沖縄・教科書検定意見撤回を求める全県集会
- 2007/09/29(Sat) -
    第二次大戦末期に沖縄で起きた 「集団自決」 が、
    教科書検定によって、旧日本軍による強要・命令・誘導によるものであった、という文言が、
    あたかも県民自身の意志による自殺、であったかのように書きかえられることについて
    抗議声明が、きょう、沖縄の3ヶ所で同時刻に行われ、私もその1つに出てきた。

    「旧日本軍によって、自分の身内を殺すように強要された人々の悲しみを知れ」

    「沖縄の人々があたかも自殺を選んだような記述は、戦争を美化し、新たな戦争への道の準備といえないか」

    「ある村の人々は、手りゅう弾を2つ渡され、1つは米兵に、もう1つは自殺に使えと指示されたのに」

    「かつて、沖縄でのアメリカ黒人兵による暴行事件には全県民が団結した.今回も136万人の団結をみせよう」・・・



    事実が曲げられることは、ある意味で、世の常だとは言える。
    私は、横浜で生まれ、人生の大部分は東京で過ごしてきた。
    その私にとってさえも、きょうの、私が住む島での声明大会は、
    沖縄の人々が、内地に向かってどのような目をもっているかを示してくれた体験だった。
    うらんでいるのともちがうだろう。反抗しているのともちがうだろう。
    しかし、自分たちの大切なものをないがしろにされることは決してもう認めない、
    という強固な感情をしみじみと感じた。
    南に移って、初めて、この土地がおぼろに感じられるようになってきた。

映画 『Aサンデイズ』(崔洋一監督) のなかで、
    「来年の5月15日には(沖縄は)本土に復帰だ。これからは、アメリカさんじゃなくて、日の丸が相手だ!」
    と沖縄の若者たちが気炎を上げる場面がある。

    
    人は何かに対峙していなくては生きられないものなのかもしれない。
    組織の人間は派閥や反感の相手、学者は研究対象、スポーツ選手は対抗相手のようなものとして、
    無辜の農民たちは、遠い空の異質な同国人を対立相手とみているのか。


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季節の景色
- 2007/09/24(Mon) -
      沖縄の離島のアイスクリーム店でも、ハロウィンの広告が出る季節になった。

      トム・ハンクスとの映画で、メグ・ライアンが、「NYの秋が大好き!」 と、

      同じハロウィンの季節にはしゃいでいた。


      それにしても、1998年製作のあの映画で

      メグ・ライアンが知らないメールの相手にときめいて秋の道をゆくときの音楽は

      その数年前に日本でも大ヒットした 『恋する惑星』(左下プラグイン)の真似以外ない。

      あの数年、恋にはずむ心を表す音楽としては、あれがもっとも有力だったのだろう。

      芸術作品が、ある心情を観衆や読み手に喚起しようとするとき、

      直截的な手法をとっちゃぁ・・・やっぱり、いけないよなぁ^^


             * * * * * *


      ヨーロッパでも、これからは、ハロウィンと、そのあとのクリスマスとで、

      新年明けまでの景色が彩られる。

      特に北欧は、日照時間が限られて暗い季節になる一方で、

      地面を覆う雪と氷と、窓辺の電飾や蝋燭などの飾りつけとで、静かに明るい夜が続く季節になる。

      初めてスウェーデンに行った前は、周囲から、

      あの暗く寒い季節でたいていの日本人はだめになる、といわれていたが、

      私には、暗さと寒さと雪道の明かりや店の照明や、学生寮の共同キッチンの飾りつけなど、

      すべてが落ち着いてしみじみとした時を提供してくれるものだった。

      たしか、12月には、吹雪の中を親友となったスウェーデン人と新聞配達して汗をかいていた。

      その後の、朝日のぼる早朝の帰途の涼しい風も、私には北国のすがすがしい冬の景色なのだ。      
      
      
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南の離島への移住
- 2007/09/18(Tue) -
私は、初対面の人と会うと、よく、「あんた、何者?」 と最初はいぶかしそうに言われる。

横浜出身で、大学は東京で、その後、スウェーデンに4年以上暮らして、さらに仙台で学位論文を書いていて数年、また、東京、いまは、日本の南西の果ての島にいる。

別に特別なことではない、よくある移動だとおもう。東京とスウェーデンと仙台には、自分が勉強すべき場所があったから、巡らねばならなかったわけだし、南の島を一度引っ越ししたのは、ウソの多いNPO団体に加わってしまったために、早々に縁を切るべきと判断したからだ。(もっとも、そこはいまだに私の名前をホームページ上に載せている虚偽を行っているが。)

私は、スウェーデンに行ったときは、周囲にだれもそこへ行った知人はいず、大学最初の派遣研究者ということで、むしろ、ヨーロッパの田舎だからやめろ、という声が多かった。

しかし、その後、スウェーデンハウスという企業が日本にも進出してきて、IKEAはじめスウェーデン製家具の優秀さも日本人に認知され、スウェーデンという国が日本人に知られるようになってきた。

いっぽう、いま、沖縄へ移住する人のブームだそうだ。私は、南の島に何の幻想も抱いていなかった。あるNPOが従事している活動に興味があったからだが、その活動の実態を見て、島民が彼らを見ているとおり、「いったい、なにもわかっていないで、おまえたちはなにをやっているのか」 という呆れとともに、再び生きる目的を考え直す気持ちになった。

いまは、いまいる島でじゅうぶんに従事する 「相手」 がいる。

それで、残りの人生を燃焼する価値が確実にあるとおもわれるものが。

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引っ越しの心得
- 2007/09/17(Mon) -
自分の、人をみる目の不明から、1年で3回引っ越しをした。

一時は、机の仕事を辞めるつもりだったので、

いままた必要になった過去の書類も捨ててきてしまったし、家財の多くも処分してきた。

机とコンピュータとプリンター、筆記用具だけは、以前のままだ。

そして、いま、やはり、昔の個人での机の仕事を再開して、

半年前に捨てた品物をまた買うことになっている。

人生で、必要なものはそう多くない。

その人の生き方にもよるだろうが、

私は、机の周りのものと、大きい冷蔵庫と鍋・食器、最低人数用の洗濯機、

それさえあれば、どこででも心ゆくまで働ける。

人生って、半世紀生きてみて、単純なものだとわかってきた。


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責任の重さ
- 2007/09/12(Wed) -
          安倍晋三首相が辞任の意思を表明したそうだ。

          私のように、外国語を扱ってものを書くだけの者や、

          身の程や能力を超えた地位にあって過分な報酬を得ている者や、

          文字通り、一国の舵取りが任されている彼のように

          責任の重さはそれぞれだろうが、

          考えて決断するときの心のあり方は、意外とみんな同じなのだろう。

          周囲に雑音を出す者がまた多いのが、

          人の足を引っ張りたがる人種の特徴かもしれない。

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憐れむべきをどうするか
- 2007/09/11(Tue) -
頼まれて近所の数人の中学1年生男子の勉強をみている。
しかし、彼らは勉強どころではない。
雑談はよいが、その7割が卑猥な単語で、ノートにも自分の性器の絵をいくつも書く。


どうしてこんな 「性に対する見方」 が、他の面ではじゅうぶん素朴な子どもにも形成されてしまったのだろう。

1人が私に 「先生、最近エッチした?」 ときく。
子どもなのに、じゅうぶん歪んだ笑いのその顔は哀れの一言に尽きる。

言葉の意味を確認して、「性行為は、ふだんの生活の1つだから、別に特別なことじゃないんだよ」 と穏やかに言うと、その子どもは黙った。


私が一時属した海洋生物関係の施設の 「所長代理」 だったのは、30代前半の男だった。
彼は、知り合いの30過ぎの男が20歳になったばかりの女性と結婚したとき
「そんなの許されるのー? ○○さんが二十歳のとき、あの子はまだ8歳よ! 犯罪じゃない!」 と大仰に騒いだ。
そんな彼は、酔えば、酒の席で自分の性行為の話をニヤついてする、まあ、どこにでもいる若者兼中年予備軍だ。
その一方、「ぼくはむちゃくちゃフェミニストですから」 とよく言っていた。


フェミニスト、というのは、そういう意味ではない、というのはこの際どうでもよい。


彼を見て、昔、芥川龍之介が、図書検閲官を、「あいつらは、この箇所が不穏当だと言いながら、自分がどこで興奮するかを言ってしまっている馬鹿ものだよ」 と揶揄していたのを思い出した。

年の離れた夫婦を見て、何を彼は連想したのか。その頭の構造はどうしてできあがってしまったのか。その人間は憐れむべきだが、そんな彼のようなものが多数派の日本人の性に、何を私は示したらよいのか、いまだにはっきりとわからない。

なぜもっと、当たり前に、自然に、悠々と、性をみることができないのか。


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礼儀
- 2007/09/05(Wed) -
わたしの拙い著書を教育機関に配本すべし、ということで、助成金をいただいた。それで、いま毎日、その作業におわれている。まあ、検索数アップのために私の名前をHP上で登録しているNPO団体からは会員情報が来なくなったので、いまは個人研究者見習いということで一人で海に出るだけの日々ゆえ、そんな作業も、また、よい。

各大学図書館から、寄贈希望のメールが来るのだが、それがいろいろでおもしろい。簡にして要を得たメールを担当者名で送ってくる大学もあれば、歯切れのわるい文章で、「○○大学図書館」 というだけの名前で寄贈希望をしてくる大学もある。

わたしのところにに出入りしている高校生に、「きみが来年行く大学の図書館の人はしっかりした文章を書くよ」 と、よいメール文章は見せている。その逆の場合は、見せないが。

わたしは、もともと、ぼーっとしている人間なので、人に怒る、ということはあまりない。担当者名がない図書館に、どう送ればいいか迷うが、それでも、とりあえず、発送している。

わたしがいたNPO団体には、会長以下、(彼らの内輪によれば)「喧嘩っ早い」 人がいたといろいろな関係者から言われる。しかし、それは、正しい表現ではなくて、「虚勢を張るのに懸命な人が多かった」 というのが正しい。

会長はなんで虚勢を張るのか彼の心理はわからないが、30才過ぎで研究所の責任者になった男は、まさしく虚勢の男だった。

彼自身は、人と談笑し飲むだけの日々を、どう仕事をしていて多忙で動けないかと糊塗するために、仕事を依頼されると、怒ったり、周囲を攻撃したり、見下したりするばかりだった。

憐れむべきは、そんな彼らのNPOに献金している企業だが、しかし、彼自身の人生をも、もっと憐れむべきだろう。

そんな彼は、忠告したわたしに 「年長者は、年下の者に怒ってはいけませんよ」 と言い返したことがあった。

それは、きっと、彼がわたしの言葉を歪曲して伝えた年長者から聞いたことばだろうが、それを、当の 「年少者」 である彼自身が言うことの滑稽さ、文法的おかしさ、に気づいていないところに、わたしは笑えた。― というよりは、彼の頭脳に救いがたさと憐れみを感じた。

そんなつまらないこともちょっと頭をよぎった、きょうも汗したたる暑い午後だった。

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未体験
- 2007/09/01(Sat) -
私は、この夏、
新しい経験知識を自分に取り入れることができた。
海底を潜って見る海の世界と
クルマの速度で空間を移動する感覚、である。

もともとは、私が所属しいていたNPO団体の若い職員が、
自分たちは仕事をしないで、
島民と飲んだり、海で採集をしてくることを 「仕事」 と称し、
環境省の委託作業も地元の子どもや研修の大学生にやらせていて、
新参の私にも活動させたくないらしく、
志願しても何も教えず、同行もさせないので、
私は自分で動くことにしようと、
素潜りのトレーニングと免許講習を自腹で受けたことによるものだ。

しかし、きっかけはどうであれ、私は、新しい経験をした。
単純でたいしたことではないが、
他人の子どもたちの世話をしたり、草を刈ったり、船を操作したり、
いまも 「新しい経験」 を重ねている。

成長することを若くして放棄した者たちを私は先のNPO団体で見たが、
自分は、とどまることなく生き続けたいと願う。


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