなのだったな.





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121202
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あくしでんたる
- 2014/03/14(Fri) -
きょう、森で作業をしていたら、傾斜で下方に顛倒して腰や頭を打った.膝からは出血した.





私が倒れた刹那、隣にいた男、57歳が私に瞬時に駆け寄り私を抱き起こした.






* * * * * * * *





私は、これまで、人生で、まあ、こう言ってももう爺いだから許してもらえるだろうが、幾人かの女性を抱っこしてきたが、





自分が背中と頭に腕を回されて抱き起こされるのはこれが初めてであった.(いや、赤ん坊の時は別にして.)









そうしてくれた男には申し訳ないが、   











至上の快感であった.












死ぬ時には、こうしてもらって死にたいものだと、いまその夜に思う.








また、今後、私がだれかにそうしてうやれる時もまた、あれば、






しっかり、がんばりたいとおもうのである.










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自己を知る
- 2014/03/13(Thu) -
私は人生設計をしないで生きてきた.

それは、常に、新しい扉を開けることの連続だった.

あいにく、人の世がどういうものが知らないのんき者だったせいで、

開けた扉は興味深くとも、そこに巣食い続けているヒトらによって追い出されることも多かったが、

それでも、私はそうしていき続けることをやめないだろう.

心筋梗塞後の身体に不安はあるものの、いまだ若いものが逃げる身体労働を続けることができている.

ありがたきは、仙台で私の血管手術をした医師である.いまの私は彼にもらったものだ.

そして、ありがたきは、このような、糸のきれた凧のような私をも、たえず追いかけて季節の折々にものを送ってくれる子どもとその母親だ.


数日前に、独りでなくては生きられない、というようなことを書いたが、やはり、

私もまた、生きる喜びをヒトからもらっていたわけだ.

100227

ap

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