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異文化は至るところに
- 2014/01/30(Thu) -
このブログのあちこちで、私は、異文化と接触することの愉しみと意義を書いている.

曰く
「外国に行く愉しみは異文化接触の愉しみである」
「異文化と出会うことで、人も民族も進歩する」
「異文化を求めるexileの心は自然なもので、異文化を排斥する日本人の多くが日本の未開国の直接原因だ」・・・

しかし、異文化接触は、何も、外国とのそればかりではないのだった.


私が東京で、ある少女が小4から小6までの間に週末親をしていたころ、
彼女のさまざまな行為や発言で私は異文化接触をしていたのだった.
無論、彼女の生活習慣は彼女の親のそれにほかならないが、やがて、
彼女は、親も頸を傾げた彼女独自の行動様式を私とともに顕しはじめた.
それは私には新鮮な日々でもあったのだ.

そうしてそのような経験は、それ以前にもあったのを思い出した.


初めて恋人とその息子と暮らしたとき、いかに息子の言動が私の心を打ったことだろう.

初めて東京の三畳一間で学生生活を送るようになったとき、いかに力が満ちるのを感じたことだろう.


いや、あらゆる恋愛の経過は異文化接触とも言えるのだった・・・


私は、結局、家庭を営まなかったし、他家と家族としてつきあうこともなかった.

私がしていない異文化接触を、多くの人々は経験し、

私がスウェーデンで学んだようなことを実生活で数々経験しているのにちがいないのだった.



外国で暮らすことばかりが異文化を知る手立てではない.

私は、もっと身近にある知識の扉を開くことをしてもよかったはずだ.

まあ、相殺すれば、私も、

スウェーデン人たちのおかげで、やっと人並みな 「異文化接触」 ができた、といえるのかもしれない.



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(2010.4.3.記)
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意志を超えた力
- 2014/01/25(Sat) -
(本記事は東京にて、2006年12月11日冷たい雨降る日に書かれた)

もう二度と戻らないつもりで日本を出た朝、

通ってきていた街猫が見送る姿に後ろ髪ひかれながら改札を通った高田馬場駅を

いまは、その国に関する本を出版してくれた会社に用があってまた通る。





これ以外愛する者はいないと信じ、遠距離恋愛の果てに帰国して待ち合わせた東京駅八重洲中央口を

いまは血のつながらない別の家の娘と上野動物園で遊んだ帰り、夕飯を食べに一緒に通過する。





大学浪人していたころに予備校がいやで彷徨していた御茶ノ水駅を

明日はこの7年出版先を探していた絵本を出すかもしれない出版社を訪ねて行く。





人生に対して積極的に意志しているはずが、思いもかけないことばかり起こる。


いま歩いているこの道も、数年後、どんな心でだれと歩いていることやら。


だから、生きることは、全力で生きた結果は、おもしろい。


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蝶が教える
- 2014/01/17(Fri) -
蝶をみた   ここは、沖縄の離島









黒大アゲハ、だったかもしれない









私の足首を巻いて、路傍のヒメジョオンだったかもしれないものの、花から花へ、飛んでまわっていた








私は昔、モンシロチョウの卵をキャベツ畑でさがしては青虫から蛹から成虫にして放していた小学生だったが








この沖縄の黒い大きな蝶も、卵として生まれて運良く青虫から蛹の時期を通り越して飛んでいるのだ




わずか、数十日の命を











それが、この地上の生命のあり方の根本である









猫でさえ、餓死した子どもをもはや親はかまいはしない








この蝶は親さえきょうだいさえ知らない








ヒトは、恋愛してもだえたり、子どもの生活ぶりで悩んだりするかもしれないが







それも、所詮は、数十年の話であり










地球の歴史、宇宙の歴史からすれば、








この蝶の一生とおなじことにすぎなかろう











旺盛に生きよ










価値を気にするな











生きよ、ヒトたちよ







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アンチ字幕主義
- 2014/01/17(Fri) -
日本の教育熱心な親御さんは、映画を見せるのも、英語の勉強と、字幕映画をお子さんに観せることが多いとおもう.私の知人家庭でもそうだ.









私のところには、勉強をしたくて訪ねてくる子どもが多いが、







私がやる気がまったくない時は、映画を観せる.


字幕なしの、各国語の映画である.(私がわかる言語のものに限る.
しかも、日本語字幕のないものなら、外国語サイトから2か月くらい前の最新映画でもダウンロードできます.)













無論、筋は、子どもはわからない.








しかし、「推測しろ!」 と私は言う.






私のスウェーデンでの恩師の故クラーエス=オーネマン教授の古代アイスランド語の授業で先生が私たちスウェーデン人学生に叱咤した Gissa! (推測せよ!) をいまも私は外国映画を観る日本人学生に言っているわけである.








ストーリー説明は私がして、あとは、人物の表情と状況からして、どんなことを言っているんだろう、と頭脳を働かせるという、






現実の外国での生活とおなじ状況に子どもを置くのが私の 「外国語」 授業である.









字幕なんか、





頼ってはだめですよ、日本のお父さんお母さん.


無題p


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ウプサラ大学のコリドー生活
- 2014/01/17(Fri) -
スウェーデンの、いや、北欧最古の大学にして、最高峰の大学、ウプサラ大学の学生寮は、





スウェーデン人学生も含めたほぼ全ての学生が居住しているが、






夫婦二人用、集団用、など様々な形態の住宅がある中で、





日本人留学生に何より勧めたいのは、コリドー生活である.








コリドーは、12人で共同キッチン共同リビング(といっても、ソファとテレビがあるだけだが、しかし、このソファとテレビで私はどんなにスウェーデン語が上達したことだろう!).








しかし、私はもうスウェーデンにはいないので、







恐縮だが、ちょうど日本のドラマの江戸時代の長屋が似たようなものなので画像を挙げる.







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廊下左右に6部屋の階がエレベーターの左右にある.



友人になった者がいたら、その建物のそのコリドーを訪ねればよいのである.







私の最初の部屋番号は7-333だった.
第7棟の3階の左右4つある並びの3つめのドアから3つめの部屋、という意味である.

確か、331には、医学部のマリアがいた. 私の隣の334には、理学部化学科のニーナがいた.ともに、スウェーデン人学生である.







もちろん、共同の12人のなかには、スペイン人学生も中国人学生もノルウェー人学生もデンマーク人学生もイタリア人学生もいたのだから、外国語の力を試すには、何ヶ国語を日常使い分けようが無限という、私の前頭葉が全開したような感覚を覚えたものである.(日本に帰ったら、それが閉じたのを感じた.)











スウェーデンに限らず、







日本の若者よ、






世界で学びたまえ.







私はスウェーデン語の古語や現代語が堪能になっても日本では確たる職はなかったが、









きみらがいまから世界に雄飛して、


帰ってくるころには、






日本も少しは開国されているだろうから、







きみらは、日本のために活躍できる時があるはずだ.










地球をよりよくできるには、若いきみらの行動如何によるのだからね.









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やすらぎ
- 2014/01/12(Sun) -
この数日、仕事で赴いていた島西部の浜辺の家族。











白い砂浜が彼らの庭。





日本の南西の端っこの離島の西の隅っこ。

またいつかあおうね。

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寒波襲来 あるいは、猫侍(2)
- 2014/01/09(Thu) -
日本にそうない寒波が訪れるらしい.アメリカさえもその傘下とか.





沖縄には寒波は無縁だとニュースを哂っていたら、私がいる南西諸島の島でも昨日よりマイナス7℃になったとか.ここも日本であった.






仕事のあとに遅く郵便局のATMに寄ったら、首輪と腹巻をした小型犬が放置されてうろうろしている.






家畜は、自分では生きられない. ニンゲンの援助がなければ、生きる方途のないものたちだ.










自分の意思だけで生きられるのは、野生の強い獣と知恵を使い種族の栄を築いたニンゲンだけなのか.
いやニンゲンとてその一部のみ.所詮、人間社会もまた野生.







帰宅して、きょうは、子どもを受けない日にしたので久しぶりにのんびりして、つい、先日偶然に最終回を観た 『猫侍』 というドラマをある程度続けて観倒してしまった.

猫侍1









このドラマは、製作者が意図していたか知らぬが、









猫との共生によって、ニンゲンが生き方と考え方をより善く変えた話なのだった.筋を知ったら、なんだか拍子抜けした.












猫なら、ここにも、たくさんいる.




とっくに、大いなる向上があってもよさそうなものだが、この私ときたら、ここでもまた世人の例外なのか.


















そういえば、ドラマで、猫を飼う侍が、「剣は強いが、(ニンゲンが)弱いため、鬼になりきれない」 と言われているが、私は、隣のおばあさんに、「あなたは優しすぎる」 と年明けに卜占のように言われたのを思い出した.











弱いとか、やさしすぎるとか、









全部ひっくるめて、













猫たちに魚やって私はウイスキィ飲んで、寒波でも暖かく一緒に寝て、それで、







あとは、



















生という名の盲目の意思に我ら導かれゆく







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