朝のバスから
- 2006/07/14(Fri) -
通勤する人並みをみて、人々が、みな、それぞれ、さまざまな望みや意図もち、同じ時間に行き交っているのに不思議をおぼえた.

たぶん、たいていの人々は、気に懸ける物事や人がいるだろう.

家族であったり、仕事であったり、なんらかの成功であったり・・・

私には、仙台で、アキラたちと訣れて以来このかた、惜しむべいものはなにもないことを自覚している.

たとえ、私が、この朝にこのバスの座席で死んでも、仕事も、私でなければ絶対にならない、というものではない、

というか、そういう体制にはしていない.

それよりは、このブログの継続がされないことのほうが代わり手がいない、という点では大きい、と苦笑だ.

もー には、覚悟と諦めを教えてある.

アプは、数日は食べなくても大丈夫らしいし.


私は、たいせつなものを、愛惜するものを、もちつづける勇気をもっていないのだろう.

・・・・・・とわかったら、会社に着いた.


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空しささえ無き存在
- 2006/07/14(Fri) -
私たち人間は、カメやネコに比べて、ほんの少しだけ

記憶力がよく、身体がいまの地上で有為に使える.

そのため、懐かしいビルの名前や、愛した人の行為などで

自分の心に生じた思いに左右されることもあり、また、

物質的現象に思考して世界の問いを少し解けたりする.


愛した人との暮らしをあれほど希求したが、一緒になったら

その次の望みにしゃにむにならなければならなくなった.

あんなに加わりたかった組織なのに、入ってみたら、

さらに優位な段階に上ることばかり頭にのしかかった.

だから、いまの欲求も、まぼろしのようなもののはずだ.


・・・・・というようなことを、いま私は考えたが、

きっと、アプや、あの飛びゆく蝶は、

そんなことを考えずとも、それを体現しているのだろう.


ap

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墓参にて
- 2006/07/12(Wed) -
「独身」 で、親族とまったく交渉のない私は、今年も一人で墓参をする。
電車の前に、二人の児童とその両親が座っていて、母親だけが目覚めていた。

私は、同棲は、アキラの母親との場合を最後にしてかつて3、4回したが、結婚はしたことがない。だから、あの疲れた父親の経験しているような、結婚式の結納を取り交わすとか、仲間に式場で祝福されるとか、子どもの出産に立ち会うとか、子どもの進学を喜ぶとかの事柄の本質を知らない。そのことの苦労も知らない。生まれる前の子どもの「喪失」の経験は二回あるが、それと、出産・育児の経験とは別に違いない。

もー の母親を私は遠ざける以上、私と もー の関係もいずれなくなる。あるとすれば、彼女がおとなになってからだ。アキラも、いつか、私に会いたいと思ってくれるか。

まだスウェーデンにいたころは、自分の人生をどう広げて、どの方向に伸ばし、きょうはどのハードルを越え、きのうよりどれだけ自分が成長しているか、ということばかりを意識してきた。

心臓を壊してからは、独りでどう死ぬかを考えている。私がなすべきことを、母校の恩師たちは指示されるが、この齢になって、いまだに自分の価値がわからない。一方で、私を利用しようとする会社もあり、私はそのまま、 もー とカメのアプとともに残りの生をゆるやかに下降しながら過ごそうとしている。

きっと、死ぬまで、私は何もわからないのだろう。
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- 2006/07/12(Wed) -
宗教的絶対者の存在をつきつけられた二十歳のころの私に、考え方のヒントをくれた書物・人物はいくつかあるが、その1つに、武者小路実篤『人間萬歳』 がある。神(あるいは複数だったかもしれない)と天使たちがさまざまな世界を観ていて、その1つに地球もあり、神(々)と天使たちが勝手なことを言い合う、という戯曲である。筑摩書房の芥子色の日本文学全集の武者小路の巻にも収められている。

カメを飼っていて、新しいエサに取り替えてやっているときに、カメが古いほうのエサだけを齧って、新しいエサを待たずにケージの隅に歩いていくときなど、神も、このような目で私たちを見ている存在なのかという想像を、武者小路のその小説は私に思い出させてくれるのだ。

映画 『MIB』 の第1作の最後も、地球を含む銀河系をそんなふうに弄ぶ宇宙人の姿で終わっている。

武者小路のそれは、たとえば、磔刑のイエスが最後に「神よ、なぜ私をお見捨てになったのですか!」と叫んだときには、はるかかなたで神と天使たちが、あの偉そうな人間は何を勝手に叫んでいるのか、と冷ややかに見ている、という内容である。自堕落な天使たちもいるし、神も人間のようなので、逆に立派な人間を見ると、神や天使が、あの人間を見習わないといけない、と思うのだ。そして、最後に、人間はなかなか捨てがたい奴らぢゃ、ということで、神(々)と天使たちが 「人間ばんざい!」 と合唱して終わる、という、いかにも武者小路らしい筋立てなのである。

ようするに、神の存在がどうであれ、私たちは、善く、美しく、自らの知力を尽くして生きなければならないのである、ということを30年前の私は学んで清々とした気分になったものだった。



それなのに・・・、いまだにどうだ。
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顔はひとつ
- 2006/07/12(Wed) -
私と二人だけで24時間以上過ごしたりすると、もー は顔が変わっている、と彼女の母親は言う。
別に、私といても、何か私が 「ためになる」 話をするわけでもない。彼女は、子どもらしく、食べ、遊び、寝るだけだ。

私は、特に女性に好かれる容姿も性格も持ち合わせていない。
かつて、予備校の女生徒で 「先生の顔は好きじゃないけど、脳が好き」 と言った者がいた。彼女は、偏差値40もない子で、別に私は彼女に難しい授業をしたこともない。一緒に話したのは、駅や本屋に一緒に行った時くらいである。

だれからも敬愛される人格者はいるだろうし、
(組織の)だれもが平伏するような立場・地位の人もいるだろう。
さらに、相手や状況によって、真に賢明に言葉・態度を融通無碍に用いこなす者もいる。私がほんとうに 「あいつは偉いやつだ」 と思うのは、そんな人種だ。

しかし、私は、好かれようが好かれまいが、同じ顔で、同じ言葉でゆく。私は、「偉いやつ」 ではない。
数少なく、私に聴く耳もつ者を相手にするだけでも手一杯。
いまさら人の好評価など。
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cause and effect
- 2006/07/12(Wed) -
「原因と結果」 というセットは、英語では、cause and effect になっていたことが多かったとおもう。
「果」は、「結果(result)」 よりも 「効果、実効」 を表す語であったと、私の記憶は残している。

この連関に注目して考えよ、ということを歴史上最初に闡明したのは、太古の仏陀・釈尊である。

死ぬまで、それをよく生き方に現わしてゆくことが務めであるはずなのだった。私たちは、みな。
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老いの頭脳
- 2006/07/12(Wed) -
散髪に行った.

-白髪とかお気になりませんか.

ならないね、全然.

私は、自分の答え方がぶっきらぼうな気がしたので、質問した.

だいたい、髪を染める年寄りはおしゃれなんでしょうね.

-いやー、特に、おしゃれな方々というわけでは…

だって、肉体が衰えてきているのに、髪だけ黒くても…

私のサンスクリットの恩師が、ご自身の師である辻 直四郎先生の老いを語って 「記憶力も最期まで衰えを見せなかった」 とかつて讃嘆していらした.

若い私はそれを聞いて、老いてもなお学問力を気にするところが、この先生らしい、と思っただけだった.

しかし、いま老いの戸口にいる私も、肉体は衰え萎み曲がれ、しわも増えよ、と何も恐れることはないが、もしも、単語が思い出せないとか、外国語を読む根気がなくなる時が来るかもしれない・・・と考えたら、そのときは、生きていても、もう私ではない、といえるゆえ、自分も終わりだと思う.

あの時の先生のお言葉とお気持ちが、少しわかった.
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人がいてこそ
- 2006/07/12(Wed) -
    糸切り歯の詰め物がとれたので、

    9年前スウェーデンに行く前に通った歯医者に電話した.

    いまの住まいとは、山手線の反対側だが、

    腕よりも、懐かしい人にやってもらいたい.

    受付のおばさんも私を覚えていてくれた.

    人は、人がいてこそ、やっぱり愉しい.
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国民性による考え方の違い
- 2006/07/12(Wed) -
昨夜、インド人二人とインド料理屋に行って、支払いのときに彼らの一人が払いそうにしたので、私がこの国の人間として払おうとしたら

ここは彼が払う。そして、払うのは 「一人」 でいい。一緒に食べたのだから、払うのは 「一人」 いいのだ。割り勘にしたら、「一緒に食べたことにならない」。

ともう一人のインド人が言った。

彼らは、故国に、自分の子ども以外にも養っている子どもが十数人いると聞いた。


スウェーデン人―我々は、いかに、また、なぜ』(イリス ヘルリッツ原著) によれば、スウェーデン人が7人でバーに行き、だれかがみんなに1杯ずつビールをおごったら、おごられたスウェーデン人は、7人分払った者と自分の負担を同じにしたいと全員が考えるから、結局、彼らは、「これはおれから・・・」 と各自が言うため、各自7杯ずつ飲まねばならなくなり、支払いも公平に各自7杯分で落ち着く、と書かれている。
スウェーデンでは、この 「自分の分担は自分でまかなう」 という意識が確立しているから、福祉も、教育の機会均等も実現しているのだ。


日本では、どうだろうか?
私がスウェーデンで知り合った女性はかつて日本に留学していたが、彼女はよく日本人男性に食事に誘われ、そのたびに男性が自分に 「おごろう」 としたことに、

-なんであんな無駄なことを日本人はするの?

と私に多少皮肉っぽい笑いとともに言ったことがある。
スウェーデン人(スウェーデンにいる人間がみなここでいう 「スウェーデン人」 ではないことは上掲書にある.我々からみたら同じ西洋人でも、「移民」 はネイティヴなスウェーデン人とはまるで違う国民性をもっている)は、恋人にさえ、おごるのは普通の行為ではない。


考え方が異なることで、どちらがどうおかしい、ということはない。
問題は、違いを知った上で、より深く彼ら彼女ら異文化の担い手とつきあえるかどうかだ。
それでどうなるか、って?

だって、愉しいじゃないか。
 
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主観的感情にすぎない
- 2006/07/12(Wed) -
浪人して大学にはいったとき、1歳下の同級生にひけめを感じた.

就職してから大学院に戻ったとき、年若い同僚に対して、自分はできて当たり前、というプレッシャーを感じた.

30歳を過ぎたころ、人生の選択肢がほとんどないように感じた.

30半ばを過ぎたころ、恋愛さえもおさらばかと諦めた.


しかし、それらすべてが、いま、単なる自分の主観的感情にすぎず、誤った現実認識だった、とわかっている.


心臓を壊して蘇生して、死ぬかという苦しさをいまも時々味わうが、逆に、まだ何かできるかもしれない、とも思えるようになった.これは、年をとった結果の覚醒か.

私より一回り上の大学の先生から、自分はもうだめだが、きみはいまから辞書くらい書ける時間がある、と言われる.

先生の齢まで生きられた時、このあとの10年を、惰性で過ごしたと後悔してはならぬ、とおもう.
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いつも思い出すひたむきな顔
- 2006/07/12(Wed) -
鍋をガスにかけていて、水をつぎ足そうと火から鍋を離して

昔、小二のアキラから、「あ、それをすると火が危ないよ」

と言われたことがある.

スウェーデンでは電気だったから、ついそれをしてしまい、

私は、アキラに、無言で微笑みかえした.


東京で自炊していて、いまもしばしばそれをして、

あの時のアキラの真摯な表情をその都度いつも思い出す.

彼は、親の離婚後、すぐに故郷を出て、赤の他人の私と暮らし、

一生懸命に生きていた.

彼の懸命さにまさる真摯さを、私は、他のだれにも見ていない.


私と彼の間にできた

血の繋がりを越えた結びつきを維持できるような

社会の認識がこのあと日本にもできればよいのだが.
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いつかは訪れるものだから
- 2006/07/12(Wed) -
心筋梗塞で倒れて死にそうになるときはどんなか、と、

私より年上の人からは必ず訊かれる。

私は、苦しくなって、すぐに生命の危険を感じたので、

死体が腐乱して人の迷惑にならないように

119番に携帯電話で住所を告げて、安心して倒れていた。

人の迷惑にならずに死ねる、という安心である。

肉体の苦しさと確実な死への安心が拮抗していた。

4軒めの病院で蘇生したとき、逆にとても苦しくなったが、

死ぬとわかったときは、穏やかに死に対峙していたことが、

人から不思議と言われると、そうかな、とあらためておもう。

でも、きっと、だれでも、いよいよのときはそうではないのか。


ともに暮らす少女には、二人のときにもしも私が苦しんで倒れたら、

うろたえずに、119番に電話して、あとは、外だったら、

私が人の迷惑にならないように注意しているんだよ、

と言ってある。 こんどは、どうなるか。
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季節
- 2006/07/12(Wed) -
童話作家のグリム兄弟(というより、あれは、彼らが

各地から蒐集したものだが)の兄のほうは言語学者でもあり、

「3」 という数が諸言語を支配していると神秘を感じていた.

そのグリムが 「季節の数は緯度が上がるほど少なくなる」

と言った. 無論、当時の狭い世界観でのことだ.

日本は4つなら、スウェーデンは、2つ、か.

心地よいいまごろの夏と、雪が舞い始める10月ごろからの冬と

この2つの境目は、急激に通り過ぎる.

4月は、上旬は地面を氷が覆っているのに、下旬は、

Tシャツになって川遊びを始めるのが私がいたウプサラだった.


その激甚な変化に比べたら、日本の四季は、私には、

mild という単語がいちばんぴったりするよう感じられる.

彩り豊かな穏やかな気候がよいか、厳しく単調な気候がよいか、

たぶん前者のほうが人気が高いだろうが、

私としては、白く暗い厳寒と、紺碧の空と黄色い日差しと涼風、

それだけの季節でじゅうぶんだった.
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さらに、文化の「格」
- 2006/07/12(Wed) -
前記事で述べたことは、「国とそこでの地位」 以外に、文化のさまざまな領域でも言える。

たとえば、いま話題のサッカーを例にとれば、日本人選手がヨーロッパのクラブに移籍することは、「下」 から 「上」 への移行であることはわかろう。三浦カズ選手が中学でブラジルに行ったことは、「サッカー」 という点で見れば、これも 「下」 から 「上」 で、彼は、そこでいまの自分を築いた。しかし、同じブラジルでも、年金でブラジルに移住しよう、という人々は、たぶん、「上」 から 「下」 への〈生きやすさ〉を選択した結果だろう。

引退声明を出した中田英寿選手は、無論、日本からイタリアに移籍して 「下」 から 「上」 に行き、成功できた。しかし、最後に、イギリスのクラブに移ったことが、果たして、これも 「上」 への移行だったかどうか、微妙だろう。

個人レベルで問題なのは、現実の上下関係と、個人認識での上下関係が一致しない場合だ。その場合、本人は不必要に苦しまなければならない。

私がスウェーデンにいたころ、九州大学の医学部を出て、いわゆる、日本での大学職を待っている研究者たちが数人いた。彼らは、無論、日本ではエリートだったし、自分たちもそう思っていた。しかし、ノーベル賞の国スウェーデンでは、彼らは、スウェーデンに 「学びに来た」 者たちにすぎない。彼らは、スウェーデン語を学ばず、日本人だけの内輪でスウェーデン人学者への不満を日本語で言い合い、スウェーデン人研究者からは、もう少しまともな英語を話せ、と言われていた。

彼らは、それでも、「スウェーデン留学」 という 「成果」 を得て、任期を終えて帰国して大学職に就いた。その意味では、彼らもまた、「下」 から 「上」 へ行った者の成果を挙げたのだ。

スウェーデンは、ヨーロッパの田舎、と呼ばれる。スウェーデン人は、首都のストックホルムを 「大きな村」 と呼ぶ。その一方で、スウェーデン人は、実に、自国の文化に極めて高い度合いで尊さをみとめている国民である。そのあたりの、スウェーデン人の飾らない態度と内面の誇りのバランスもまた、Gillis Herlitzは書ている。

単なる外国語を知ることだけでなく、国民性を知ること、そして、その上で人としての個性を知ることが、異なる文化から学ぼうとする者には求められる。
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Jonney, the dancer
- 2006/07/12(Wed) -
私のスウェーデンの友人で、運動もダンスもうまく

何よりも信義にあつかった男が

ずっとガン治療をうけていたのを、昨日、

本人からのメールで知った.

私は自分の心臓のことは伏せてあるが、

1日おきに日本からスウェーデンに国際電話をかけてきていた

アキラの母とは、電話で話したことがあり、

彼女が頚椎ヘルニアになったことを見舞ってくれた.

Jag väntar på framtiden, när vi kann träna tillsammans på gymmet igen.
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