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思わざるを
- 2011/08/28(Sun) -
動物と暮らしていると、近い未来に彼らが

動かず、息をしなくなることになることを諦めざるをえない.


死については、

多くの聖賢が古来から考えてき、

無限の人々が過去に愛する者の死のさいにあじわい考え克服してきた事柄であるのに

私たちはまだそのことについて苦しまざるをえず

解決をつけられない.



特に心臓のわるい私は、

これらよりも自分が先に逝くかもしれず、

そうなると、これは、

どうやってこのあと喉をならすのだろう、

どうやって好物に舌鼓をうつのだろう、

どうやって眠るのだろう

と考えざるをえない.



これが真実なのだ、とおもう.



苦も


矛盾も


理不尽も


すべて入り込みで、



われらはいきてちりになるしかないのだ.




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スウェーデン人とつきあうなら
- 2011/08/20(Sat) -
私のこのブログには、訪問者がどんな検索ワードでここに来たか示す機能がある.



その最も多いものが、「スウェーデン人 恋愛」「スウェーデン人男性 恋愛」「スウェーデン人女性 恋愛」
といったものなのだ.


なので、ここで、それらのご期待(?)にまともに答えてみたい.歳末でもあるし.




スウェーデン人とつきあうなら、

まず、自分自身がちゃんとすることである.


それが、あなたが彼ら彼女らに尊ばれるために何より大事なことだ.



「ちゃんとする」 とは、貯金があるとか、人に気の利いたことを言えるとか、芸がある、とかではない.




しっかりした、人生に対する意志と気持ち、


スウェーデン語くらいマスターする知的意欲と頭脳、


健康で、(男性なら)10回は懸垂できるくらいの筋力と、原野を半日歩けるくらいの心肺




これらだと、私は、おもう.


私は、 『スウェーデン人-我々は、いかに、また、なぜ』 の翻訳者.

スウェーデンには、4年余しか住んでいないが、

人類のよき標本たるべき、スウェーデン人の多くを知った.

私の経験は、たぶん、そう多くの日本人がしているわけではないので、

ここに、面はゆいおもいをしながらも、

かようなことを記すわけである.



スウェーデンに関心があるみなさん、

どうか、彼らと親しく深くつきあい、その、私たちにない面を知ってくれたまえ.


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(09.12.30.記)




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静謐 ── 旧盆に
- 2011/08/14(Sun) -
新宿区高田馬場で学生生活を送った私は、
横浜出身であっても実家にほとんど帰らなかったから、お盆の時期も正月も大学そばのアパートで過ごした.

正月よりも、お盆が好きだった.
都会の雑踏の波が引き、人が街からいなくなる.

学生は無論夏休みでいなくなるが、早稲田通りの人ごみもすっかりなくなった. いまはどうかな.



そして、ここ、沖縄は宮古島は、

年中、そんななのだ.


きょうも旧盆だが、
別に、きょうも、ふだんと同じ静かさだ.

この静かさは、石垣島はもちろん、八重山の離島でもなかったものかもしれない.

宮古島がそうなのは、たぶん、それが、この島の特性なんだろう.島の商人には残念かもしれないが、私には、よい.



スウェーデンでも、クリスマスの時などは、学生がヨーロッパじゅうに帰省するので、
アジアの私などは、中国人ぐらいとしか話さなかったかもしれない.いや、たぶん、だれとも.
スウェーデン人の娘が、そんな孤独を味わう私のために、カセットテープを遺していってくれたりもしたものだ.



静かであれば、
勉強によい.

それは、いまもかわりない.


だれかの歌で、
「ふたりだけこの世に残し、死に絶えてしまえばいい」
とかいうのがあったとおもう.

手塚治虫の 『火の鳥』 で、山之辺マサトが、人類滅亡の後で独りで永遠に生きる場面を、中学の私は読んだが、



いまの私も、これまでの人生で目指していたものから隔絶して


静かに図書を相手にしているだけで、


やっぱり、若いころに感じたものは年とっての人生の舵となるのかもしれない、としみじみおもう.


だから私は、島の若者にも言いたいことがあるのだが、


おとといからはそんな若者も来ない.


ただ、けものたちに食餌を与えるだけが義務の日だ.



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独身
- 2011/08/12(Fri) -
同窓生よ

私は、

結局いまも独身だ


結婚は一度もしなかった


きみらの中で、好きな同学年の子はいたよ


でも、

嗤うなよ


私は、その子とほとんど、いや、たぶん、会話したことは皆無なのだ.





私が、結婚できないな、と思ったのは、20代後半だ.


恋人が部屋に来て、一日じゅうぶんたのしんで、そして帰っていった深夜、
私は、  「ほっと」 したのだ.


あんなに好きな相手なのに、独りになって私は、ほっとした.


その時、ああ、自分は結婚しないほうがいいのだな、と思ったわけだ.





みんな、幸せな結婚生活をしていることだろう.

知っているだけでも、大学受かったらすぐに同窓生に告白kした者も数名いる.

私も、いい娘は同窓にたくさん知っていた.もったいないことをしたとおもう.


でも、私は、そんなニンゲンだから、

やっぱり、

図書と動物相手にしているのが似合いなんだろう.




みんな、よい老人になってくれ.


いつか、また東京に戻れたら、


きっと  だれか   会ってくれたまえ.


k


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どこもかしこもみなおなじ
- 2011/08/12(Fri) -
街猫は、


オスは戦いにより、


メスは、しつこいオスやエサ状況により、


むろんその他諸々な事情により、生まれた土地から姿を消す.



エサ皿を、自分でまたいで、自分の腹の下にエサを残して、他者の領分をまず食べる工夫をする猫もいる.


ニンゲンの目を盗んで、エサを奪うなどは軽い芸当だ.




「動物」とさげすまれている者たちがこうなのだが、ニンゲンも同様なのだ.


他者を誹謗中傷で陥れるなどは当たり前に横行している.


それをかつて 「人生はなんでもありですから」 と言って他者を讒言して胸張って研究費をもらっていた若者がいたが

それも、別に、「なんでもあり」 という流行の格闘技の単語を使うまでもなく、

猫でもやっている当たり前の行動なのだ.


自分が安逸を得るためなら、どんなことでもする


これは

どこでも当たり前に行われていることだ




愚者は、それを行使して誇り

賢者はその犠牲になり、他所へ去り

多くは、その阿鼻叫喚の中で右往左往する



どこでもあおなじ


ゆくものはゆけ


知恵あるものは わかるだけ




k



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地理
- 2011/08/12(Fri) -
どんなニンゲンも有限である一左証として
地理的制限があるということもあるだろう

ぼくらの青春の、次の段階の夢は

まず、近場の東京で、勉強をして、

希望ふくらむ旧帝大のある都市へ雄飛する、

ということがあっただろう



それにしたがって

青春の背景も夢見られ

恋人の笑顔も その景色の中で輝いた





それが

ぼくらの人生だったし

だれもが  そうなはずで

ぼくらは、

いまの初老の時代も、その光輝を信じて生存しているのだ






私は、他の人は知らないが


私の同時代の者たちには、かように、




ぼくらの時代を


全肯定するのだ.



c
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話ができない
- 2011/08/10(Wed) -
猫でさえ、炒めた肉は食べないで焼き魚だけ食べるのがいたり、肉魚よりドライキャットフードのほうが好きなのもいるのだから、

人間にも嗜好趣味の違いがあるのはあたりまえで、その嗜好趣味が人生観や仕事の仕方も変えるのだし、

そのうえ、人間は思考算段して動く動物で、その思考のレベルも方向もまた人それぞれ異なるから、

人間同士が互いを分かり合える、ということはきわめて稀なのだから、

ふつう、人同士、話し合いががっちりできることのほうが難しいのは当たり前なのだ.





話ができない、ということはいろいろなケースがある.


相手が、こちらの言葉に聞く耳もたない場合、あるいは、こちらが聞きたいし言ってほしいのに口を噤む場合.

向き合って話し合いをしているのに、理解と思考の方向とレベルと質が異なって互いを理解でき合えない場合.

話したいし理解もでき合える人間同士でも、通信手段が両者の間に存在しなくなった場合.

などが、話ができない状況だろう.



かくして、

愛し合ったのに、遭遇した困難にともに対処できなくて恋人同士は訣(わか)れ、

一つの成果をあげるために同僚となった者同士なのに離反し合い、

比翼連理たる者たちの間に第三者が介入することで絆はこわされ、

あるいは、時という名のこの世の王が通信手段を消滅させて、

人々は出会った人のうちでそのごくごく僅かの人としかつきあえずに人生を営むことになる.




あの人がいまいたら、どんな言葉を訊くことができるだろう

あの人がいまいたら、どんなにか喜ばせることができるだろう

あの人がいまいたら、どんなに深く愛することができるだろう・・・・・・


だが、

たとえ、その人が同じ空間にいて語り合える存在でなくなったとしても、

私たちの裡には、

その人々から聞いた言葉、見つめられた眼差し、温かく迎えてくれた顔容、力を授けられた存在感、

などが蔵されているにちがいない.




私たちは孤独だ.


しかし、私たちの内側は、


銀河の膨大さに比肩するほど豊かできらびやかな他者との出会いの結晶が満ちている.




話ができない私たち


それでも、人はそれぞれに宝を裡に蔵しもつ



そんな者同士であるのであれば、



少しは、わかり合える契機もあるやもしれん.




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(2010.12.23.記)






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季節と気候と風土と人と
- 2011/08/08(Mon) -
スウェーデン、ウプサラのいまごろは、初雪が舞い始めているだろうか.
留学したのが8月夏で、初年はいまごろになってようやく私は古着屋でフードつきのコートを買って
中国人娘から自転車をもらって、
市内をあちこち探索して回っていたころだ.
授業も、カロリナの席もまだ本格的になじんでいず、
午後明るいうちに私は大学を出て、自転車をとばして市内を巡った.

いまいる沖縄の離島は、きょうも涼しい風は通るものの、気温は27℃あるので、
室内で食事をするとTシャツの胸に汗がにじむ.

夏は高緯度の明るすぎる日差しと天然の冷気とで、
東京の夏の苦しさを一気に解消できたが
ここ沖縄では、蒸し暑いサウナのような5・6月、オーブンの中にいるような炎熱の7・8月に、
行動もいろいろと制限されていた.

余裕のある人ならば、夏はスウェーデンのようなところに移り、冬は沖縄に住んだりするのだろうか.

なんだが、それもめんどうな気もするが、

沖縄の夏も、スウェーデンの冬も、

不便なところもあるがそれがその土地らしくて趣がある、ともいえる.

きっと、清少納言や兼好法師は、そんな情緒を綴ったのだろう.



世界はどこもおもしろい.

しかし、身体は1つしかないから、どこかひとつの場所にひたりきるしかできない.それでよかろう.


土地には、気候のほかに、地形もある.それは目を愉しませ、

人も違えば、それは心を愉しませ、言語が違えば頭脳も愉しませてくれる.



世界はこんなに豊饒で 光輝に満ち、

人を心身において迎えている.





ありがたい




よろこばしい


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(2010.10.11.記)
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人生の学習
- 2011/08/01(Mon) -
私は人生で何を学んできたのだろう、と初詣らしきものに散歩に出た今朝気づいた。
ソクラテス以来昔のギリシャ人は、「人はもっとも大事なことは子どもに教えるから、『どうやったら幸福になれるか』 ということは幸福な者は子どもに教えるはずだが、成功者の子どもは必ずしも成功者ではない、ゆえに、人生の知恵は学習されないのではないか」 という疑問を抱いてきた。

私が知っていることも、自分の好みで選択してきた読書や学校の範囲でのことだけなのだった。
そうなると、大方の人がそうなるだろう。自分が歩んで来た道で精いっぱい学習してきた。しかし、それは、人知、いや、真の知慧、というものからすれば、微々たる割合なのであろう。

それでも、私は、自分で読書し師を探して生きてきた。人によっては、その時々に適切な助言を与えてくれる親とか親戚とか教師とかがいたことであろう。肉親には、私は、あいにくそのような者がいなかっただけのことかもしれない。

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ウィル=スミスという俳優がいる。彼の映画は私ははずしたことがないのだが、先日、the pursuit of happiness という有名な映画を観て考え込んでしまった。確かに、子どもにちゃんとした教育や生活を与えられないことは悲しむべきことだ。それを達成できたことが幸福ということならば納得できる。しかし、それは、自明なことであろう。

幸福とは、裕福になることなのか。
私は自分がこれでよいと思ってきたが、いまいる沖縄の離島からちょっと買い物に東京に出る、ということは負担になる。たぶん、そんな人は沖縄にいないだろう。しかし、それができることが 「幸福」 なんだろうか、そうかもしれない、などと一瞬は立ち止まってしまう映画だった。


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元旦に外を歩くのに、私は革ジャン・ジーンズである。沖縄のこの離島で、革ジャンを着ているのは私くらいのものだ。仕事をしている県の職員は、ここではシャツも麻でなければならない、と言ったし、女子高生も、マフラー、あるいは、毛糸の帽子はかぶるくせに、セーターは着ない、手袋は絶対しない、と言う。沖縄らしさ、というものは、もはや生活基準となっているのだ。私は、そんな 「沖縄らしさ」 を学ぶべきなのか。革ジャンも、着てはいけない、と学習することさえもできない阿呆なのか。酒も、一人で飲むのはおかしいらしい。そんなことまで、従うべき 「知恵」 は何なのか。

私は、結婚生活の意義は知らないし、子どもをもつことの意義も1%さえもわかったと言えるのかどうかわからない。会社務めする苦労も知らないし、ご近所づきあいさえも知らない。先日、女友達が内地から送ってくれた乾燥芋を近所に配ったら、あちこちからお返しをされて、こんな世間智さえも半世紀生きるまで知らなかった自分に呆れた。


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深夜食堂』 という番組がある。私も先日ネットで知った。私は大学が高田馬場だったので、2駅離れた新宿と池袋には学生時代は歩いて遊びに行った。日によっては、池袋に歩いて行ってから新宿に行ったりしたのだから、若さというものはありがたい。その番組では、私が 「ここが自分の世界」 と思っていた新宿の夜景が映るので好きなのだ。無論、そこには、独りで飲む人々が映る。「沖縄では独りで飲んではいけない」 と私に言ったのは、私の行動を制限しようとした私の同僚だったから、彼の言葉は唾棄すべきとして、そのような発想を与えることがこの土地にあったのだとすれば、酒を飲むのにも土地によって禁忌があるとはなんとも狭い人生だ。どんな酒が出てもどんな食物が出ても受け入れる、という姿勢だけではだめなのか。

そういえば、私も人生で、毎朝 「タコウィンナー」 を焼いた日々があった。愛した女性の子どもの朝食のためにだ。彼も、もう大学に行くころか。
私はそんな、その時々のふれあいのためだけに生きてきてしまった。スウェーデンにいたころは、日本の友人に一切通信しなかった。スウェーデンで生きていく決意をしていたから、振り返らないつもりだったが、いま思えば、それも、私の不寛容の現れだったかもしれないのだ。


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先日、島の子どもが私と将棋をしようと駒と盤をもってきた。

私の人生は、自分の生きてきた分だけの知慧を使って生きようとする、将棋でたとえれば、香車だけで勝負をつけようとする行為なのかもしれない。金や、角も飛車も使える人もいるだろう。しかし、この人生は、この駒で私は決着をつけるしかないのであろう。
それがわかっただけでも価値ある 「初詣」 だった。


mu

(2011.1.1.記)



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