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K29同窓生に訊く
- 2010/02/26(Fri) -
昔の同級生たちよ

夫婦、って愉しいのだろうね

私は、以前は、「夫婦」 と周囲から呼ばれた女性とその子どもと暮らしていた

寝室は、しかし、彼女と一緒ではなくて、その小2の息子とよく一緒に寝ていた

もちろん、私は彼女を愛していた

たぶん、私が最も愛した相手だったろう

しかし、その暮らしは、1年も続かなかった

だから、1人の相手とずっと暮らす、ということは、

スウェーデン時代の猫と、いまの沖縄の離島の猫と以外とはしたことがない

それらの猫をも、これが最高の猫だ、とおもって飼っているわけではない

行き掛かり上、飼わざるをえなくなり、一緒に生きることになっただけだ

夫婦、というのもは、こんなものなのかね、昔の友よ



自分が帰宅すると、迎えてくれる相手

一緒に食事する相手

もっと模様のきれいな、人をひきつける猫はいるだろうが、こいつはこれで大切におもう

夫婦、というものは、こんなものなのかね、昔の友よ



恋愛はいろいろした しかし、こういうものが結婚というものなら、



私も、一度してみてもよかったかもしれないな



・・・・・・・・・・・・・・・・


……と、ここまで書いて、結論がいつものことになったので、公開をやめたら、

その短い時間で見てくれていたある方から、なんで取り消したか、とご注意をいただいたので、

もう少し続きを書いてみる.


20代も30代も40代も、自分の部屋に恋人が来る直前はわくわくした.

しかし、彼女が帰ると、なぜかほっとしたものだったのだ.それは、

どんなに愛した相手であっても同じことだ.


ある恋人に会いに、千葉県まで電車で1時間以上かけて行ったときも、

一緒にコーヒーを飲んで彼女の街を散歩をして

別れはなごりおしかったものの、独りになると、なぜか腹の底から力が新たに湧いてくるようだった.


それは、恋人の感化か? 
そうでないようにおもえた.
彼女のことは後ろに振り捨てて初めて、自分は、力が満ちた.

そのころから、おれはたぶん結婚できないなぁ、とおもうことになった.


ドイツのシラーの言葉に、「強い男は独りでいるときが最も強い」 という言葉がある.

私はその単語の信憑性は疑っていたが、自分が独りでいる時が最も生産的活動的であることは知っていた.


その後、家族のような暮らしを女性と子どもとしたときも、自分が 「本気」 で机に向かうのは、彼らが寝静まってからだった.彼らがいたら、私は、彼らが愉しいように、その方向で全力を尽くした.



連れ合いがいたら相談するようなこと、たとえば、

郵便局で年金貯金を勧められたがどうしようか、とか、株でも買おうとおもうが、どうしたもんか、とか、
とかく自分がうとい事柄で誰かに助言を求めたいときは、恋人に尋ねる.

結婚していれば、頭脳が倍になるわけだから、人はよりよくより賢く生きられるのではないか、
独身者は、一個の頭脳で自分のことだけを考えているから、よく生きられないのではないのか、
ソクラテスも結婚していた.ゴータマ・シッダルタも結婚した経歴がある.


だが、私は、時に一人はさみしく、それでも愛する相手はいる、
だから、結婚しないでも人を愛する生活をしてきたわけだ.ある意味、逃げ、である.


しかしそれでも、数週間前の 「恋心はどこから」 で書いたように、いまは、

だれでも、決定的にはずれていなければ、その相手とともに暮らしていけそうな気がしている.


単に、年をとった、というだけのことなのかもしれないが.





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Tre Kronor !!!
- 2010/02/22(Mon) -
きょう、日本時間午後2時から、NHKのライブストリーミングで、アイスホッケーの男子、スウェーデン対フィンランドが見られる。

きっと、この時間の、ウプサラの学生寮のどの建物のどの共同リビングも、テレビにかじりつく若者たちでいっぱいのはずだ。


私がいたころ、スウェーデンが勝利すると、あらゆる建物から凱歌をあげる叫びが同時に聞こえたものだった。


しかし、きょうの相手は、いわば不倶戴天の敵、フィンランド。私がスウェーデンにいたころも、勝つのが難しい相手だった。

まだ予選リーグ。フィンランドが白色基調のユニフォームなら、きょうの Tre Kronor は鮮やかな青色基調のユニフォームのはず。相手がくすんだ青色なら、こっちは黄色だ。(`Tre Kronor' は、スウェーデンのアイスホッケー・ナショナルチームの愛称でもある)


まだ雪残るスウェーデンと、ここ沖縄の離島とが、いまや同じ空気に包まれた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


と、ここまで書いたあと、試合開始の45分前、前夜徹夜だったためにちょっと横になったら、目覚めると4時。
試合結果を見ると3-0で勝利していた。では、決勝リーグのフィンランドは恐ろしい。


仕方ないないので、you tube で昔のTre Kronor の試合を観て過ごす今。




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真に教師たれ
- 2010/02/14(Sun) -
生きていることで、人はいろいろなことを考える契機がある

独りで生きていたとしても、たとえば、洗濯物が風に翻るさまを観て何かがわかることもあった


まして、職場で、さまざまな人生経験と意志をもった人たちと混交することで、ものを考えることができる


だが、職場でのそのような思考は、多分に、異なる考え、異なる段階の理解力をもつ他人との調和を目指すことになる




一方、教師と生徒との間のそれは、いくぶん趣が異なる

教師は、教え子がどうしてここがわからないのかをまず考える

理解しない教え子に単純に怒るだけの教師はここでは論外


自分のおもうとおりに精神が開発できない子どもを観るとき、

教師ならだれでも、

自分がその教え子の精神のあり方をつかめていないことに気づき、

その相手の精神を把握し、沿いつつともに進むよう考える

この構造は、相手が大学院生でも、小学生でも同じことだ


その過程で、教師は、自分の精神を拡充することができるようになる



だから、偉大な人類の教師たちは、みな、教え導く弟子たちをもっていた

それが、彼ら自身の精神の進化にも必須のものだったからだ


ありがたきは、あとから来るものたちである


c


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胸いたむ
- 2010/02/08(Mon) -
(本記事は2006年12月8日、東京勤務時代に書かれた.)



バス停の降り口で、「あんなにバスの中で泣いたらみんなにめいわくでしょっ!!」 と子どもに怒鳴り叱っている母親を見た.

幼稚園の制服を着た子どもは、泣きはらした目で母親の前に起立しながら 「だって・・・」 とか言っているようだったが、なにせ母親の声は5メートル離れても聞こえるくらい大きいので、子どもは母の声だけで消し飛んでしまいそうだった.





スウェーデンでは、そんな光景は見たことはない.


スウェーデン人の母親は、子どもを人前で怒鳴り叱ることはしない、とスウェーデン人が明記している. (☞スウェーデン人―我々は、いかに、また、なぜ / Gillis Herlitz

児童虐待はわるいこととは日本人のほとんどの人は同意するだろう.では、子どもに大声で怒鳴る行為はどうか.


スウェーデン人ならば、まず絶対、それをしない.

一方、そんなスウェーデン人に対して、アラブからの移民たちは 「スウェーデン人は子どもを注意しない」 と非難するから、親としてのあり方も世界で違うようだ.


いずれにせよ私は、日本に戻り、日本人のそんな母親を見ると、胸のいたみを感じるようになった.



これは、私だけのことではなく、私と時を前後してスウェーデンから日本に帰国したある日本人女性が私に手紙で書いてきた感情でもある.



日本人は、いちど、スウェーデンの母親を見てみるといい.




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沖縄スペシャル・普天間の真実Part2の愚昧さ
- 2010/02/08(Mon) -
沖縄憧れでこの地に来たわけでもない私は、それでも、この土地のことは、取材レポーター以上にはわかっている。


* * * * * * * * * *


たまたま、標記の番組をyou tubeで見た。 沖縄のタクシーの運転手が

―― このきれいな海をなくしてどうするのか、軍事基地ならほかにもあるでしょ

というような、沖縄の人間なら自然におもうことばを、

司会の水島某と、沖縄取材したという井上某は、

―― 完全に刷り込まれた、メディアに刷り込まれたもの言いですね、
  安全保障とか軍事的合理性とかまるでないんですね、
  人に聞かれたら(その人が)喜びそうな、もっともらしいことを言ってるんですね
  教科書どおりですね
  きもちわるいですね

等、笑いをこらえました、と言いながらコメントしていた。


愚かさにもほどがある。人間に対する無知と、自分が無知であることに対する無知と、
このような者を画面に出す制作者の愚かさは、即刻、消えてしかるべきだ。


おまえたちの、その曇った目と頭脳が、一度でも沖縄の海の底を見たことがあるのか!




たとえば、おまえたちの家族の生命を危機に陥れようとする強盗に、おまえたちが、大事な家族だから救ってくれ、

と言ったとしよう、言うだろう。

そんなおまえたちに、強盗が、おまえの家族のような者が消費する食料や資材を別の有能な人間に回すほうが
人的 「合理性」 にかなっているのだ、それがおまえの好きな 「合理性」 だろう!

と言われたらどんな気がする。自分の愛するものを失うことがどんなことか考えてみるがよい。



こうした感情を無視して議論を進めたところでどうにもなるまい。

愚か者たちよ、醜く肥え太り、愚を重ねていろ。真実は、おまえたちにはいまだ決して見えてはいないのだ!


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(筆者撮影)




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他尊
- 2010/02/08(Mon) -
ふりかえれば、いろいろな人と出会ってきた
どんな人にもその人の生の真実があるから、人との出会いは常に尊い
どんな人も人と出会ってきているから、自分同様、他人の他者との出会いもまた尊い

年齢を重ねるごとに、人との出会いは増えてゆく
だから、なにも語らぬサトウキビ畑のお年寄りも、幾多の出会いが刻まれているから尊く美しい

出会いの記憶はその人だけのものだ
自伝、とかの形で自己の出会いの記録を語る人もいるが、その本当のところは本人にしかわからない

どんな人も、だから、人生の秘密をいくつか裡に携えて生きてゆく

人はみな、それぞれの裡に密かな真実を蔵している


だから、たとえ私の前に座る小学生であろうとも、
彼が十年ほどの人生の結果、裡に蔵した真実をおもうとき、それは全世界に匹敵する重さがある

人は、それゆえ、他者の尊さに導かれて生きられる
自分は尊いとおもうだけでは、人生はあまりに味気ない
他者の尊さがいたるところに輝いているから、たとえその人と言葉をかわさずとも、
たとえその人と友人知人にならずとも、
私たちは人を見ることで、知ることで、

生きるよろこびを増幅することができるのだ.





(本記事は2009年8月31日に書かれた.)

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我らの知恵
- 2010/02/08(Mon) -
日差し強ければサングラスをする

焦げるように強ければ長袖着て帽子をかぶる

汗止まらなければ首にタオルを巻く

一日に何度でも下着とTシャツ替えれば炎熱の中に涼しい風も吹く



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寒気きつければ皮コートに襟もとしめるマフラーと手袋をする

足元から冷気あがってくれば底の厚い靴をはく

踏みしめられた雪が凍っていれば滑らない底の靴で出る

吹雪の中を自転車でいくコツは一週間もせず身につこう




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私たちには知恵がある

しかし、その顕れ方、使用状態は人によりまちまちだ.

それはそれでよいだろう.人はそれぞれに特異な分野に堪能なものだから.

だが、知恵を正しく適切に顕せる人がいる一方で、

欲にくらんでどす黒い知恵しか働かせないでいる者たちもいる.

国同士が互いに自分が正しく相手が邪悪な知恵を働かせているとおもうとき

ヒトは戦争というものを開始して、相手の 「邪悪」 を殲滅しようと 「正義」 を掲げる.

個人同士のことになると、ソクラテスや菅原道真の例を考えるまでもなく、

どす黒い知恵を働かせる者たちのほうが現実的には、また時代の瞬間的には勝ち残るようだが、

人類の歴史が証明しているように、歴史総体の中では、正しく知恵を保つ人が選ばれる.

我らの希望はそこにある.

人類の歴史は短いものだが、しかし、人類総体の歴史は常に正しく 「敗れた」 者たちを忘れないでいた.

そして、これからは、

既にどす黒い奸智しか働かせない大人たちよ、どこなりとさらば.

未来の世代よ、賢く、正しく育て.

太古のギリシャ人は、つとに若者の大切さを知っていた.

「医者は肉体を治療する者.教育者(哲学者)は精神を治療する者」

よき未来の世代よ、出でよ.

きみらこそが、人類の至宝、未来の歴史の創造主.






(本記事は2009年8月19日に書かれた.)

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国民全体の質ゆえの個人の資質
- 2010/02/07(Sun) -
     子どもがプールの事故で亡くなった.

     管理体制や責任の所在が報道では語られている.

     私は、この事故が、組織や個人の過失には思えない.

     私たちは、他者への配慮が希薄になっていないか.

     「日本人は親切な国民」 と〈称賛する〉国民たちに、

     私たちは似てきたかのようだ.

     その国の文物が日本の文化をリードしてきたから、

     私たちは、国民性まで、彼らに近づいてしまったのか.

     もっと、他者・弱者への配慮をする国民もある.

     人込みで子どもを押しとばしてゆく日本人.

     老人にドアを開けて待ってやれない日本人.

     〈親切〉でなくなった私たちの国民性レベルゆえの不注意だった、

     と思えてならない.


20060822204019.jpg


(本記事は管理者の旧ブログにおいて2006年8月1日に書かれたものである。)


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空間移動
- 2010/02/07(Sun) -
わたしがスウェーデンに住んでいたころ、4年と少しの間に、日本とスウェーデンの間を6回ほど往復した。いずれも、無論、飛行機である。

もっとも多かったのは、シベリア上空を飛んで、ヘルシンキかコペンハーゲンに行く経路だった。

長い旅といっても、十数時間の後には、さっきとは異なる言語を話す異人種たちが、見慣れぬ事物の中を行き交う空間に移動しているのだ。

そのとき、私は、自分の頭脳が開放される感覚をいつも味わった。イギリスのときは、景色は素晴らしかったが、言語はさほどわたしを覚醒させてくれなかったが、それでも愉しかった。一方、ブリュッセルの夜は格別だった。

国内でも南の果ての島に来て、いまいるところは3つめの島だ。

国内だから、空間移動といっても刺激はないが、それでも、3つめまで移ったのは、わたしの不明で人を見る目がないままにある組織に入ったからだが、その失敗はよい経験をさせてもくれた。

異なる気候、異なる景色、異なる人造物、異なる民族性・・・それらの中を、古代、中央アジアに生まれた狩猟民族は、南はインド、西はヨーロッパの果てまで移動していった。それが、いま世界をリードしているヨーロッパ人とかつての覇者ペルシャ人の祖先だ。

たぶん、それは、人間の本能なのだろう。自分の世界を広げるということは、健全な頭脳と精神には当然の行動なのだろう。


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(本記事は2007年9月8日に書かれた.)

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「オーストリー」 にして差し上げなさいな
- 2010/02/07(Sun) -
よその国のお名前なんだから、その国の人がやめてほしい、変えてくれ、と言うなら、「名刺や書類も変えなきゃならんから難しい」 なんてケチなことを言わずに変更して差し上げればよいのに.

もともと、「オーストラリア」 と 「オーストリア」 とは語源からしてまるで違うのだから、まぎらわしい表記にした日本人が思慮に欠けたのだ.

南半球の 「オーストラリア」 は、当時の教養語ラテン語の australis(南の)という単語に由来するのに対して、

ヨーロッパのドイツの南東に現在ある 「オーストリア」 は、ドイツ人が 「東の王国」 と呼んだ、まあカタカナで書けば 「エスタライヒ」 という単語に由来するのだ.スウェーデンでだって、その国は 「エスタリーケ」 と呼ぶ.

それにしても、戦後日本と同じようにおとなしくなったドイツだが、昔は幅をきかせていたのだ.「フランス」 という名前だって、もともとはゲルマン人のフランク族の名前をとって 「フランクライヒ」(スウェーデン語なら 「フランクリーケ」 で 、「フランク族の王国」 の意味)と呼んだことに由来しているんだから.

まあ、ゲルマン人の名前をつけられてそれをいまも使っているフランスも度量が広いといえるかな.

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(本記事は2006年11月17日に書かれた.)

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環境をかえて新能力を開発する ―― ウプサラでの自転車が教えること
- 2010/02/06(Sat) -
以前も書いたが、スウェーデンでは一年中、スウェーデン軍払い下げの自転車で移動していた.

最初の自転車は中国娘のトンウェイがくれたものだが、3か月後にスウェーデン軍の自転車を500krで買った.

それから、4年間に、盗難にあったりで3台の軍用自転車に乗った.

それで、雪道氷道でも、視界のきかない時でも通学し、ジムに通い、1時間かけて夜中に別の町にも行った.

氷雪道や吹雪で視界のきかない中をどうやって自転車でいけたのか.

たぶん、日本ならば、こげないから、あるいは、あぶないからやめようと、まずだれもが躊躇することだろう.




それが、それを必要とする環境におかれたとき、私はできたのである.

スウェーデン人の若者ができていることを、私にできないはずはない、と信じた.



学生寮で、スウェーデン人とはスウェーデン語で話し、

スウェーデン語がしゃべれない中国人やイタリア人とは英語やラテン語で話し、

ドイツ人とはドイツ語で話し、ロシア人とはロシア語で話していた.

そんなことも環境がそうならば、周囲がしているなら、それができてしまうのが人間なのだろう.



だから、環境を変えることはヒトには必要なことなのかもしれない.



島の高校生が、私に、なんでこんな島に来たのか、とたまに尋ねる.

無論、私は、彼女たちに、内地に行け、本島で止まるな、と常に言う.

私にとっては、ここは 「新しい環境」 としての一停留所にすぎない.


自分の精神が停滞するようなら、

また新たに飛び立つばかり.


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恋心はどこから ―― スウェーデン人流に
- 2010/02/05(Fri) -
前記事で 「怒り」 のことを書いて、

それでも、怒ったところを見たことがないスウェーデン人のある年上女性を思い出した.


彼女が、自分の期待通りに現実がいかなかった場合でも、軽く微笑んで、ふぅー、と息をつく表情はいまも懐かしい.



私が彼女の家に呼ばれて、食事をして、泊まることになった夜、

それでも、それが、スウェーデン人にとっては、なんらの 「誘い」 も意味していないことを知っている私は、


私が寝ている部屋に風呂上りの彼女がパジャマでミネラルウォーターをもってきてくれたときも、


とりたてて構えることはなかったが、


そこに、もしも、私に彼女への恋心があったら、事態はかわっていたかもしれない、と

いまになっておもう.


十分に信頼し、人としても最も好きな女性だった彼女に私が恋心を抱かなかったのは……


そこを考えると、


日本にいた頃のように、しゃにむに(?)異性を愛することができなくなった自分の理由がわかる気がする.



スウェーデン人だったら、そうした夜を幾度も同じ相手と経験して、


それから、その相手を、パートナーとして認める、という心理になり、


そうして、ベッドをともにする、という手順になるのだろう.



スウェーデンに行く前は、私もまだガキだった.


パートナーとなる相手だからこそ愛せる、ということが本当のような気がする.


しかし、それに気づいたのは半世紀生きてしまってからだったので、


私はシングルでおわってしまったわけである.


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怒りはどこから ―― それでも人は怒りを発す
- 2010/02/05(Fri) -
よい人、とされている人でも、いや、そういう人だからこそ、

こんなに自分は周囲を見て、人のためになる行動をとっているのに、

そして、あそこまで自分は尽くしてやったのに、

という自慢充足感が強くあるとき、

それでも、その自分の思うとおりに事態がいかないとき、

その原因がだれかの、その人にとっては自然な行動であっても、その他人の言動が自分の思惑通りでないとき、

瞬発的に途方もない怒りを発する種類の人がいる.



半世紀生きてきて、いろいろな社会を見てきて、

初対面で愛想よく、各方面に気を配っているような 「よい人」 と出会ったときは、


私は、こういう理由で、距離をとって接するようになった.



所詮は、理性の歯止めがコントロールできない 中途半端に智慧ある生物.



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義務教育期間の英語教育について 《夢中問答》
- 2010/02/03(Wed) -
ベッドを替えたら、その晩、妙にリアリティのある夢をみた.以下、そのだいたいの顛末を下に記す.私と、ある児童英会話学校の経営者との会話である.


* * * * * * * * * *



私が私の教え子である中学2年の少女と歩いていたら、向こうから、彼女が小学校時代に通っていた児童英会話学校の経営者(以下 「英」 と略す)がきた.生徒にちょっとコンビニで時間をつぶしているよう言って、私は彼と舗道で話し始めた.


私: いよいよこの島にも、義務教育期間の英語教育についての議論が出てきましたね。

英: ええ、これから、私たちもいっそう忙しくなればいいんですがね。

私: でも、幼児や小学生にいったいどんな英語を教えているんです?

英: 日常生活で使うようなこと一切ですね。あとは、英語の遊びとか歌とか。

私: 日常生活っていったって、子どもが英語を使って八百屋で買い物するような場面はまずないでしょう。
  無駄なことじゃないですか?

英: あははは、私たちの趣旨は、意識が暗記の努力をする前の年齢で自然に子どもが日本語を習得していくように
  英語も習得していくための環境をつくっていく、ということですよ。

私: 私のところに、そうやって小さいときから英語を勉強してきた、ということで自信満々で来た子がいましたが、
  中学の英語のテストなんかでは別に目立たず、成績も4どまりでしたよ。

英: おわかりになってませんねぇ。その子が英語を実地に使うようになったとき、大学か、就職してか、その頃に、
  幼いときに耳に残ったものがよみがえってくるんですよ。学校の文法のテストなんかこそ実地で意味ありません。

私: そうですか・・・そんな未来を予想して教えていらっしゃるとは・・・ああ、私は、いわゆる受験の英語しか
  した経験はありませんが、大学の頃、アメリカからの留学生とつきあっていたら、1か月で彼女が早口で口喧嘩を
  しかけてきてもそれに同じスピードで返せるくらいに会話が急激にできるようになった経験があるんですよ。あの
  ころ、学校で習った 「英文法」 のさまざまな知識が頭脳で瞬時に発話となって出てくる自分を体験しています。
  だから、外国語会話は、それが必要となった時にできるようになるものである、というのが私の考えですが。
  それまでは、学校の勉強をしていればいい、とね。

英: それは、あなたはそうだったかもしれないが、だれにもあてはまるとは限らないでしょう。だれもが、学校の
  英語を高いレベルで習得して大人になるわけではないんですから。それに、英語はそうやって日本人は学校で、やれ
  文法だ読解だと習いますが、それ以外の言語はたいてい大学になってからでしょう。その時に、急速にその言語
  に通暁するには、やっぱり、音声を肌で感じるという体験が必要になるはずです。

私: 私も、スウェーデンに4年いた間に、スウェーデン人たちと暮すなかで、スウェーデン人からスウェーデン語を
  スウェーデン語を使われながら教わった経験があります。それで、半年後には、スウェーデン語で論文も書いてい
  ました。日常会話はたぶん、1か月もかからなかったでしょう。ですから、肌で言語を習得する、というお言葉は
  理解できます。

英: ふうむ、まあ、それもあなたの特別な状況があってことかもしれませんがね。しかし、いずれにせよ、私たちは、
  日本にいながらにして、あなたがスウェーデンで体験したような、あるいは、あなたがアメリカ人の恋人と体験
  したような状況をつくって差し上げているわけです。

私: それを日本でやる必要があるんですかね。こういっちゃなんですが、たかが、一日数時間のものでしょ? 
  全身全神経がその言語に漬かりきるような状況ではないじゃないですか。

英: だれもが外国に何年も留学できるわけじゃないし、だれもが外国人の恋人をもてるわけじゃないですからね。

私: それに、その外国人教師にしても、ほんとうに英語のネイティブなんですか? つまり、生粋のアメリカ人か
  イギリス人、譲ってオーストラリア人やカナダ人くらいまではいいでしょうが、英語を話せる、というだけの理由で、
  この島に多いドイツ人やフィリピン人などを使ってないですか?

英: 国籍は確認済みです。

私: 国籍なんて意味ないでしょう。代々のアメリカ、といってもアメリカには歴史はあまりないが、先祖代々イギリス人か、
  ということです。 △△中学校の会話教師は、フィリピン人だというじゃありませんか。それに、その人の学歴、
  教養もまた重要ですよ。

英: 日本人が教えるよりはよいではないですか。
  それに、その人が故国の学校でどんな成績だったかとか、その学校のレベルは、とかは確かめようがありません。

私: 教師というものを甘くみてませんか? 音の微妙なニュアンスを、それこそ、あなたが言うように、生徒はいつまでも
  記憶しているものです。フィリピン人の発音を耳に残すことが、何年か先を見越しているあなたたちの考えのなかに
  入っているとしたら、まあ、こういっちゃすみませんが、ばかなことだとおもいますよ。それに、生徒は、教師の
  人格教養から学ぶものでしょう。

英: どうやら、私の考えが通じないようだ。

私: お引止めして失礼しました。ゆめちゃん、行くよ。


私はそうコンビニ店内で立ち読みしている生徒に声をかけると、また歩きだした。生徒を島で唯一の書店に連れていって、そこで、さまざまな参考書を見ながら、どれがどの点でよく、どれがどういうふうによくない参考書かを教えながら、彼女に最適なものを選らばせるためだ。まあ、所詮は、インターネットで私が勝手に注文することになるんだが。


その後、私は、生徒と歩きながら、
「アメリカにはね、当然アメリカで暮らしているんだから、英会話、はできても、書類が書けない、新聞が読めない、という人がいっぱいいるんだよ。きみたちも、くだらない会話ができるようになったからって、英語ができるようになったとおもってはいけないよ。英会話は新聞も読めないバカでもできる。それより、受験問題に出るような長く込み入った意味のある文章が読んでわかったり、英語で大事な相手によいメールが打てたりする力のほうが高いレベルで重要なことなんだ。だから、とりあえずは、まあ、しっかり学校の勉強をやるんだね」
と話した。生徒は微笑んで頷いた。



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私は怒っているのか
- 2010/02/02(Tue) -
私の記事を読んでくださる人で、愉しいほうの記事をもっと書いてほしい、というお言葉をいただく.

たぶん、私が、大学や企業を批判する文章がお心にさわるのであろう.無論、私も、時とすると、そんなものを書いた自分が正常か、と疑うこともある.


しかし、それでもやはり書くのはどうしてか、冷静に考えて考えた.




私は、本当に、自著 『スウェーデン人』 で書いたように、日本の真の 「開国」 はまだなされていない、とおもっているのだ.



私が知り合った、日本のそれなりに地位ある者たちに共通なのは、外国人とまともに、つまり、頭脳と、身体と、精神で、
伍して接することができる、いや、したいとおもう者がほとんどいない、ということから、

私は、日本が本当に世界の、いや、指導的なのはヨーロッパの国々だから、それらの民と同列に話し、行動することができるようにならなければ、

日本の真の 「開国」 はなされていない、と確信しているのだ.


だから、私は、そのことを再三書くわけである.


そして、たとえば、幕末の坂本や高野、あるいは草莽の志士たちのように、
そして、いつの時代もいる、その時代を変えようとする若者たちのように、

私は、だれもともに語らい、次代の夢を描く仲間はいないにせよ、

独りでも、こんなことじゃだめだろう、日本人よ! と言い続けるわけである.


読者には読み苦しいであることは申し訣ないが、

こう叫ぶことが、私らしいことであるし、
つまり、そう本当に言える数少ない日本人の一人であるし、そして、

そうしながら、そのための行動をとることが私の生きる証なのである.



どうか、容赦願いたい.


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