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無知
- 2012/07/29(Sun) -
19歳のころは
勉強の愉しさは知っていたが、

大多数の大学教員の底の浅さを知らなかった.


*


二十代前半は
仕事の愉しさを知っていたが、

人生設計、ということを考えなかった.

だから、結婚すべき相手を無視して大学院に戻った.


*


三十代前半は
日本での友情と恋愛の喜びを知ったが、

ほんとうにたいせつにすべき人をそうしなかった.


*


スウェーデンに行って
頭脳も人生経験も増したが、

日本の大学の言葉に誘われ日本に帰ってきたことで、
自分を利用しようとする日本人らに使い回され自分の行方を忘れた.


*


混迷を経て五十を過ぎて
日本の南端に居住して

やはり、頭脳を使うしか生きる愉しみは自分にはないと知る.




長く生きても阿呆はこのようにいる.


しかし、若者よ、
きみらがいまどんな下衆な欲望を育てていようとも、
きみらには、未来、という財産がある.
きみらがどんなにいま野良猫以下の価値しかないニンゲンだとしても
きみらには、まだ、やりなおせる未来、というものがある.
野良猫はきみらに殺されることもあるかもしれぬが、
きみらは私等年輩者が生かしておいてやる.当面、許してやる,
あとは、きみらが自分をどう使うかだけにしてやっているのだ.

仮に、私等年輩者の希望を無視しようともきみらの自由だが、
自分のいまの存在意味が解けないからといって生きるのをやめるようなマネはするなよ.
きみらへの飼料が無駄になる.
きみら一匹の価値など、そこにいるスズメやイヌより優れてはいないにもせよ、
私等は、同じ種(しゅ)として、きみらに語りかけるしかないのだから.





若者よ、

きみらがわからないことも、たかがニンゲン世界にも無限にあることを覚えておけ,





自分の無知を知ることが、


ソクラテスが遥か昔に言ったように、






きみらも含め、

私たちニンゲンが真に誠実に唯一行うべきことなのだから.





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意義
- 2012/07/21(Sat) -
私には子どもはいない.

産んでほしいと思った女性は数人いたが、どうもお気にいらなかったようだ.



☆  ★  ☆  ★  ☆


その後、自分の血のつながらない子どもと二人くらした.

その母親は違うが.

いずれもスウェーデンに行ってからのことで、スウェーデンで親子で血縁のない家庭をたくさん見てきたので、
自分でも、日本でも、自信をもって始めた.
しかし、中には、初めから、私を 「児童虐待者予備軍」 のように言う親族がいた.

無知、である.



いずれにせよ、そのような家庭で、

私は、

家庭の幸福と、子どもをもつことの喜びとたいへんさを幾許かは知った.

子どものいる家庭の幸福が、ニンゲンが持てる幸福の最高のものだ、といま五十五歳独身の私は思う.



☆  ★  ☆  ★  ☆



いまは、動物と共棲している.爬虫類とあとは数頭の猫たちだ.



猫は、私を認識する.

しかし、別に学校に行くわけでもないし、社会の役に立つこともない.

そんな猫たちを、

「自分の娘、自分の息子」 というと、憫笑されるのがオチだ.



無論、いま私の手からマグロ刺身を食べている猫が将来ノーベル賞をとる可能性はない.

いや、人間社会のために役立つことなどもしそうもない.



しかし、そうがどうだというのだ.


私は、猫たちのためにさまざまなことをする.無論、人間の小学生にかかる費用ほどではないが、こっちは数がいる.



その猫たちが、将来、人間社会に無益で、

いや、地球のために偉大な業績を為す者になる可能性もないとしても、


私は、彼女たちを尊んでいるのだ.


そう、




私は、人類の為に生きてはいない.







それは、人類自体が、人類を尊んでいないのだから.ましてや地球のためではない.








私が愛しているのは、命を、



あるいは、宇宙も包含する存在世界の価値



とでもいうか.







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時代の子
- 2012/07/15(Sun) -
だれでも時代の子だ


ソクラテスにしても死刑にあったのはあの時代のアテナイの法の故だし


芥川龍之介にしても漱石門下になったことで師と異なる研ぎ澄まされた短編作家への道が見えたし


ガンジーにしてもあの時代でなければイギリスに留学する術はそうなかった



☆ ★ ☆ ★ ☆

なにもそんな偉大な精神を出すまでもなく、みなさんもそんなことはとっくに知っていることだろう.


職業も、パートナーも、自分のいまの意思そのものも、いまとは違っていたであろうことを.







私がスウェーデンに行ったときは、ちょうど、

携帯電話が日本に普及する前、ノートパソコンが機械好きな者たちの間に普及し始めたころ、にあたっていた.




私は、最初の一時帰国の時に、日本製ノートパソコンの中古を友人から買ってスウェーデンに戻った.

その前の半年余りは、北欧語も打てる日本製ワープロ、を持っていっていたのだ.

それで、大学のレポートや、日本の母校への論文や友人への手紙を書いたりしていた.

その日本語ワープロは、親しかったロシア人娘に、露和辞典とともに、最後にスウェーデンを出るときに贈った.



 
そのような事情なので、

スウェーデンに行ったら、みんな留学生もすぐに携帯電話契約をしていることに面食らった.


結局、私は、2001年にスウェーデンを出るまで、携帯電話をスウェーデンでは使わなかった.


もし、いま日本で使っているようなものだと知っていたら、携帯をもったか.



だが、そのおかげで、私は、口語スウェーデン語を知る勉強を、ラジオとテレビと友人との対面会話に絞った.

ノートをとって、

日本にあるスウェーデン語の辞書よりは豊富な表現を集め使用した.



コンピュータも中古だったので、日本語のラジオ放送とか日本の動画とかを見る智恵もなかった.
YouTubeなどはいつからあるのか知らぬが、当時の私は知らなかった.
私の先輩で母校大学に就職した某氏は、1年の留学中、部屋から出ないでコンピュータ相手に、
ただ 「1年」 の留学期間が終わるのを待っていた、と言っていた.
そんなものが大学の教壇に立って、外国、を語っているのがいまの、まだ、日本の教育現状だ.
まあ、世界に追いつくには、これから、そんな輩が滅んでのちの次世代の話だ.
閑話休題




☆ ★


そういう事情



だから、当時私が、



日本語を聴き使う唯一の機会は、



毎晩、


夜の2時ごろに、日本の恋人からかかってくる国際電話か(日本では午前10時くらいだし)、



さもなきゃ、



スウェーデン語の気に入った図書を、ぽつぽつ日本語訳でもするしか日本語遊びができかなったわけである.





そうして、私の 『スウェーデン人』
は生まれた.



だが、日本では、私がスウェーデンで勉強してきたことを教える学部がまだ存在しないために、


同遇に近い、エジプト学の吉村先生が尽力してくれたが、母校に場所はない、ということになっただけだ.




日本語恋しさがなかったら、そもそも、一冊の図書を翻訳しようなどとおもわなかったに違いない.


そういう意味では、


私も、


時代の 「お蔭」 で、とりあえず、意思と違うが、人の役にほんのほんの僅かでも立ったかもしれない、

と思える訣である.





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( Uppsala )







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スウェーデン人の友人たち
- 2012/07/10(Tue) -
スウェーデンで、私は、教室で知り合ったスウェーデン人の親友、

同じコリドーにいた親友、それも、スウェーデン人とイタリア人.

といった男が三人いた.いずれももう書いたことのある.

しかし、それらは、いずれも私の個人生活と彼らのそれと重大な場面を共有した、ということで 「親友」 と言っているだけで、

彼らに劣らず、私を気にかけてくれた同棲の友はまだほかにも多くいた.私は幸福であったのだ.


彼ら、スウェーデン人の男に共通の美点がある. 無論、日本の有名企業社員や公務員にはなかなか見られない美点だ.



1.迅速
ことがおこったら、早朝の雪の中でも自転車で動く.走れメロスの勢いは彼らにも伝承された.


2.篤実
ことばそのまま.嘘、おべんちゃらは絶対に言わない. 相手次第で裏表ある行動は日本人の得意技だが世界基準に非ず.

3.簡潔
相談ごとをしても、意見を簡潔に述べるだけ. くだらない脱線はしない. アタマがよい、ということか.

4.質素
北欧一の大学 (ウプサラ大学) の学生でも、身なりは質素である.しかし、必要な出費は惜しまない.

5.友を家族のようにみなす
これは男に限らない. 女子でも、男の友には、自分の家族を当然に紹介する. 日本の結婚前のみの習慣とは異なる.家族でもてなすことを最も親切な行為と考えているようにみえる.


いい男だちだった・・・


日本では、そんな男とは出会えなかった. 別の世界を知ってしまった私の不幸なのか. そうだとしたら、
スウェーデン人のことなど忘れて、ニンゲンは日本人だけなのだ、と考えて、視野を狭めて満足するべきか.



いや、私は、たぶん今後も、


自分だけは世界の真実の広さと多様さを可能な限り認識し続け、

周囲においても、愉しむべきは愉しみ、避けるべきは避けて、生きることだろう.


日本でなすべきこと、つまり、愛する子ども、といっても私の実子ではないが、が完全に私のケアから独立するまで見守ること、スウェーデンの検疫を通れない共に暮らす生き物が天寿を全うするまでともに生きること、これが終わった時でもまだ外国で生きるバイタリティ残っていたら、私は、また北欧の氷と雪の土地に移ることだろう.


Uppsala



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地球最高の冷風
- 2012/07/08(Sun) -
知っている人々も大多数だろうが、ごく僅かな未知の人々のために書く.


いま、


スウェーデンでも夏である.  北半球だ.



だから、朝は、サングラスをしないと自転車登校できない (いまは夏休みだが).



大学へ向かう自転車の学生集団みんながサングラスという光景を、写真家なら撮りに行きたまえ.



そして、



太陽光が強い一方



大西洋からの偏西風の影響で、



つめたい風が吹いている.




私は、友人を待つ間、その



太陽光の熱と偏西風の冷気との心地よさで、


Domkirkan の前の石畳に横になり眠ってしまったほどだ.






夏は、スウェーデンへの飛行運賃は冬の倍近くなる. 格安で20万だったかな.



それでも、



地球の恵みを知りたい人がいたら、いま






行ってみるとよい.




Domkirkan
( Uppsala domkyrka )










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無駄有害包装国ニッポン
- 2012/07/07(Sat) -
     スウェーデンになくて日本にあり、悪、であるものの一つに、商品包装、がある




     私も、もう歳なので、それを一つ一つ挙げて訴訟、とかをする時間がないが、



     いずれ、日本の中から、



     
     購入者が、



     爪や、



     商品そのものや



     自身の指を



     100人に1人ぐらいは


     傷つけるおそれのある包装工場業者は廃業になるはずだ.




     それらの業者の保護と、日本人の無知のため



     いまも、



     せっかく買ったものをあけるのに、



     指を怪我するものが黙っているだけなのを、




     だれがわるのでもない、




     日本という国の愚が




     将来、ツケをを払うことになるのを2012年のいま予言しておく.






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沖縄の矛盾②
- 2012/07/07(Sat) -
          沖縄を、犯罪者が警察の捜索を逃れて来る場所とか

          無産者が浮浪してくる場所、

          とおもっている内地の良識ある人々に書く.



沖縄をなめるなよ


沖縄にだって、


県庁はある


国から最大の交付金だってもらっている


公務員は地方無知全開の阿呆が多いが、ちゃんとした者もいることはいる


沖縄には、国立大学だってあるし、内地有名大の文学部よりは偏差値が低いが医学部もある


沖縄の離島には、ブリだって、剣菱だって、売っている(ないところもあるが)


だから、


沖縄の人は、内地のきみらと同じに、

晩酌に日本酒とブリの照り焼きで永田町のニュースを観たりしているのだ! おもい知ったか。




しかし、


沖縄の人の根底には、内地への不信があるから、


諸君が、


内地で高収入高学歴であると、一見歓迎内心搾り取り対象、としか見られないことを知っておきたまえ.

(内地からの有能者を、人をみる目のある雇用者や職場上司は当然ながら率先して歓迎してくれる.
だが、地元の沖縄人は、身内の職を狭める敵、嫉妬の対象としかあなたを見ない)



(沖縄の人が無条件で歓迎する人種がある
健康で平均以上に美しい若い女性だ.
それが、自分の土地で結婚して、内地と親縁関係ができることが望外の喜びだ.
そんな女性には
「ヤマト嫁」
という美称とともに、あたかも聖女に匹敵する待遇が贈られる.
どうだい、そこのきみ?

そんな沖縄事情を知ってくる若い女性もいるんだ.

しかし、もう、そんな動機までは、ここの人は関知しないよ.結果オーライ.おおらかな土地だから.)












だが、無論、そうしたことの前に、


こいつは、多重債務者で沖縄に逃げてきたんじゃないか? という疑いをもって見られることをクリアしての話だ.





融和したい


しかし、


自分たちは、劣位に見られている、



しかし、人は来る、歓迎したい、だが、悪人は御免



善人でも、地元の職を奪う 「有能」 組は来ないでほしい.



それが沖縄の心理だとわかって、個人も民間も政府も対するがよかろう.




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夏の生産力
- 2012/07/07(Sat) -
私はいま、沖縄県のある離島に住んでいる。本島よりも遥か南、台湾よりも緯度は低いところだ。

20代と30代は、卒業した大学のあった新宿区高田馬場に住んでいた。新宿駅にも池袋駅にも、歩いて行けた若さある時代だった。しかし、その頃も、夏は、エアコンをフル稼働し、さもなくば、ひんやりした大学図書館の机の前で終日過ごしていた。

ここ沖縄の離島もまた、東京とは違った暑さであるものの、暑さに変わりはない。空調設備がないと、存在できないのは東京の夏と同じだ。

スウェーデンでは、エアコンはどこにもなかった

(私が過ごしたウプサラ大学の構内、学生寮には)

夏場、太陽の下をぐんぐん歩けばTシャツに汗がにじんだが、

それは不快な感覚ではなかった。

空気が乾燥しているから、天然のエアコンの中にいるようなものだ。


私が 「スウェーデン人」 という名前そのままの図書を翻訳したのも、ある夏休みに、自室で日本語恋しさから、勉強の気分転換にした行為だった。専門研究は日本人から相手にされなかったが、戯れに訳した図書は私の名刺代わりになってしまった。

あの気候の中だったから、1冊の図書を訳せたのだろう。

しかし、それは、この沖縄の気候が頭脳の生産性をもたらさない、というわけではない。

歴史上初めてインドのサンスクリットとペルシャ語やギリシャ語・ラテン語などヨーロッパ諸言語との関係に気づいたウィリアム=ジョーンズは、インドでサンスクリットの研鑽の果てにその発見をなした。


私は、もともと 「沖縄好き」 でこの土地に来たわけではない。

文化的、風物的にこの土地に憧れて来たわけではなかった。

あるNPO団体の活動に心身を捧げようと思って来たのだったが、

そこが、一部幹部の私利私欲を満たす機関に過ぎないことを知って、

しかし、沖縄の離島地域から出ずに、別の島に移った結果いまがある


私はここでまた何かを生産するのか。いまは自分が何かを生産するよりも、土地の子どもの頭脳を開花させることが専らになっている。

まあ、それも、人生の最後の仕事としてはよいのか、とも思う。




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(本記事は2008年7月24日に書かれた.)

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外出
- 2012/07/02(Mon) -
   (出勤する私を見送る猫に)


   - ニンゲンはね、ばかのくせに、動かないと生きられないんだよ





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