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図書好き
- 2013/05/31(Fri) -




彼女には古書店勤務が向いていそうだ。







それとも、このスウェーデン製のファイルが好きなのか。







どこかの古本屋で彼女を見かけたら、よろしく。
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成長
- 2013/05/29(Wed) -
(本記事は2012年3月3日に書かれた.)

ここ沖縄では、雛人形は出さないらしい、少なくとも、この離島では.
そう、さっき会った島育ちの女の子が言っていた.

◆◇◆◇

私も、そして、私の昔のK29の同窓も、ほぼみんなもう54歳になっただろう.

しかし、私は阿呆なので、

自分が高校生時代には生まれてもいなかったような女の子
つまり、いま30代の女性をつかまえて
「おばさん」 と呼んであっけにとられているほど
自分がまだ昔のままのような気分でいるのだ.
たぶん、二十代で独り暮らしを始めたときと同じの.


無論、体力も暗記力も落ちた.

きっと、もう、80%は死んでいる状態に違いないし、

あのころの自分がいまの自分を見たら、

自分にも世界にも何の役にも立たない腑抜けと唾棄するかもしれない.

私は結婚しなかったせいで、とうとういまに至り不良中年になったため
まだ胸囲のほうがウエストより大きいし、地元の高校にボランティアでラテン語を教えたりしているが、

それでも、確実に自分は 「無」 に接近していることを自覚している.


◆◇◆◇


しかしながら、また昔の同窓に会ったなら、きっと、みんな 「同じ」 ままなのに違いない、とも思うのだ.

そうだろう? 諸君.

岩下はあいかわらず周囲に目配りがきき、

萩原さんはあいからわずくすとかわいく笑うはずなのだ.

その一方で、私たちは、35年以上もの間の成長、
頭脳の蓄積と、交わった人々の影響によって、
だれもが予想もできなかったほどに 「すばらしく」 なっているはずなのだ.


私は、同窓会というものに出たことがないが、

きっと、出れば、

みんな、昔と変わらぬところに安堵し、成長したところに感心し、

うれしい時間を共有できる機会なのだろう.


◆◇◆◇


若いころは、芥川龍之介はどうして自殺したのだろうかと考えた、

その年齢をとっくに過ぎた我らだが、

いまは、人生が完結した、と思ったら、人は死ぬのかもしれない、とも思う.


私は、体操選手になりそこね、

数学の世界には受験で門を閉ざされ、

国と大学のおかげでヨーロッパまで行かされ勉強した比較言語学も職業にはしなかった.


ささやかな翻訳を1冊世におくり、


それでも、自分の仕事はした、と思っているが、


そんな私に、島の、私の心臓の主治医は

「内地に戻って教育機関で働くべき」 と言う.


私の答えは、


自分の得意なものを飯のタネにする必要はない、
むしろ、そうでないことのほうが気分よい.
私がいま知ることは、自分だけの知識なのだから.
30年後、日本人学生がいま私が知ることを学校で習うようになることは私とは関係ない事柄だ.


というのが常だ.


週末親をした娘からのメール、


のどをならす猫たち、


そして、いまもある、勉強ネタ



人生は、こんなものでじゅうぶんで、

あとは、世界を観て


それだけだ.




そうだろう? みんな、そして、先輩諸氏.



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人生の決定
- 2013/05/28(Tue) -

( Uppsala, Sverige )

シオスクや自転車屋、同じ造りの隣建物にいる中国人留学生のユリィを訪ねたときは、この、自分の建物の正面の坂道を下って帰る。

体力が最も充実し、自分の頭脳が未来に光をもたらすことを信じ、勉強と友人との語らいだけを最高の施設でしていてよい時代だった。スウェーデン、ウプサラ。








日本で私は、東北大、東京の一部上場企業と渡り、「嘘」 と 「小ささ」 に呆れ日本を諦めて、また海外に出る前に、沖縄八重山諸島の海亀のNPO団体によもやの期待を持ってきたが、「嘘」 以上に職員の腐敗は憐れむべき限度も超えていた。


だが、一時滞在で来た宮古島で、私は離島の子どもに自分が教え伝えるものを持っていたことに気づく。海外の就職内定先はキャンセルして、「自分を見せる」ことで教育とした。





スウェーデン時代は、私は「力」をため込んでいた。世界に対する知識と情報を蓄積していたが、いまは、それを放出している時期だ。日本は私にはそういう場所だともっと早く知れば、仙台や東京に過剰な期待をして呆れることもなかったろう。それもまた、知識だ。


「放電作業」は、自分を無にして周囲の求めに応じることだから、自分の手入れをしている余裕はないし、自分を愛するたのしみもないが、自分の放出したもので周囲が変革してゆくのを観ることは、そこに自分の存在意義を認める契機になる。






ヒトは、住むところによって、からだつきも、内臓の具合も、頭脳が学習する内容も、自意識の理想像も変遷しゆく。



いまは、それがむなしいとはおもわない。



スウェーデン時代とは違ういのちで生きている自分。



いまは自分を駆使しないことのみを悪としている。





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離島の初夏昼下がり
- 2013/05/24(Fri) -


ゆりかごで寝る♪





枕で寝る♪





布団で寝る♪





屋根の下で寝る♪

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わからないまま
- 2013/05/21(Tue) -
家の中に入り込んだ猫がそのまま子を産んだので、


仕方なく、追い出さずに見守ることにした.




4匹の子どもは成長し、外に出たがるので出せばすぐに戻ってきて網戸を破り、あるいは開けて帰宅し眠る.



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母猫も子どもに同じ.


まいったとおもっていたら、その母は半年後にまた子どもを産んだ.




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今度は5匹だが、前の4匹と混同しているのか、巣の移動のたびに子どもを忘れ、


ついに4匹は死に1匹だけが残った.




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どうすることもできないまま、


トイレの世話をしたりエサを準備して8か月たった.





捨てることは簡単で、ドアを絶対に開けないことは、周囲に猫の絶叫を我慢してもらえればできないことはない.




しかし、とりあえず、大きな子どもと母親は避妊去勢手術をした.




彼ら彼女らがもう出ていかない可能性を考えてだ.






子どもをもつことは猫でも尊い.





母猫の献身と子どもの母への思慕はニンゲンに劣らない.




しかし、一匹の母猫が目を行き届かせる範囲は5匹が限界なようだと判断して、もう産めない体にしてしまった.




別に、手術擁護者ではない.




ギリシャの島みたいに、ここも猫が平和に暮らせる島であってもよいと言うと、



賛同してくれるご老人たちは多いが、



子猫が轢死する数を考えると、ある程度の制限を加えざるをえないのかもしれない.




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そんなこんなで、いま、



先住猫 プラス 子猫5匹と母猫  〆て 7匹のグレムリンたちが眠る離島の初夏.



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学生寮での共同キッチン
- 2013/05/19(Sun) -
とりあえず、korridorsmamma とその友人たち、つまり、


主として、女子によって、キッチンの生ごみ出し当番が決められ、冷蔵庫の前に貼られる.




冷蔵庫は自分の棚が決められる.冷凍庫も、流し場上の物入れ棚も決められる.




基本的に自分が使った皿やコップ(共用)などはすぐに洗うのがマナーだが、



人によっては、そのまま流しに放置する者もいる.まあ、だれも洗ってやらないが.



あるいは、世話好きの女子が洗ってくれることもある.洗わない者はたいてい男子だ.



生ごみ出し当番が怠ると臭いも出てすぐに周囲の迷惑になるので、



たまってくると自然にきれい好きな者が当番でなくとも捨てることになる.私もよくしていた.



住宅会社が雇ったプロの掃除人が数日おきにはいるので、その時は床も廊下もきれいになる.



私は、大なべを買ってそこに常にカレーを作り足しておき、日々火を通し、ほぼ毎日ご飯を鍋で炊き、カレーをもりもり食べていた.夕方は毎日ジムに行っていたから.



共同キッチンのテーブルでは、宴会のとき以外はアルコールを飲まない.



公共の場ではアルコールは禁止、という社会モラルがあるから、それが共同キッチンにもなんとなく影響を与えているのであろう.







しかし、パーティが決まると、みんなで共同キッチンで作業をする.



自室から机も出してコリドーに並べて長テーブルをつくり、各自の部屋を解放して飲む.



日本の私の友人は私の酒の強さを知っていようが、



スウェーデンでは、その二段階ぐらい上のレベルに進んだ.



チキンの丸焼き(両脚と胴)とバーボンウイスキィ1ボトルが、料理が面倒な夜は夕食になった.



うーん、そんなこと、日本ではしたことがない.



風土が違うと、ヒトは、頭脳も食欲もポテンシャルが亢進するのか.





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コンピュータの利点
- 2013/05/16(Thu) -
私が音声だけ聞きたい録音映画音声と




音声を聞きたいが画像はいいか、というものと




私がいま観たい映画とを、




三国語を同時に言ってくれることだ.




もちろん、ラジオも入れたら四か国語以上をコンピュータは同時にしゃべってくれる.




これはありがたい.




スウェーデンのウプサラ大学寮のコリドーは、




三つ四つどころではなく、多数の言語が飛び交う場所だったから、




かろうじて、少しそれに近い状況を機械がいまも日本の私につくってくれている.





コンピュータはニンゲンの頭脳の速度より遅い、





と常々不満だった私だが、






こういう点では、まだまだ、西暦二千年過ぎの私は、コンピュータに依存することもあるのだ.






(55歳の誕生日にたいした仕事もしていない今の自分の日常を記す.)







c
(かつて勉強したスウェーデン・ウプサラ大学中央図書館の冬景)


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ありがたさ
- 2013/05/16(Thu) -
誕生日なので朝ドライブに出た




マーケットで仕事で知り合った農家の方に会った





きょうか明日来なさい

仕事が解決しても寄りなさい

と言われたので出かけたら





もらった。




ありがたいありがたい。




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ヒトたるの限り
- 2013/05/11(Sat) -
休日なので、昼間から映画を観た.古代ギリシャのもので、白い町と青い海.



私は、日本の東京以外では、
北ヨーロッパ、スカンジナビア半島しか知らないので、
どこか赤道近くで生活してみたいとおもっていまの島にいるが、
ギリシャや地中海世界も、このあと生きたい南アフリカとともに、知ることができれば是非知りたい世界だ.



ヒトとして生物的地理的制限ある身として、

ある程度その土地に暮らしてその土地を 「知る」 ようになれる経験をするにはその場所の数に限りがある.

私も、スカンジナビアと、日本の南端の離島のヒトと風土と文化を少しわかっただけで、それ以上のことはない.


ヒトによっては、一生、スカンジナビアの森の中で終わるヒトもいるだろう.『キッチンストーリー』 の老人のように.


ヒトによっては、一生、日本の南の県内から出ないで終わるヒトもいるだろう.いまの私の職場同僚や勉強にくる沖縄本島の大学第一志望の高校生たちのように.


スウェーデンで私がいた都市はいま気温4℃とか.かたや、ここ日本南端では24℃だ.
20℃あまりの差は相当なものだとおもうが、それでも、どちらでも気持ちよく生きていたのだから
原印欧語民族が西に南へと広がっていったのも当たり前のことだろう.


もっと世界を知りたかった.


それがなんになる、って?



なにもならんよ.


収入がかわるわけじゃない・・・たぶん、


そう、かわったものを食べられ、かわったものが観られる愉しみは少しはあるかもしれんが、

沖縄を出ないでいるヒト、東京を出ないでいるヒトの人生の愉しみがそれに劣るとは思えない.



移住が多いと、どこに行ってもよそ者で、「地元の人」 の生活とは所詮一体化できない部分があるから、


「わかっている」 が、所詮は、その土地の人と同じメンタリティも価値観ももてないのにはかわりない.



k






ヒトは、不完全な思惟機能が備わっているから、つまり、
同じ情報を得ても、その消化の度合いと、それから導く結論は千差万別だから、

ヒトはみなそれぞれ、趣味と人生観が多種多様となり、さまざまな 「自己」 を理想像としてもち、


世界各地、都市も町も、職場も学校も、人のやさしさも排他性も、どこもかしこもそれぞれ独自、ということになっているのだ.



比較言語学者というヒトがいる.私も、職業にしていないが、その頭脳はもってしまったから、映画を観ると、外国人の人名の語源を聞くと、その語源を即座に解析する.テオフィリウ 「神に愛されし男」 か、アンモニウス 「エジプトのアモン出身の男」 か、とか。




ただ、たった三か所でも、つまり、日本の首都と、日本の最南端と、ヨーロッパの北地とを知ったことで、


私の頭脳の中は、高校生のころに比べたら、ずっとのびのび広くゆったり幅広く判断できてラクで愉快なのだが、



これが、もし、南半球最南端とか、中央アジアの砂漠地帯とか、東西交通の要地だったトルコ地方とかも

同じようにわかるようになったら、

自分は、なにか、もっといろいろと愉しく思考できるような気がして仕方ない.頭脳が開発されて.




単語や人名でも、古い印欧語全部とゲルマン語すべてを知っているだけでも遊べる.

私にロマンス語の見識があったら、もっといろいろ愉しいことがわかるのを知っているから、


異文化に対する知識も、自分は、かつて言語についそうしたように、

拡充していけばいいんだろうなぁ.




もっとも、言語は、文法書と辞書を買えば、翌日からその世界に入れるが、


文化を知るには、


そこで仕事と家を持てないとだめなんだ.

でもまあ、そこが最初の愉しみなんだけどね。


自分の頭脳と体力と人間力でどこまで異文化の人々に迫れるか、という

どんなゲームより、どんな冒険小説よりわくわくする経験だからさ.



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浅知恵で案ずるよりも
- 2013/05/10(Fri) -
二度目のお産をしたばかりの母猫は、


産後1か月ほどで外に出たがり、


もう交尾をしていたので、


授乳期であっても避妊手術することにした。


開腹するから、大きな子どもや赤ん坊に乳を吸われないよう隔離してくれと言われたが、


手術から帰ってすぐに赤ん坊は吸い付く.


でも、てきとうにいなして、母もそう長くは吸わせていない.


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大きな子どもにははっきりと後肢で拒絶の合図をだしていた.


赤ん坊は、姉や兄に一緒に寝てもらっていた.


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ニンゲンが案ずるより、彼ら彼女らのほうがずっとうまく調整できるのだ.


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変り目
- 2013/05/07(Tue) -
大気は温かいが風が冷たい、



それが、北ヨーロッパ・スウェーデンの夏6,7,8月だった.



だから、強い日差しの温かさが与えるまどろみとさわやかな風が与える心地よさとがいっしょくたになって



路上でも昼寝できそうな気候になる.



実際、私は、女友達を待つ間、Uppsala Domkyrkan の前の石畳で横になって寝た.



スウェーデン人が庭で裸体で日光浴するのもたぶんそんな気候だからだろう.






この、強い太陽の温かさと涼風の組み合わせは、



いま、極東の低緯度、沖縄の離島でも同じ状況にある.



本格的な夏が来る前の微妙なこの時期、



やがて、温かさが暑気にかわり、風も温風になって蒸し暑い初夏が来て、



さらに太陽が苛烈になって焦げつく盛夏が来る.



ニンゲンが退屈しないよう、天はいろいろ配剤してくれているわけだ.



もっとも、そんなことに喜ぶのはニンゲンだけで、猫たちは、いつもとかわらぬ風情だ.



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子孫
- 2013/05/06(Mon) -
「自分の子孫を遺す」 ということが大事に言われる.



少子化の問題を考えると、私などはその罪びとの一人かもしれない.



しかし、自分の子どもということを考えると、



歴史的にも大王の子どもは必ずしも賢君ではないし、



偉大な哲学者の子どももまた人類の指導者ではない.



━━ というようなことを言うと、おまえは大王でも偉大な哲人でもない、ということに気づき、



平凡な市井の親から偉大な研究者が生まれるように、



それなら私の子どもに人類に資する者が出るかもしれない、ともおもうが、



私に (私は大学機関では教えなかったが) 学んだ予備校や専門学校や塾の生徒の中で、



私の言葉の何かを覚えて人生を切り開いていく者がいれば、それが私が遺したものになるだろう.



拙訳書 『スウェーデン人』 はそのうち原著者により筆があらためられようから、



そうなると私の図書も旧時代のものになるが、



私と接した子どもが何か私の記憶を次世代に伝えれば、それが私の生きた意義になろう.



吉田松陰は、その子孫のゆえに記憶されているに非ず、その弟子によってなのである.



━━ といって、そうか、私は松陰ほどの人物でもないが、まあ、そんな心意気で



若者に語り続けよう、この離島で.


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ノルウェー人
- 2013/05/01(Wed) -
ノルウェー人の国民性のことを質問されることがある.


私は、スウェーデン時代には、ノルウェー人は2人の知り合いがいた.


どちらも、オスロ大学からの留学生で、私がスウェーデンに行ってから習ったスウェーデン語で、
なんの支障もなく彼、彼女と会話ができていた.

そして、私のその知り合いのどちらも、素朴でよき者たちだった.

映画 『キッチンストーリー』 は、
スウェーデン人の性格をいろいろな面でよく表しているが、

ノルウェー人の描き方も、

私が知る2人のノルウェー人とまるで違うということもない.

第二次大戦のとき、スウェーデンは 「中立」 という美名のもとに、
ナチスの国内侵攻を黙認し、北のノルウェーにドイツ軍を進ませたことで、

いまでも隣国に負い目を感じていることも、あの映画に言われている通りである.


私のスウェーデン時代の手帳には、

几帳面そうに、すべて大文字で BRUDDVEGEN の JOSTEIN の住所・メールアドレス・電話番号が書いてある.


1年留学だけだった彼は、自分が帰国したら、ノルウェーに遊びに来てくれ、と私に言ったが、


結局、私は、オスロ大学を訪ねることなく日本に戻ってこざるを得なくなった.


ヨスティンの思い出といえば、


私の猫が12人のコリドーをうろうろしているときに、彼が帰宅して部屋のドアを開けると、

共同リビングのソファでまったりしている私の猫が跳び上がってびっくりする、

ということを教えてくれたことだ.


スウェーデンの住宅は防寒のために日本家屋と違って気密性が高いので、

ドアを開け閉めするときにも、シュッ、と空気が抜ける音がするほどなのだ.


それは学生住宅でも同じで、ヨスティンが言うには、

彼の部屋は特にそうなので、猫をびっくりさせてすまない、

ということだった.

それで、気遣いの厚い彼は、わざわざ、自分の部屋のドアを少し削ってくれるように管理会社に頼んでいた.


私は、そこで、彼に、「気密」 という北欧語を教わったわけである.


*  *  *


書棚の、TORP の GAMAL NORSK ORDBOK を見て、

そういえば、ウプサラ大学の古代ノルウェー語の先生を思い出したが、


その人物もまた私の友人たちと同じような物腰で、


やはり、私には、

ノルウェー人は、好ましい国民性を有する人々であった、

という感慨が蘇るばかりだ.


あの落ち着きと、着実な態度は、


これもまた、




日本の若者たちに知ってもらいたい世界の人々の美徳のひとつである.




f
(私たちが住んでいたウプサラ大学学生寮)


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