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沖縄でちょっと汗かいてわかったこと
- 2011/09/24(Sat) -
どんな仕事も、とことん調べて、よく考えに考えて、協働する他者と正しく意思疎通すれば、よい仕事になるのだ、ということに.

私は、他人の力を利用して他者を使うことで自分の地位を上げることや、裏でこきおろして酷評している本人の前ではもみ手で頭下げて利得をもらうような能力が皆無なので、社会ではうまくやっていけないとおもっていたのだが、
ここ、つまり、自分の経歴とかが通用しない日本の南端の離島でいくつか仕事をすることで、冒頭に書いたようなことがわかった.学問研究も、農家の人と話して法律を駆使して行政との問題を解決するのも、会社がかかえる問題を考えて再生させるのも、みんな、同じマインドとハートの使い方なのだ、ということに.



そして、それは、自分が最も得意とすることなのだった、ということに.




あと5年生きられるか、10年か、運よくもっとかわからぬが、


他の生き物たちが明日のことを思い煩って地を走り空を飛んでいないように、


私も、いまだけを生きるだけだ.



L
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年上の者の見方を尊ぶべし ─── 沖縄への提言
- 2011/09/24(Sat) -
私はよほど阿呆なので、50半ばになった今でも、昔の、
独り暮らしを始めて大学生になったころの気分が抜けないので、
30代40代の女性をつかまえて平気で 「オバさん」 呼ばわりしてしまう。

同級生の女子たちがもしいまとなりにいたら、きっと自分と同じように、彼女らをいまも 「女子高生」 と見られるだろうが、初対面の相手だと、自分とは別個の年齢軸にいるように見えるのだから不思議だ。

昔20代の女性を 「お姉さん」 と見て、神秘的な憧れをもっていたこともあったかもしれないが、
いまでは、しかし、そんな思いは霧散して、ただの、「子ども」 としか見えない。それは、男子も然りだ。

なぜか。
私たちの年輩には、そして、私のようなニンゲンには、つまり、
まあ、国内では人が目指すような大学で教育と社会勉強をして、ヨーロッパで何年も暮らし、
ニンゲンの多様性の幅をあるていど体験的に知っている者で、かつ、
こなした仕事も肉体労働から教壇でしゃべることにわたり、日本の中でも各地に暮らしてきた者からすると、
若者のの、
いま、その彼がその年齢とそのバックグラウンドで、そして知りえた個性で、
「彼(彼女)がいったい人生でいま何を目指しているのか」
「彼(彼女)がいま熱望していることはなんなのか」
「彼(彼女)がいま腐心していることはなんのか」
「彼(彼女)の価値観はどこにあるのか」
ということがだいたいわかってしまい、それがまず大方ははずれない、ということになるからだ。

無論、私の経験も予想とも離れた夢を抱いている若者もいる。そうしたら、
私は賛嘆し、彼の夢を語らせ、それを理解したうえで、
彼の歩む道、必要とするお金、師事従うべき人物、およびその人々がいるような機関
を教えてやるという、いつもの対若者的態度に戻ることになる。

◆◇◆◇

だから、若者と話すと、たいていは、私は、微笑みたたえながら話しをすることになる。



問題はここからで、そんな私に対して、


自分を見下されている、と異常に反発する若者、

自分の何がわかる、と完全敵対する若者 などが

地域によっても数の割合は違うが、ある定数いるということだ.



無論、そんな若者は、

時が彼らの愚を教えるまで放置しておくしかないのだが、

日本には、なぜか、そんな者が多いような気がする。




親が 「信頼にたる年長者」 としての役割を担っていない家庭の子が多いからなのかもしれないし、


社会全体の、子どもの教育が、特に、「子を大事にする」 ということと 「子を甘やかす」 ということの区別をわきまえない親がいまの日本にはあふれているからではないのか、と、

そして、それは、なぜか、この、歴史に揺さぶられてきている沖縄県に多いように思うのである。






「沖縄の人は弱者で被害者だ」
「沖縄の人はつらい過去にめげず生きていく」
「沖縄の人はよそに負けずにたくましく未来を切り開く」

といった、スタートからして劣等感を背負わされた状態での 「がんばる」 意識は、所詮、子ども若者に根強い 「甘ったれ」 意識、「圧倒的に優れた者への嫉み妬み」 を結果し、
(妬み嫉みが横行しているのはなにも沖縄だけではなく、日本の宿痾でもあるが.
その理由は、日本には 「実力主義」 が徹底していないからである.
ゆえに、妬み嫉みが社会で有効な生活手段だと認識されていることにある.)
ひいては、真ののびのびした成長に至れないのではないかと、
ここで5年教えていて、わかるようになってきた。


昨今、沖縄の高校野球が全国水準となったが、その前には、この土地にいた、
スパルタ式の今は亡き八重山の名監督がいらしたことを忘れてはならない。
あの監督の功績は、
「沖縄はつらい歴史をはねのけてがんばろう」
的な、沖縄人に根強いコンプレックスを払拭し、ただ、
おまえたち、やれよ、とことん成長しろよ、
と若者を打ち鍛えたことにあったのだと思える。



沖縄はもう弱者ではない。
負い目も不利もない。

初めから、内地と対等の目線で、内地を目の敵になどしているヒマがあったら、
もっと高いところをめざして自己を高めようとすればいいのだ。





su


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性教育
- 2011/09/23(Fri) -
テレビをつけたら、14歳の女の子が妊娠するドラマをやっていた。

女の子は、激怒する父親に対して、「私は愛しているからこうなったの!」 と言い返した。


一見すると 「14歳で人を本気で好きになれるはずがない!」 という父親が短絡的なように思える。

娘のほうがなんだかまっとうなように見える。



肉体的、社会的に言えば、彼女は妊娠しないほうがよかった。しかし、愛し合う行為は、早すぎるとはいえ、絶対な悪ではない。

つまり、相手の男がもっと賢く、コンドームの使用さえ知っていればよかった話なのだ。


それを使わなかった点で、やはり妊娠させた男はとがめられるべきで、女の子も不注意だったというべきだ。

父親も、自分が正しい性教育をしていなかったから責任はある。


ただそれだけの話なのだ。そんな 「ただの失敗談」 がドラマになるなんて、日本は、おくれている、というしかない。スウェーデン人が見たら、「ただしい性教育がなされていない国ではこうなるのです」 という説明がされて終わりなのではないだろうか。


私は、11歳の血の繋がらない娘に、コンドームを見せた。私の上にまたがってじゃれたりするから、好きな男性ともそういうことになるかもしれない。それで、子どもができる行為と、それにともなう好奇心や快楽に引かれたら、ためしてもよいが、コンドームをつけてすること、と教えた。無論、彼女の未来の相手が知らなかったときのために、装着法も説明してみせた。


彼女の実母は教育者だが、自分には適切に教えられないから、私に頼むと言っていた。日本のレベルは、学校教師まで何が大事かを見落としているのだろう。


性を、暗く、盗み味わうもののように考える傾向がいけないのだ。欲望で不倫や浮気をするくらいなら、すべてを捨てても別れて相手を選べ。そうでなかったら、動物以下の存在だ。(と言ったら、他の動物に失礼だ。) つまり、最低最歪みの生き物だ。


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(2006.10.19.記)
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目覚め
- 2011/09/17(Sat) -
小学六年の教室で
出された問題を思考して思考して解いて考える愉しさを知ってから
もう50半ばになろうとするが、その間

あっという間だったような気がする.

同じころ『坊ちゃん』で感想文書いて放送室で読まされたのも、ついさっきのことのようだ.





(私の心臓ではありえないが)あと80まで生きられるとしても、
これまでの半分だ.


あっという間、の半分だ.


きっと、手足も歯もあちこち痛くなってぼろ雑巾のようでまだ机に向かっているとしても

いま50のころを振り返って


ついその日の午前中のできごとだったように思いだすのだろう.




人生は瑣事というには余りに大量の瑣事で満ちている.
ともするとそれらに拘泥することで人生の最優先事項を見失いがちになる.



これまで同様、私は、恩師・先蹤者たちと同じように、机に向かって、かつ世を明らめながら灰になる.



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雨中独り
- 2011/09/13(Tue) -
雨の、広大なスーパーマーケットの駐車場に、ノラのシェパードが屹立している.


飢えていよう.   孤独であろう.   傷ついてもいよう.



私は、
憐れまず、  励まさず、


我が身や社会にひきあてず、


気持ちが濡れも強くもならず、


ただ、
かく思考し   歩み過ぐ.



v


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子猫が教える
- 2011/09/08(Thu) -
もっと動け




もっとよく首をふり




よく見ろ よく鼻をつかえ




「求めよ されば 与えられん」





そうだな、そんなとき、扉が開いた.



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遠い未来の若者を喜ぶ
- 2011/09/08(Thu) -
いまから思うと、留学は私にとって決定的な人生の学習期間だった.現在完了形的意味で.


世界、すなわち、つきあう人の人種が異なり、
見る自然の景物が生まれ育った場所と異なり、
使う調度や住まいがなじんだものとは異なるのが 「世界」 なのだ.


つきあう人が違えば、異なる考え方と出会うことができ、その結果、人は思考能力が倍加する.
国内にいては成長はたかがしれている.沖縄生まれの子が北海道に住むことになったとしても、そうはならぬ.
自然の景物が違えば、日々抱く感慨や意思も違ってくる.
自国民とは異なる気遣いと価値観を込められた生活用具を知ることで、人は自身にも新たな価値観を醸成できる.


かくして、海外を知った若者は、
人格も頭脳も、まったく異なるものを身につけることから、
国内人とは別人になることができるため、
内面能力が倍加するのである.


日本はまだ開国されていない.

若者も、また、江戸時代の市井の民のようなレベルで右往左往しているだけだ.



いつか、日本のほとんどの若者も、
スウェーデン人の女の子が他国人におだやかに微笑むように
イタリア人の男が異国人の群れに分け入っていくように
他のヨーロッパ人ともアフリカ人ともどこのニンゲンとも交われる日が来るだろう.



私は、私の子どもがいても、また、それを見ることはないだろうが、


それでも、いつかはそういう時代が来る.

未来は、まだ、望みはあるのだ.


k



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ラッキー
- 2011/09/04(Sun) -
「どっちのほうが幸運なんだろう(「幸福」ではない):
外の風に吹かれて飢えているものと、
窓ガラスの外の昆虫に狙いを定めているものと」

という問いには、私は私なりに結論を出した.


私自身の人生が、その、自分用の答えの証明である.



「出産の苦しみとその後の育児の苦しみ悲しみにもかかわらず子どもを産んだほうがよいのか、
子どもを産まないからだになって少しでも長生きしたほうがいいのか」

という問いには、私は、産む立場の性ではないから、自分で解答を実践できないが
自分に家族がいないぶん、そしてそれを必ずしもよいこととおもっているわけでもないので、
やはり、どちらかを選ぶなら、どちらを共棲者に与えるかは決めている.


「神」 は 「全能」 を発揮はしない、というより、「ハライソ」 を現出する必要もないと考えているようなので、


私も、彼女とその子たちへの

「ラッキー」 の小さいかけら、
くらいでいて役割を果たしたことにさせてもらう.



悲しみ、ってなんだろう.


苦しみはあるが、それを悲しみとすることは、どうなのか.


悲しむことも彼らもする.


しかし、ニンゲンのようではない.


愛することも彼女らもする.


それは、ニンゲンと似ている.


愚かさの度合いは深く、小智はとるにたらない我ら.








また、朝になる.







s
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国民性再考
- 2011/09/04(Sun) -
共棲者たちの食餌を買いに早朝行くマーケットでこの数年レジを打っていた気持ちのよい若者がいなくなった.一度も話したことのない彼であったが、私は彼をかっていたので、同僚の、仕事のできる年輩女性に尋ねらたら、内地出身者で、内地へ帰って行ったのだと教えられた.

その女性から、私も内地出身だということで、あなたはこの島が気に入ったのですか、と尋ねられて、
私は、すぐに、
「そうでもない.よくないところももうわかっているし」
と答えて、そうなのだ、とわかった.


☆ ★ ☆ ★ ☆ ★


ここ沖縄の離島は、少なくとも、先島諸島と呼ばれるところは、島それぞれで風土も違うが、

やはり、「共通した島人の特質」 が、ある一定数の人々の間に見られる.

人それぞれで異なるのは当たり前なのだが、
それでも、
その共通する点をもつ人々の割合が自然な人それぞれの性質の差異の割合よりも高い場合、
それを、
「沖縄の人の性質」
と呼んでよいだろう.

それを私はもうわかるようになり、

それが、もしも、国レベルのことになると、

やっぱり、それは、その国民の性格、ということになり、
それがとりもなおさず、
「国民性」
ということになるのだろう.




☆ ★ ☆ ★ ☆ ★




ちなみに、「沖縄の人の性質」 について書いておく.

だれでも知っていそうな、マスコミや観光案内で喧伝されているようなことはさておいて、

これから沖縄に来ようとおもう人がわきまえておかねばならないことを言おう.



若い女性は、人気がある.
島の男は嫁がほしく、内地からの嫁を特別な呼称で言い慣わす.
厚遇が約束される.


人の役に立つ能力をもつ者も大事にされる.
貴重な能力が求められている狭い島の環境では、
自分の家族や作業に有益な人は、それゆえに厚遇される.


しかし、


自分の立場と競合する能力を持つ内地者は
ことごとく目の敵にされ、行動は全否定される.

女性の立場、年長者の立場が高い沖縄では、職場で幅をきかせる年輩者・女性に疎まれると、
どんなに男性に人気ある若い女性でも、どんなに有能な者でも居場所がなくなる.



まあ、こんなことは、
沖縄に限らず、
日本のどこでも、東京の一部上場会社でも、旧帝大の研究室でもあることだが.



s
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彼女らにならいて
- 2011/09/03(Sat) -
子が見えなくなると母猫はないてないて喉をからして呼び彷徨する


自らは食べずに子どもに食餌を運ぶ


私たちは、記憶のせいで、また不完全な学習癖から、
愛するものをもってもむなしいと思い込みやすく、
手を抜いたり、無責任であることの言い訣にもしがちだが、


彼女らは、
愛するもののために右往左往することも

自らが苦悩して痩せ細るのも当り前のことと示している.


子が交通事故にあって血を流して路上に横たわると


その周りで困惑するが、


やがて、そこを去り、
別の子ども
自分のため
活きるためにまた精神を向ける

私たちの悲嘆癖もまた、自然なものではないのだろう.


強いとかナイーブとか、
ありえない.


あるのは、

愛は存在する 苦悩もまたありうる

しかし、

それに囚われ続けない



すべてをひきうけて  生き続けるだけのことなのだ.


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