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風土の好み
- 2011/06/12(Sun) -
私は、自分がずっと、寒くて凍えて身がひきしまる、虫もいないような土地が好きなのだと思っていた.

しかし、ここ八重山諸島の離島に引っ越して、2月から腕も脚も日焼けして皮がむけるほどで、それもいいか、と思う.

19世紀にサンスクリットがギリシャ語やペルシャ語と同じ起源だという言語学史上に残る発見をしたイギリス人も、インドの風土に慣れたのだ.

もっとも、ここの 「夏」 はこれからだ. さあ、どうなるだろう.

ap


(本記事は2007年3月11日に書かれた.)


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スウェーデンに行くなら
- 2011/06/07(Tue) -
たまにはこんな文章も書いてみよう ――



スウェーデンに行くなら、

スカンジナビア航空よりフィンランド航空を.

コペンハーゲンの都会を経由してスウェーデンに入るより、ヘルシンキの森を見てから入るほうを勧める.



スウェーデンに行くなら、

スウェーデン語くらいマスターする意気で.

英語でも通じるが、英語では、スウェーデン人の子どもやお年寄りとは話せない.

スウェーデン語ができるようになると、デンマーク人ともノルウェー人とも、アイスランド人とも話せるからおトク.



スウェーデンに行くなら、

ストックホルムなどの都会以外にも、スウェーデンらしさがあることを承知で.

北欧の気候を、冬も、夏も、全身全霊で感じることができるだけの身体を用意して行こう.



スウェーデンに行くなら、

日本流の男女の性意識は捨てて.

日本では、女性をもちあげて男性の隣に並べることが男女平等だと思われているが、
スウェーデンでは、男らしさ、女らしさをしっかり認識した上での男女対等が実現している.

だから、女性は真に女性らしく、美しい.
そして、男は、私と同性だからあえて言うが、真にヒト科の動物らしい.

そんな集団に身を投じるならば、

あなたも、日本製の見栄やハッタリをは捨てて、

真にヒト科の動物として感じ、動き、言葉を発するようになさい.



s


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動物、と言われるものから
- 2011/06/06(Mon) -






ニンゲンどもは、おおむね、阿呆だから



猫たちから、学んでいるよ



仁義、 とか


長幼の序、  とか


そのうえで、長が幼に譲るとき、   とか


強者が傲慢にはなれぬゆえに弱者も健全に生きられる状態、   とかを。




ニンゲンは、   



sc










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老いて
- 2011/06/06(Mon) -
若いころは、年をとる、ということはどういうことなのか想像できなかった.
芥川龍之介が言うように、老人になると、知性が増し、無駄な欲望が消えるので、理想的なニンゲンに近づく、というのは本当だろうか、もしそうなら、長生きはするに越したことはない、だから、中国人は不老不死の食べ物、などを考えたのか、いや、自分の周囲の年配者を見ると、どうもそうとはいかないらしいぞ・・・・・・、などと考えていたものだ.


そして、いま、もう、50を越えて、やっぱり、年をとることには困ったことも多いのがわかってきた.

目がかすむ
歯がいたい
膝や手首もすぐにいたくなる(若い頃に器械体操でいためたので)
欲求がなくなったことがさみしい(これは私だけのことかもしれないが)
脳か心臓で倒れることをしばしば考える(これは私の性格か)


50越えでこうなのだから、私の祖父や父親のように、90とか80まで生きた人たちの境涯はさらに想像するだに難問累積のようだ.まあ、一度心臓をやった私には、そこまでの長距離は無理だろうが.

知性が成長したといっても、年相応、専門分野相応、という程度だろう.



しかし、考えたら、私の同窓生たちもみな私と同じ年齢なのだ.
高校のときの、あの美青年も秀才も、かわいらしかった女子たちも、まぁ、みんな私と似たりよったりのガタがきているのかとおもうと、

あのころの若かった私たちに、
そして、いま私のところで勉強している島の高校生たちに、
おもわず微笑がこぼれてしまう.


f



(09.8.6.記)


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去りての弁
- 2011/06/06(Mon) -
(2009.11.11.記)


私が沖縄の離島に住んでいるのは、別に 「沖縄憧れ」 からではなかった.

当時、南極そばの国と、西アジアの大学と、中国の大都市の学校など、
採用は決まっていたが選択しかねていた転職先への途中下車として
日本の南端に立ち寄った形だった.
ささやかな学習図書を断れずに書いた結果、出版社との関係上 日本にいる必要があった.


その後、東京にいる知人たちのほとんどが、
私が半分遊興気分でここにいるとおもっているらしいのを伝聞した.


「沖縄」 という名前が、東京の人々には、

特に価値あるものを生産しないで午睡している人々の土地、

というイメージを喚起するようだ.
土地の人々には心外だろうが、私もそういえば、ずっとそうだったかもしれない.


東京にいたときに週末親をしていた、いまはもう中学2年になる娘が、やはり周囲にこうもらしたそうだ.


「ジン(私の本名である)さんは、映画館も美術館もないような島に行って、どうしてるんだろうね」


私と彼女は、毎週末、上野で動物園と美術館など、東京駅で書店と食事、を常習としていたからだ.



m




銀座や新宿のさまざまな洋服店は私にはつとに無意味だった
自分の肩幅にあった上着とワイシャツは特定のデザイナーのもの
それらを洗いに出すのも宅急便で特定の店.靴も特定の店のもの
目新しいものは不要で、それよりは、身体を鍛えるほうが大切
スウェーデンでの生活の影響か

とっくに研究以外の活動を制限してきたから、いまさら娯楽にも興味ない
その研究も自分の行き着ける景色は見たから、もうよくなった
たまに読みたくなる内外の図書はネットで手に入る

東京にいれば、会いたい人、会ったほうがよい人と接する機会がたえずあるが
まあ、人生で、まったく違った文化習慣をもつ人々と接するのもまたよいかもな

映画は……まあ、数ヶ月遅れでネットで観ればいい
どうせ、日本に来るものは、ヨーロッパの数ヶ月遅れが普通なのだから
南方ではうまい寿司やサラダの店を諦めることになるだろうが、
我慢できるうちは肉料理でいいか

スウェーデンで購入した革コートたちとは、半永久的におさらばだ
南の湿気でカビがはえるかもしれないから、知人に預けゆくのが最善だ

mj






大切なもの、って人生でそう多くない.




愛する相手がひとり、自分の精神を知る子ども  これらはどこにいてもよい

携えゆくものとしては、

腰に合ったジーンズ2本と、肩と腕に合ったTシャツ4枚

コンピュータ2台と、落ち着く眼鏡3つ(1つは度入りサングラス)

世界の塵にまみれてきたカバンと、靴3足



これらがある限り、私は、またどこへでも住みにゆける

たとえ、それが、冥土とかいうところでも




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スウェーデン人化
- 2011/06/06(Mon) -
この沖縄の中でいまの離島に越してきた当初、
私は自ら進んで島で最も過酷な肉体労働に就いた。
その以前にいた離島のNPO団体が腑抜けだったので、たぶん、その反動で
存分に、自分の身体を使う労働がしたかったからだ。

いまは、その話題ではない。

その工場の仕事をこの夏前に辞めたことで雇用保険が発効し、人生で初めて失業保険手続きをすることになった。

そしてそのために再就職活動をせざるをえないことになった。
島には、しかし、私ができるような仕事はないため、
仕方なく、とうに頭脳からなくした選択肢――大学の教職――に応募するしかなくなった。

その際、推薦者が必要になるために、大学で教えているある先輩に相談したところ
「私などよりももっとよい人がいるでしょうに」
というご返事をいただいた。


この記事の本題はここからである。


スウェーデンでは、人にものを頼んで、――それが、個人的な知り合いでも、役所の窓口でも――
「ちょっと待ってください (あるいは、ちょっと考えさせてください)」
と言われたら、それは断りの返事である、と大学で教えられたし、
Gillis Herlitz の 『スウェーデン人』 にもそう明言されている。
・・・・・・それが、しばしば、スウェーデン人に対する外国人側からの不信感を招くにせよ、
と但し書きがありつつ。


それで、私は、その先輩にも、大学への求職は諦めるので以後お気遣いなきよう、という旨を書いた。

すると、その先輩から、自分の意思は 「書かない」 ではない、という再伸が来た。


私の反応はスウェーデン人的であり、

それに対して、応じるにしても一度は止めてためるのが日本的なのかもしれない。

一方で、スウェーデン人は、他のヨーロッパ人と同じように、要点を先に言う、ということも尊ぶ。
つまり、Yes、の即答がなければ、すべて No、と思う思考習慣が私についていたのだ。


生活の整え方、お金や人生に対する考え方なども私は極めてスウェーデン人的になっている自分に気づく。


ある企業管理者は、外国にいた人間は使いにくい、と言ったことがあるが、それは、私のように、
思考習慣や行動様式が多衆と異なる人間がいたら集団管理がしにくくなることに拠っているのだろう。

しかし、本来は、異文化的要素は、その集団を発展させるはずなのである。
それは、ヨーロッパの歴史、いや世界の歴史そのものであるからだ。

それにもかかわらず、異文化精神を排斥しようとする風土がいまだに日本にはある。
それが、日本が今に至るも真の 「開国」 ができていない理由なのである。


幸い、私のところに遊びにくる高校生たちは、そんな私の思考習慣や行動様式を蔑視するほど愚昧偏狭ではない。
離島の子どもの精神はのびのびしているのだ。


日本の舵取りが彼らの世代の手に移るころには、もう私は生きていないが、

そのころには、日本の姿がいまよりも もっと 




広がり 

エイリアンすなわち、異人を受け入れる風土になり

世界に伍して活動する人々がふえている



そうなることを願い 信じている。



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各国の初体験年齢事情 ── スウェーデンの新聞記事(ii)
- 2011/06/04(Sat) -
今回は、すべてスウェーデンの新聞の翻訳のみです.


----------スウェーデンの新聞よりの翻訳----------
西欧では初体験年齢が早い

新しい調査で、性生活の習慣が国ごとに明らかになってきた.

調査によると、アジア諸国では西欧に比べて初体験年齢が大幅に遅いことがわかった.
初体験で純潔を捨てるのが最も早いのは、オーストリアで、平均17.3才だった.

コンドーム企業Durexに寄せられた注文によって統計された調査資料によると、調査対象国全体での初体験平均年齢は19.25才だった.
最年長は、23才で純潔をなくすマレーシアであった.一方で、そこでは、初体験の機会に備えてその年齢まで準備している、と約40%が述べている.


  性急にすぎる

しかし、初体験年齢がきわめて低いギリシャやオランダの若者たちは、それで充足している.
このことは、初体験は遅くなるように身を保つと87%以上が答えている日本人・ナイジェリア人・タイ人・香港人とは対照的である.
状況が深刻なのはナイジェリア人だろう.そこの若者たちは、純潔をなくすよう圧迫をうけているように感じる、と回答している.そこでは、初体験に避妊薬が普通に使われているのに、年齢的にはもっとも遅いグループに属している.このことは、避妊薬にもっとも慎重派のギリシャやポーランドの若者とは異なる状況にある.
総合すると、調査対象の女性たちの27.5%がセックスをするよう圧迫をうけていると感じている.それに対して、男性がそう感じているのは15%であるという.


  高まる保身観念

質問を受けた人々の1/3が、初体験をすることを避けているわけではない、と言っているものの、数字的には、50年前の同じ調査と比べると低下している.1960年代に十代だった人たちよりは、現代の十代───特に、女子は───初体験から身を守ろうとする傾向が8倍高い.
純潔を捨てる準備ができていると感じている人と同じくらいに、家族やパートナーと性にまつわる健康問題について明るく話せる人が増えてきてもいるのだ.
教育程度が高まり、収入が高まり、居住環境がより都会化するにつれて、初体験をしなければという圧迫に陥る傾向は減少しているのである.


スウェーデンでの早熟化

調査には26の国々が参加した.
その調査の対象外だったスウェーデンでは、RFSU(性情報に関するスウェーデン国立協会)の調査によると、初体験年齢は16-17才であるが、それでもそれは、あらゆる調査対象国の中でももっとも早い.
同調査によると、初体験の平均年齢は、1940年代生まれの人々の初体験年齢と比べると早期化しているとは言えないものの、一方で、ペッティングやオーラルセックスといった 「その他の愉しみ」 はおそらく低年齢化しているとおもわれる、とのことである.

初体験平均年齢

高年齢
マレーシア 23才
インド 22.9才
シンガポール 22.8才
中国 22.1才
タイ 20.5才
香港 20.2才
ナイジェリア 19.7才
日本 19.4才


低年齢
スウェーデン 16-17才
 (本調査外)
オーストリア 17.3才
ブラジル 17.4才
ドイツ 17.6才
オランダ 17.8才
オーストラリア 17.9才
アメリカ 18才

----------Aftonbladet よりの全引用終り----------

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(10.9.19.記)

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幸福な死
- 2011/06/02(Thu) -
私のところに時間をつぶしにくる島の子どもが、昨日ケーキを食べながら言っていた.
東京へ行く彼女の兄が、
《東京には 「下町」 というところがあって、そこがいいから、そこに住むことにする》
と言っている、と.




どこも一様の島の生活からすると、テレビで知る東京とはちがった面の場所がある、というだけでも、島の子どもには奇異なことなのだろう.東京の下町は、むしろ、島と似ているのだが.


私が学生時代を過ごした高田馬場・早稲田界隈にも、そのような 「下町らしさ」 があった.

私は多くの人々に(いまおもうと)たいせつにされ、気にかけてもらって生きていた.

人生には、愉しく、幸福なことも、ほんとうにたくさんあるものだったのだ.

昔、ギリシャ人が議論したように、

幸福な死、というのは、たとえば、オリンピックで優勝した直後に死ぬような、
幸福の絶頂のうちに死ぬことだという考えもあるかもしれない.

だが、一つひとつがかけがえのない出会いから生まれた幸福な瞬間を、
長く生きたぶんたくさんもった人が迎える死もまた、おだやかで幸福なものにちがいない.

そういう意味では、

多くの年経た人々はすでに、

幸福な死を迎える資格をもらっているといえるのだろう.




                 (2009.12.26.記)





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