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彼らも我らを知りはしない
- 2013/09/26(Thu) -
スウェーデンにいたころ、北朝鮮人の女の子を養子にしていた家族とつきあってもいたが、当時、彼らとの会話で 「拉致問題」 が出たことはなかった。当時の私同様、彼らも知らなかったのだろう。

彼らにとって、北朝鮮は、貧しく哀れむべき地球の一部であるかのようだった。そこで飢えている人々に思いをはせるも、その国の為政者によって苦しめられている他国の人々には焦点が合わないのだ。

アジアの大半は、まだ、貧しく、文化程度が遅れた、しかし、彼らの知的好奇心を惹くエキゾチックな地域・・・・・これが、私がいたころのスウェーデン人の認識だったろう。

なにせ、北欧最古最高の大学の学生さえ、いまだに日本には、三島みたいに切腹する人がふつうにいると思っていたから。

まだまだ、世界は、互いにわかり合うには、遠い道程をゆかねばならない。


(本記事は2006年7月12日に書かれた.)


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スウェーデンで学んだ恋愛
- 2013/09/22(Sun) -
私は、スウェーデンの大学寮のコリドー生活で、あの国民の恋愛の仕方を学んだ

それは、スウェーデン人の男女の恋愛の成り立ち方、営み方を、イタリア男の恋愛やフランス娘の恋愛や、中近東の民族や中国人の恋愛などとともに見る機会があったからだ

スウェーデン人の恋愛に、お金や施設はいらない

コリドーで毎朝毎晩顔を合わせ、何気ない会話をしているだけで、そう、しいていえば、深夜たまたまみんな寝てしまったあとで、Xファイルとかを並んでTVの前で観るような経験だけで、深い精神的な結びつきが形成されるものだった

そうしてできた結びつきは、日本の若者の多くがするような、宴会のあとの流れでできた関係とか、告白、というものによってできた結びつきよりも強固なもののようにおもわれた

それは、これを読む日本の人々にも思い当たることだろう
はっきりとした出来事なしでも、ゆっくりとしずかに形成される感情関係の確かさは


スウェーデンに行く前は、私もふつうに、自ら苦痛を求めて彷徨う性急な魂だった


ゆっくりと、  求めず、   それでも、できあがるものに身を任せ、   確かに自分を磨く

ただ、それだけのことで、スウェーデン人は、(離婚が多かろうが、初体験が早かろうが、血縁のない親子がいようが)

豊かな愛情生活を営んでいるのだ


冬がどれだけ深く長かろうと

スウェーデン人は、その豊かな愛情生活のゆえに、

あたたかく生きているのである

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till nöds
- 2013/09/15(Sun) -
猫や亭主は家ではいつもごろごろしているもののように言われがちだが、



四つ足でさえ、そう足ふきマットのようになってばかりいるわけでもない.ニンゲンよりはずっと勤勉だ.



私も、失業保険をもらって次の仕事をさがしていた間は、仕方ないので猫の世話ばかりやいて消日していたが、



そんなぼーっとした日々であっても、実は、危難は着々と迫っているということはある.



休日の朝に無為にのんびりマーケットにでも行こうとしたら、クルマのドアが故障して開かなかった.



ゆったりのんびりといった、兼好法師に割り当てられた心理ではヒトはそうそう生きられないのがほんとうなのだろう.



いつもなにがあるかわからない.




そんなことは、野生のものには当たり前のことなのだが、年を私もとったのか、



ちょっとした予期せぬことに腰を上げる必要ができたときに、



ゆっくり構えていることが当然のように感じている自分の愚を知るのである.




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ある生徒との会話 ━ K29同窓生へ
- 2013/09/07(Sat) -
    (私の塾に来ている看護師志望の女子との雑談である.私の授業は極めて雑談が多い.
     
     私が、英語を教えるより、もっと教えたい言語や文化があるからだが、

     今回は、相手の、私の三分の一ほどの年齢の子がかくのたまわった.)


     「いったい独身の私はどうなって死ぬんだろうね。以前、心筋梗塞で救急車で搬送された時は、


      救急隊員にも、看護師にも、『もう死なせてくれませんか』と言ったら、


      どやしつけられてしまったよ」


     ━ 先生みたいに、独身で、塾といったような不定期で小刻みな収入の方は、一気にお金が入る


      うちの土建業の父親と違って、とてもたいへんなはずです。


     「あはは、そうなの? まいったなぁ」

    
     ━ 安全な死を迎えるためには、だれか、よい、親身な友人を島にもつことだとおもいます。

     
     「へぇぇ、そう? はっきり言ったね」


     ━ 先生になにかあったとき、家族のように心配して、場合によっては介護もしてくれるような


      友人をおもちになるのがよいとおもいます。議員なんかの友人もよいのでは。


     「議員ねぇ・・・ 私が知っている議員はどうだかなぁ・・・政治は私には無縁だよ」


     ━ では、私の父親をとりあえずご紹介します。父は、内地の人々が幻想している『南国の


      善人』の典型ですから。でも、島には、そんな父や先生のような人を食い物にしようとして


      いる者が多いのが現状です。残念ですが。


     「うん、それは私もこのごろ6年以上ここに住んでようやくわかったんだよ。島人は善人ばかり


      ではない、と」


     ━ あと、前の心筋梗塞の時は、仙台のマンションのドアを開けて倒れていた、ということでしたが、


      この家は、回り階段がありますから、先生は、自力で、1階のドアのところまで行って開け


      なければなりません。というのも、あの回り階段は、担架が通れませんから。


     「あはは、そうかぁ、それが、私が人生最後にする大仕事というわけだね。がんばろう」


     ━ (苦笑)



こんなことを言ってくれる生徒もいるんだから、若者もありがたいものである。



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記録②
- 2013/09/07(Sat) -
(これも、一般不特定読者ではなく、私の「息子」と「娘」への記録.)



私は、いまは、六匹の室内者と、五匹の屋外者の扶養家族がいるので、



室内者のトイレの世話及び清掃を毎朝するのに最低20分



全員に食事を出し終わり飲料水を設置するので20分以上、



それを毎朝、この数年やっているよ.



ばかだろ、って?



そうだねぇ、



きみが知るように、私は、ほんとうに、ばかだねぇ.




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記録①
- 2013/09/07(Sat) -
(これは一般不特定読者のためではなく、別記事に書いてある、かつて暮らした「息子」と「娘」への記録.)


かつて私は三食を自炊していた.


玄米を36時間は浸漬して発芽玄米にして炊いて食べていたが、


いまは、昼食には、


夜の塾の前に昼間働かせてもらっている農園で、そこのパーラーで従業員割引でマンゴーカレーとかを食べ、


夕食は、塾が終わったころに住まいの一階の飲食店で「おつかれさま」と言われて店の残り物を二皿とご飯をいただくので、


自分で作る食事は朝食しかない.


しかも、出勤前のことなので、スパゲティとか蕎麦とかを急いでつくることになっているよ.



でも、ありがたいことはほんとうなんだ.




ありがたい。 ありがたい。




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このサイトを開いたかたに、まず
- 2013/09/07(Sat) -
「スウェーデン」 および 「スウェーデン人」 に関心があってこのサイトを開いたみなさん、


このサイトは、いま現実のスウェーデンを伝えることができるものではありません.


この文章を書いているのは、1990年代後半から今世紀初頭までを


三十歳代後半~四十歳代始めの研究者としてスウェーデン王国ウプサラ大学で過ごした日本国籍の男です.


ですから、


スウェーデンで経験したことは、人として、大人が経験することは一通り、だったでしょう

しかし、

いまスウェーデンにもう住んでいませんから、いま現実のスウェーデン人のメンタリティはわかりません.


スウェーデン語にしても、当時の日本の北欧研究者よりは断然できたでしょうが、

スウェーデン人と結婚してスウェーデンで仕事をしている日本出身者には当時でもかないませんでした.

まして、いまは、もう日本に戻って十年.時々スウェーデンの新聞をネットで読むくらいで、話してはいません.



そんな者が書いているのがこのサイトです.



申し訳ありませんが、私がこれを書いているのは、

スウェーデン人に関する図書を出しているからといって

スウェーデン通ぶるためではありません. 日本人のためでもありません.



私は、日本に、

私の意思を伝えきれないで訣れた子どもが一人いた.

そして、もう一人、私の考えは伝えたが別れ別れに生きることになった子どもが一人いる.

どちらの母親も私の妻ではなく、どちらも私の子どもではありません.

私は未婚のままそれらの子どもの 「親」 をしました.

その点では、私は、まさしく 「スウェーデン人」 でしょう.



それらの子ども (といっても、もうだんだんと大人になっていますが) に


最後まで、


彼と彼女が子どものころかかわった私という大人がいま見ている風景を告げ知らせるため

そして、もしいまも一緒に暮らしていたら、夕陽でも見ながら教えたであろうことを告げ知らせるため

そしてまた、もし将来彼や彼女に子ができたときに
「昔こんな考えの人がいた」 と語り伝う材料にでもなればとの願いのため


ただそれらのためだけに


このサイトを開いているのです.




スウェーデンのことが多くなるのは、私が、非日本人的・スウェーデン人的な思考をするからで、

スウェーデン礼賛者だからではありません.




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そのような性質の文章でよろしければ、

以下の記事をどうぞお読みください.
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スウェーデン人の恋人
- 2013/09/03(Tue) -
彼女は、つきあいの当初、
「あなたには、もっとスウェーデン語ができるようになってほしい」
と言った.

スウェーデンに来てスウェーデン語を習い始めた私は、生活に支障はない程度には1か月後には話せたし、
私がいたノルド語学科とインド・ヨーロッパ語比較言語学科はともに授業はスウェーデン語だったが、
それでも彼女の要求は高かった.
それは、私がまだスウェーデンの大学に入る外国人学生のためのスウェーデン語の国家試験に受かる前のことだった.



私は、そう言われたときは、なんて厳しいことを、と感じたが、

後になって、たとえば、スウェーデン語がしゃべれなくてもあなたとなら、などと言われるよりはずっと心地よかった

そのときの彼女は私に何を求めたのか

ずっとスウェーデンにいる人間に私になってほしかったのか

自分の親族の年寄りや子どもともスウェーデン語で話せる人間になってほしかったのか

単に、英語だけで済ますお手軽な人間でいてほしくないとおもったのか

「大切で意義深いことを話すにはスウェーデン語でなければならない」
というのが彼女の弁だった.

彼女は、もちろん、マーケットのレジ打ちでもきちんとした英語を話すスウェーデンのウプサラ大学の学生である

英語などなんの問題もないはずだった.

彼女の母国を尊べ、ということか、それとも、・・・

やっぱり、スウェーデン語くらいスウェーデン人と同じくらいに使えるようになろうという気概をもて、

ということだったのだと、その後ずっと私はおもっていた.



彼女と出会ったのは、北欧神話である散文 『エッダ』 の授業だった.

それは私が日本で読みかじった古代アイスランド語の文献だ.


昔のアイスランド語が読めるのだから、現代のスウェーデン語はもっとできるようになるはずだ、
という彼女の言葉を、そういえばさっき思い出して、おもわず笑みがこぼれてしまった.

私は、スウェーデンでは、ほんとうに、たくさんたくさん励まされて勉強していたのだ.スウェーデンでは……



いまは、彼女が使ったその言語の私の辞書だけが書棚に残る.


ああ、それと、彼女がいつもしていた、スウェーデン流の、頸にバンダナを巻く習慣も.


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(10.5.9.記)

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単独行
- 2013/09/02(Mon) -
もはや何も惜しむものはない

もはや何にも依存しない

すべて自分の身体と知識と才覚で切り開いてゆくばかり

それは、

日本語が通じず知人もいない外国で生き始めたときと似た

それは、

初めて独りで山行に出たときと似た


身体と頭脳の極限的覚醒をもたらす.



だから、

私は人に引き上げてもらうのを待つ者が手足ひっぱり合う大学研究室にも企業にもなじめなかったのだろう.



だから、

私は自分を愛し頼ってくれた人や子どもとの満ち足りた暮らしにとどまれなかったのだろう.





これから道がどこにいくか、もはや己にもわからない

あるのは、ただ、

身体頭脳が機能するかぎり、その力を全開して歩む意志ばかり.




これからどんな景色が私の前に訪れるのか、いかなる想像も及びもつかぬ

あるのは、ただ、

それらはじゅうぶんに耐える価値ある愉しむべきもののはずだという予覚のみ.



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(2010.2.11.記)


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