未来は世界を知ることのうちに
- 2017/09/17(Sun) -
スウェーデン人の民族学者イリス=ヘルリッツ(Gillis Herlitz)によれば、「スウェーデン人は人前で自分の子どもを声高に叱りどやしつけるようなことはしない」という(Svenskar s.94)。この発言は、もともと、いまや移民第三世代の時代を迎えるスウェーデンにおいて、スウェーデン人側から、異文化の担い手である移民に対して自らの文化・国民性を弁明しようと意図された書中なればこそあえてなされたものだとはいえ、私たち日本人には、とりたてて驚くような事柄ではないと言えよう。確かに、それらは、家長、あるいは、親が子に絶対的な権限を有する、主として中近東の国々からの移民に対して言われなければならなかった断り書きだったろう。だが、その実例が、マーケットで自分が食べたいお菓子の前でぐずっている子どもの顔の高さにしゃがみこんで静かに目を合わせて語りかける母親、ということになると、日本人にとってもいささか痛いところをつかれた気がする人も多いことだろう。しかして、スウェーデン人の母親がそうする理由が、「それを見る他者に苦痛となるような行為を慎むのがスウェーデン人であるから」と言われると、もはや、おおかたの日本人の親は、そうやすやすと「私もそうだ」とは言えまい。この「他者に苦痛となるような行為は慎む」というのはどのようなことなのか。単なる、むしろ日本人には得意な、「世間体をはばかる」ということなのか。  ヘルリッツはさらに、「スウェーデン人の親は子どもを教育していない」という外国人による非難に対して、「スウェーデン人の親も家では子どもに口うるさく言っているのである」と弁明している。このように言われると、まさしく「世間体をはばかる」ために、スウェーデン人の親は人前で自分の子どもを叱りつけないのだ、と言ってよさそうにも思える。 * * * * *   「国民感情」という抽象的な言葉にも確かな実態が存在する。それは、その国民が代々受けてきた学校教育のおかげで、また、各時代においては、マスメディア等によって形成される情報のおかげで、その国民が自然とある特定の事柄には特定の方向の感情を集団的に共有せざるをえない性質をもつに至った状況を意味している。たとえば、私たちが「核兵器」と言われれば、「もうやめてほしい」という嫌悪にも哀願にも似た感情を抱かざるを得ないのも、私たちが受けてきた歴史教育のおかげだ。たとえ、広島や長崎で肉親を失っていない者でも、私たち日本人は過去に生きた人から現代の者まで、ずっとそういう感情を抱かざるを得ない点で他の国民とは異なる国民感情を有する。近頃できた「勝ち組」とかいう言葉で表されているとされる人々が有する生活水準が何か人生の成功指標のように思われているのは、この時代限定の国民感情であろう。  そして、スウェーデン人の国民感情としてあるもののうち、最も大きなものの一つが、「他者が苦痛を受けているのは見るにしのびない」という心情である。スウェーデンでは、早くから夫による虐待を受けた女性のための避難施設が設けられた。いまでは、子どもが親にぶたれそうになると、子どもが「ぼくをぶったら警察に通報するよ」と親に言うと前掲書にも書いてある。激昂した外国人がスウェーデン人と口論をして、相手の襟首をつかんでスウェーデン人に「殺すぞ」と言ったとしたら、それは立派に警察に通報する理由になる、とやはり同書に書かれているし、私は、酒の席でそういう場面にでくわし、同席していたスウェーデン人女性がすぐに警察に電話する様子も見ている。幼稚園では、日本風のアクションヒーローの変身ポーズを日本人の幼児がしただけで「あぶないからやめるように」と先生が制止する光景も見た。帰国した日本人主婦は、スウェーデンになじんだせいで、日本の母親が子どもに金切り声をあげたりおどしたりするのを見ていて苦痛になる、ましてや、子どもをたたく親は見るにたえない、と私に手紙をよこした。  スウェーデン人の親は、こうした心情から、人前でぐずる子どもを叱りつけるようなことをしないのである。それは、もちろん、自分の子どもをどやしつけることで子どもに精神的ストレスを与えたくない、という気持ちもさることながら、もっと大きなことは、そのような光景を見せられた他人が苦痛を感じることをすまなくおもう気持ちなのだ。  さらにこうしたことは、スウェーデンでは、なにも人間同士・子どもや女性相手の場合ばかりでなく、対動物、はては、自然環境に対しても言えることなのである。動物虐待とは無縁なのがスウェーデン人の動物に対する考え方だ。犬や猫でも、それが苦痛を感じるようなことはしたくない、という感情がだれにもある。自然の景物・貴重な遺跡もスウェーデンではたいていが柵もないままに原野・広場に放置されている。そのようなものを盗んだり傷つけたりする者はスウェーデン人の中にはいない、という確たる認識があるからなのだ。(スウェーデンがEUに加盟する際の国民投票の結果が賛成五十一%・反対四十九%と票を割った理由が、ヨーロッパの諸国人に自由にスウェーデンに入ってきてもらいたくない、という感情だった事実にもこの点は反映されている。)学生寮の前にふんだんにいる野生の大型のリスやハリネズミなども、それをつかまえてどうこうしようという考えを抱く者はスウェーデン人には絶無だ。自然に存在するもの・野生にいるものは「そのままにしておく」ことが、他者に苦痛を与えないスウェーデン人流の態度なのである。  こうしたスウェーデン人の国民感情から生まれたのが fridlysa というスウェーデン語の動詞である。スウェーデン語はゲルマン語族に属し、英語やドイツ語と対応する単語がたいていは存在し、さらに、同じ北欧圏のアイスランド語・ノルウェー語・デンマーク語とは姉妹言語で方言同士の差異以上には違わない言語なのだが、この fridlysa だけは、スウェーデン語にしか存在しない単語である。単語の構造は、「平和」を表すfrid-(ドイツ語の Frieden に対応)と「相手が求めるままにしておいてやる」という意味を表す -lysaの部分(英語のlet 、ドイツ語の lassen などが対応)との合成語である。この、「平穏なうちにあるがままにしておく」という動詞が過去分詞になると「保護された、保護されている」という意味にまで発展する。 * * * * *  スウェーデン人の親が人前で自分の子どもに金切り声を上げないのは、決して「世間体をはばかる」ためではなかった。日本人の「世間体」は、生活のさまざまな局面に「恥」と「禁忌」を重んじる態度の反映であろう。しかし、スウェーデン人が子どもを人前で叱り怒鳴りつけないのは、彼らが有する「それを見ている人の苦痛となるような行為は慎む」という、「他者に苦痛を与えないことを何よりもよしとする」心情こそがその根底にあるものだったのである。果たして、それを共有する国民はどこかにいるのだろうか。  政治制度や天皇制(王制)は意図的に、文化の流行などは自然発生的に、スウェーデンのそれらを模倣している局面が実は日本社会にはさまざまな場面で見られる。しかし、スウェーデン人の国民性は、そのさまざまな特質のうちのこうした一つをとってみても、一見すると日本人と類似しているような性質でありながら、その真実のあり方は日本の文化風習しか知らない日本人にはとうてい想像だにできないような性質のものなのだった。  私たちがよりよく人間(じんかん)にあって生きるには、また、私たちが未来に地球環境の中でよりよく生きるには、私たちがもたない知恵や心情を有する他の文化の担い手から学んで自己を変革してゆくしかないだろう。そうすることで、地球規模で他者理解の環(わ)が構築されてゆくはずである。たとえそれが、ニンゲン的愚かさから、我が身にまとうにはとうてい困難であろうとおもえる知恵・心情であろうとも、未来の世代は、その多様な袖に手をとおし続けてみる努力からのがれてはならないだろう。
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スウェーデンに留学しようという日本人大学生に告ぐ (ii) とりあえず例証1つぐらいは
- 2017/08/30(Wed) -
care



という文字が日本人の目にはいったとしよう。




日本でも、当たり前のように、商品の記名に使用されているものである。







この文字らしきものの羅列が、



何か、 皮ふ か、 髪 か、身体が不自由な人か(片輪と呼べと後輩の乙武くんが言っていたが)高齢者か、なんらかを










「大事にする」




という意味であろう、


とわかるのは、



欧米人の子どもなら、自国の類義語、あるいは、類義語にない単語として特に教わるので、4,5歳で、わかるが、




日本人の若者なら、15から18ぐらいでわかるようになるのが関の山だろう。





思春期を、これら諸々の当たり前の世界語を知らないで生きるのと知って生きるのとで、







大学に行くころの精神年齢、世界観の広さ の差は?








僅かの、



研究者とか、 実業家とか、  が



世界に日本人の名前をはせているが、





そんな、「僅か」 は、




日本に限らず、アジアやアフリカのどこにでも、存在する天才偉人たちのことなのだ。

日本が偉大なわけではない。








日本人の若者たちよ、





世界へ行け、いや、行くのはもはや容易な時代。 行って、戦え、己の能力を駆使して戦え。




そのために、




外国語を英語以外にもマスターせよ。当然の使命である。世界人になるならば。

スウェーデン人だって、見ているぞ、きみが、故国で訓練してきた英語だけで済まそうとしているか、
日本ではちゃんと教われないスウェーデン語をマスターする気概がある外国人か、を。
スウェーデン語をマスターしなければ、英語を知らない幼児のスウェーデン人とか、
英語を忘れた高齢のスウェーデン人とは会話できない。

同じように、

中国語でも、リトアニア語でも、
ロシア語でも、アフリカ大陸の言語でもいい。

語学は学問ではない。

しかし、能力あればきもの人生を豊穣にする。


例えば、優秀な医師でも、英語しか話せなければ、世界のかたすみの子どもは救えない。



真実を言えば、

英語を知っているくらいでは、世界人ではない。







そして、諸外国人に劣らぬ体力も、当然に、もて。







それができる日本人若者はいるであろう。





日本の開国をまっていた日本史の先人たちの後裔に、








きみらこそ、なりたまえ。











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偉丈夫
- 2017/08/22(Tue) -
久しぶりに病院に行った.




夕診時間である.




さらに大型台風が翌朝未明に島を直撃する、というときであった.




私の例の内臓の薬を、飲まないでもいいや、とおもって滞っていたところをもらいに行ったのだ.




* * * * * * * *



医師と無沙汰のあいさつをして、会計を待っていたら、



車椅子の入院患者が自動販売機に来た.私のすぐ横である.



彼は私より年長で、よれたパジャマと寝癖のついた頭と無精髭であった.



百円をいれて自販機を見て呆然としている.



30ある自販機の品物のうち、百円で購入可能ランプがついたのは、水とポカリスウェットの小さなボトルだけだった.



私は、彼の左脚が膝から下ないことに気づいた.



そして、頭にも障害が?……などと心配になった私は、彼に、「この二つが買えますよ。どちらですか。私が押します」と尋ねた.



彼は、「おれがほしいのは右のほう」



と言ったので、私は右側の清涼飲料のほうのボタンを押した.



しかし、落ちてきたボトルを見て、彼は、「ちがう。おれがほしかったのはオロナミンCなんだ」
と述べた.オロナミンは最上列右端であった.



「右端」 を 「右のほう」 という語法はありうる.誤った言い方ではない.



私は自分の過失を認め、しかし、



「あなたが入れたのは百円ですから、水とそれしかランプがつかなかったんです。オロナミンは百十円です」



と述べた.彼は私の言うことの一部だけに価値を認めたのか、自分の車いすの座布団の下をまさぐって百円硬貨を探しだした.



「これはあんたにやる。ええと……、買うつもりで、百十円あるはずなんだが……」



「あるんですか」



「十円ある。ちょっとみてくれんか」




片脚のない彼を持ち上げると、尻の下に十円硬貨が座布団の上で恐縮していた.



彼はそれを追加投入して、無事に所期の飲料を買い求めた.



「これはおまえにやる」 さらに彼は最初に買ったものを私に突き出した.



「いいですよ。だれかお見舞いに来た人にでも」



「いいから!」



年輩者にこう言われたら、従うしかない.




名前を呼ばれたので会計に行ったら、受付の女性が、「あのおじさんやさしいから」 と私に微笑んだ.




私は彼のところに戻り、小さなボトル飲料をもらい、彼の名前と病室の階をきいた.





「台風が来るんだろう。クルマが走れなくなる前に、あんたはもう帰れ」




私は辞儀をして 「それでは、また」 と背を向けた.

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世界
- 2017/08/17(Thu) -
世界は、



美しいはずなのだ.




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旅行や、



異境の土地へ異動になったりしたときくらいしか人はこのことに気づかない.



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私たちは、




本来、満ち足りている存在のはずなのだ.





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静謐 ── 旧盆に
- 2017/08/14(Mon) -
新宿区高田馬場で学生生活を送った私は、
横浜出身であっても実家にほとんど帰らなかったから、お盆の時期も正月も大学そばのアパートで過ごした.

正月よりも、お盆が好きだった.
都会の雑踏の波が引き、人が街からいなくなる.

学生は無論夏休みでいなくなるが、早稲田通りの人ごみもすっかりなくなった. いまはどうかな.



そして、ここ、沖縄は宮古島は、

年中、そんななのだ.


きょうも旧盆だが、
別に、きょうも、ふだんと同じ静かさだ.

この静かさは、石垣島はもちろん、八重山の離島でもなかったものかもしれない.

宮古島がそうなのは、たぶん、それが、この島の特性なんだろう.島の商人には残念かもしれないが、私には、よい.



スウェーデンでも、クリスマスの時などは、学生がヨーロッパじゅうに帰省するので、
アジアの私などは、中国人ぐらいとしか話さなかったかもしれない.いや、たぶん、だれとも.
スウェーデン人の娘が、そんな孤独を味わう私のために、カセットテープを遺していってくれたりもしたものだ.



静かであれば、
勉強によい.

それは、いまもかわりない.


だれかの歌で、
「ふたりだけこの世に残し、死に絶えてしまえばいい」
とかいうのがあったとおもう.

手塚治虫の 『火の鳥』 で、山之辺マサトが、人類滅亡の後で独りで永遠に生きる場面を、中学の私は読んだが、



いまの私も、これまでの人生で目指していたものから隔絶して


静かに図書を相手にしているだけで、


やっぱり、若いころに感じたものは年とっての人生の舵となるのかもしれない、としみじみおもう.


だから私は、島の若者にも言いたいことがあるのだが、


おとといからはそんな若者も来ない.


ただ、けものたちに食餌を与えるだけが義務の日だ.




これでよい.



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シチリアの Pietro
- 2017/08/05(Sat) -
まだ私がスウェーデンに行く前、
ライフイズビューティフル』 という邦題の映画を観たことがあった.
(映画についてはつとにご存じの人も多いだろう.)


そのころは、世界を知らない私で、イタリアも、そして、ドイツの場面になっても、所詮映画だから、
などとなんとなく普通にたいていの観客のようにその映画に 「感動」 して映画館を出たようにおもう.



このブログであちこちに書いているが、

私には、スウェーデンでは、

よき師、

よき女友達

が数々いたが、無論、

男同士いつまでもかわらぬ友情を、そしてそれをいまも信じられる友もまた.


Christian Kampitsch



Jonny Nilsson

のことは書いたことがある.


きょうは、

イタリア人の Pietro のことだ.



やつは、

顔は、日本人俳優の阿部寛と松方弘樹を合わせたような、いわゆる、目つきの鋭いいい男であった.

そのやつが、私たちのコリドーへウプサラ大学留学に来て、その晩、すぐに、私に尋ねてきた.

「スウェーデン人の女の子をおとすにはどうしたらいい?」





初対面の第一声でこんなことを他人に尋ねるやつがいたら、日本でならアタマがおかしいと思われるだろう.


しかし、このイタリア人の言葉は本当で、

私もそのころは、

イギリス人やフランス人の女の子の粋なノリのよさもわかっていたころだから、

こんなことを目を輝かせて微笑んで言うイタリア男にも、まぁ、びっくりはしなかったが、

それでも、


「おまえは、ばかか?」 とは即座に言ってやった.




── なんでそんなことをおれにきく?

── スウェーデン人の女の子のくどき方なんかスウェーデン人の男にきけるかよ

── まあ、確かにそれはあるが、しかし、ドイツ男もフランス男もいるだろう

── おれはおまえからききたいんだよ.おまえは日本人だし、教えてくれるだろう.

── ばか.いったい日本人をなんだとおもっているんだ.おれをなんだとおもっているんだ.あっちいけ.



などという阿呆極まる会話をしたのち、私とこの憎めないピエトロは仲良しになってしまったのだ.
(スウェーデン語を話せなかった彼との会話は、英語か、イタリア語の古語ラテン語であったが.)



やつは、最初、同じイタリアからの留学生の女の子とつきあっていた.

スウェーデン人の恋人は、いくらやつが美男でもそうやすやすとはできなかったようだ.

しかし、私たちコリドーの男たちは、スウェーデン人の男も含め、ピエトロのイタリア人の彼女がよくできている、とみな好感をもっていたものだった.

ところが、ある時、その彼女がふっつりとピエトロのところに来なくなった.

みんなが心配して、キッチンでもピエトロがいないとピエトロの彼女の話をしたりしていた.


そこで、私が、みんなを代表して、ピエトロに、彼女は最近来ないが、どうなった、と尋ねた.


── 別れたよ.捨てた.


それがあっさりしたやつの言葉で、私は、やつの胸ぐらをおもわずつかんだ.
(ピエトロは、美男だが、身長は私より低かった.一見すると、弱い者いじめの図である.)


そのあと、私は、無言で抵抗しないピエトロに誘われ、冬の戸外に出た.


二人とも押し黙って、コートのポケットに手袋の手を入れて、肩と肩をぶつけるように並んで、暗い雪道を延々と歩いた.

彼は彼女と終わったきっかけの数々をぼつぽつ話し出し、

そこには、私の日本人の恋人との別れとほぼ同じ事情と理由もあり、

気づけば、私たちは雪と氷で白く光る夜道を熱込めて語り歩いていた.


恋愛の終わりは、


国の違いを越えて、


どこでも同じなのかもしれない.





── おれもつらかったんだよ。


とやつが言い、


── そうか、そうだろうな.


と私も言い.


私たちは握手をして抱擁しあった.





イタリア人には、恋愛は重要なことなのだ.スウェーデン人にとっても、恋愛は人生の最後に至るまで営むことなのだろうが、

イタリア人にはまたそれなりの、スウェーデン人とは異なる営み方があるのだと私は理解した.



ピエトロは、その後、美しいスウェーデン人娘・Sophia を恋人にした.
ソフィアは、イタリア美術を専攻していて、まさに、ぴったりの間柄だった.

私は、帰国するピエトロから、彼がイタリアからスウェーデンまで運んできたエスプレッソマシンをもらい、

シチリアに来てくれ、と言われた.



地中海にも、



やつのいまの恋愛を見に、



いずれ行かねばなるまい.




dlf





(20120407)
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文化の固有性
- 2017/06/01(Thu) -
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このサイトのあちこちで異文化を受容する必要を述べている。



しかし、それは、



私のように、もう故郷に帰る必要もなく家族もいないような人間の必然であり、



普通ならば、



沖縄の人なら島のこころを忘れず、



日本人ならやまと心を忘れず、



スウェーデン人ならスウェーデン人のメンタリティに常に帰る



のが必然なのではないか。



日本で最高の絵本である『100万回生きたねこ』もスウェーデン人にとっては仏教の輪廻転生譚になるのもやむを得ないのか





離島の子どもに世界を語っても無関心が当たり前なのか。




佐野洋子さんは確かに猫を飼っていらした。立派な白猫であった。そして、私に互いの恋愛経歴を話そうと愉しそうにおっしゃった。西暦2000年の炬燵にミカンの季節のことである。




佐野さんが尊んでいたものをスウェーデン人編集者がストレートに理解できないように、島国の民も世界を見ようとはそうやすやすとはしないのか。




しかし、もう私は、「蛇の舌」 と呼ばれたアイスランド人のように、故郷を出て世界を見る人生を選択した。






いききるまでである。
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日本人の精神の貧困
- 2017/02/17(Fri) -
私がスウェーデンに、行って帰らない留学をした時、最大の恩師・原 實 先生は、
ヨーロッパは実力主義だからな
という助言をくださった。望むところ。私は自分がやっと正当に戦える世界に行けると満足だった。


日本はその反対、「馴れ合い」や「情実」の社会だと言われる。

そうした日本の現状を嘆く人々はすでに多くいる。

私がここで言いたいことは、

馴れ合いでトントンと「出世」したかつての同僚を知る大多数の人々が、
われもわれもと「出世欲」にかられ、

家族交友関係を忘却し、上の者の顔色を気にかけそれに左右され、
なんとか自分も「上」に、「勝ち組」とかいうものに入りたい、と、
地道にこれまで40年50年と生きてきた人々までが、
亡者(もうじゃ)
と化している日本社会の状況なのである。

どうして、
毀誉褒貶などは愚、だと気づけないのか。
よい年齢になって、かえって、地位や肩書をほしがる初期中年層たちよ、


きみらが不安定でどうする!

若者に、

真の実力あるものを目指せ、ときみらが言わないでどうする!


日本の精神の貧困は、まだまだ続きそうだ。

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文化と風土と感情と
- 2017/02/11(Sat) -
土地には、そこならではの気候と、地形的景観と、人々の気質、というものが必ず伴う.

クリスマスの風習は日本にもあるが、地球人が生んだ 「クリスマス」 の景観は、北欧でなければ味わえない.

それには、暗い空と、いてつく寒さと、足元に光る雪と氷と、窓辺に輝く電飾が必須だからだ.

そして、たぶん、広大な風土と、他者に寛容で心こまやかな人々もまた.


その一方で、新年の祝いの仕方は、日本がその第一の土地だと名乗りを挙げてもよいだろう.


ヨーロッパでは、新年明けは、クリスマスの一部で、私がいたスウェーデンのウプサラ大学では、元旦から授業もあった.

陽光輝き、やや暖かすぎる屋内の暖房と身ひきしまる外気と、その日は威儀を改める人々とが、新年明けにふさわしい.


・・・・・・というようなことを私が言うと、世界には、もっと 「これにはこの土地がふさわしく象徴的」 という候補がたくさんあることだろう.


恋人としみじみ歩く場所として象徴的な通り・・・・・・
子どもが落ち着いて登校するのに象徴的な環境・・・・・・
地球文明の最先端を研究するのに象徴的な場所・・・・・・
独りで隠遁したい修行者が身をおくのに象徴的な土地・・・・・・
若者が集まって能力を全開して生きてゆくのに象徴的な街角・・・・・・

そんなものが無数にあるのが 「世界」 なのだ。
画家や写真家や映画監督や小説家たちは、そのような風土を求めて世界を観る.
だから、人は、広い世界を知るべきだし、それが、その人間の中身の広さを決めるのだ.


スウェーデンの草原の風を知っていても、日本で生きるのには何の役にもたたないだろう・・・とおもう人がいたら、その人は、まだ、生きることの意義がわかっていないということだ.

生きる、ということの意味と、だれもが求める 「幸福」 は、目に見えないところに存するものなのだ.



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(本記事は、2007年10月5日、東京において書かれた.)


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正しさの(一)
- 2016/10/18(Tue) -
人は、みな、自分の愛するものと生きている.生きているなら、愛するものといるはず、という心理の逆である.




愛する研究対象



愛する人




愛する動物





役立たずだが愛さざるを得ない子ども・・・など




だから、




ニンゲンはみな幸福なのです.





それを、




ノーベル賞をとった人と比してうちの息子の不出来を嘆くのはまちがいとなります.





愛する研究対象に邁進した人と、

愛する木偶の坊の息子にご飯を作り続けた人生と、




自分の愛の対象にすべてを捧げた、という点では同じです.



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