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singelringen 日本版広告の滑稽さ愚かさ
- 2006/09/04(Mon) -
具体的な商品だから記事にしまいと思っていたが、singelringen についての広告がだんだんと日本語でアクセスされるようになるにつれ、この国でのスウェーデンという国への理解がますます歪められるので、ここでも一言書いておくことにした。

日本のこの広告は、とんだ色ボケの大タワケなのだ。スウェーデンからしたら、呆れるのを通り越して、やっぱり日本人はこの程度だ、と冷笑を買うのがオチだ。

日本だと、それをしていたら 「私は独り者です。恋人募集中です」 とみなされることだろう。そんなものではないのだ。しかし、そんなふうに考えるのが日本人の多数派なので、日本版広告は上記リンクのようになっているのだろう。

singelringen は、独りで生きてゆくことを選択した人の指輪である。

独身でいるととかく身体か精神になんらかの欠陥があるのではないかと思われがちな風土の国(日本などもどちらかといえばそうした国の1つだ)に、スウェーデン的な、中年でも独身で軽々自由に生きて、しかも、家での夕食に招待できる異性も何人かはいる(性的関係なしの良き友人として!)、という、性の偏見から真に解放されたスウェーデン的な生き方をベースにしてできているものなのだ。シリアルナンバーが同じものが2つある、ということで、「赤い糸」 なんて連想するのは色ボケした国民くらいだ。

スウェーデン人は、中年で独身女性でも自由に軽々生きている。日本だったら、そうはいかないだろう。また、ドイツやアメリカからきた女子大生さえも、スウェーデンのそうした独身中年女性教師には驚き・好奇の目を示していた。それくらい、スウェーデンでは、女性も男性も自立し、「独りで生きる」 ことの価値が確立し浸透しているのである。

私の知人で、「結婚は初めから契約。愛する人は別につくる」 と言っている母親がいるが、こんな女性の生き方も、日本ならではの産物なのかもしれない。スウェーデンでなら、「愛」 以外の理由で無理に結婚・出産する必要がない。社会がそれを受け入れる。

singelringen は、
独身で胸張って生きていることの旗印である
とスウェーデン語の広告には書いてある。

日本とあの国との距離は、縮まるどころか、ますます広くなってゆくのか。

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