スポンサーサイト
- --/--/--(--) -
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
教えられない
- 2016/09/20(Tue) -
「アタマがよい」 ということはどういうことなのか、と
私のところに勉強にくる子どもたち、特に、高校生をみていてよくおもう.


私がこういうとき、単に、試験の点数が高い、ということばかりでなく、
よりよく生きている、ということも含む.
(無論、なにを 「よりよい」 とおもうかについて私とは意見の違う人もあろうが、それは別の話.)



生まれつきの記憶力とか、これまで机に向かってきた時間とか、人の言葉に耳傾けてきた度合いとか、
狭い島の若者でも頭能力に違いをもたらした要因は数々あることだろう.
しかし、もっと肝心なことがありそうにもおもえる.




昔、ソクラテスが議論していたテーマの1つに、
「よりよく生きるため、人生で成功するための知恵は、だれでも最愛の者、たとえば子どもに伝えたいとおもうはずだが、成功者の子どもが必ずしも成功せず、賢者の子どもが必ずしも賢者でないのはどうしてか。それは、そのような知恵は教えることができないからではないのか。いや、いやしくも〈知恵〉と呼ばれる以上、人に伝えられなければならない」 といったようなものがあった.



だから、教師は、どんな子どもも同じように優れた頭脳の持ち主に育てることはできないのか、
と言ってしまっては、ここはしかたない.



私がおもうに、子どもの能力の違いをもたらすものの大きな要因の1つに、
「世界観」 というものがあるのではないか.
これは、世界観の 「広さ」 と 「方面・領域」 の違いの二元的なものなのだが.
(しかし、後者は、所詮は前者に吸収されてしまう.
また、日長畑を耕している離島の老婆も、どんな異邦人にも隔てなく接することができる、という点で、
その 「人間観」 が無限の広さをもつが故に、また、賢明なのだ.)



たとえば、教師がある助言をしたとしても、それに耳を貸すか何も反応しないか、は
その子どもがもっている、社会や世界に対する見方によって価値づけ方が違ってくるからだろう.

言えることは、世界や社会に対する見方が偏りなく、全方向に広い子の方が有能、ということだ.


しかし、世界観を変容・拡大させることは、試験で満点をとらせることよりも難しい.
それは、その子が育ってきた環境・受けてきた感化などにより、
数年しか接しない教師が破るには牢固にすぎる習性を相手にしなければならないからだ.


それでも、教育者は進まなければならないだろう.


なんといっても、子どもたちこそが、未来をよりよくつくる創造者なのだから.



WHITE20RHINOCEROS200130.jpg

110606
スポンサーサイト
この記事のURL | 次世代 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
キッチンペーパーぐらいのおかげで
- 2015/09/14(Mon) -
猫にレバーを焼いてやろうと、まな板にキッチンペーパーを敷いて



豚レバーを切り始めた. よくやる行為だ



が、きょうは、別のメーカーのペーパーを敷いた.




レバーを切るたびに、切り身の下に紙の薄表面が貼り着いて面倒なこと夥しい.




要するに、この用途では、使えないキッチンペーパーだ、ということだ.








このように、




人にも、




使えない者がいる、







ということを、同様に言ってもよいかな? いいだろう? 言おう.






キッチンペーパーの材質や製法が違うように、






人も、受けた教育や出会った人によって、行動様式や倫理観やその他諸々違う.







しかし、世間で、人に 「使えない」 と言うと、なんだかかこっちが不徳義漢の大悪党のような印象を周囲に与えてしまうが、







今後は、はっきり言うぞ、






「あの人は (or あなたは) この仕事には使えない」






と、







人にも.






20130612-153455.jpg
(写真猫と本文とは関係ありません.)

130710
この記事のURL | 次世代 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
高校生に
- 2015/03/14(Sat) -
<div align="right">(2011.3.12.記)131102

陽の光の性質も向きも違う





周囲の植物も家具も違う





目の前にいる人間の体格も髪も目も違う





飛び交う言語も違う





まるで別世界だろ?





だから、せめて、地球規模で生きてこい、と言うんだ





愉しいぞ






わくわくの連続だぞ





そして





きみ自身も、いまの自分の想像を超えた何者かになるから.









ヒトして、正しく覚醒するから.





Uppsala Slottet

この記事のURL | 次世代 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
センター試験直前3日前
- 2015/01/14(Wed) -
おおかたの外国語教育者とは違った見解をもつ私のところに受験英語を勉強に来る沖縄南西の離島の高校生たちは、



それでも、いまの時期は、ふつうにセンター試験の準備をしている。





過去問はもうすべてやってしまっているので、

(これまでは、センターよりやや難の大学の長文問題をやらせていた)

しかし、この三日間のためにとっておいた三回分の過去問を、時間を計測しながらやっている。





私の受験英語の理論は、

長文読解力をつけること、に尽きる。






目に見えない 「読解力」 という、本人にしか自覚できない能力を高めること、


具体的には、


いかに早く深く読めるようになるか、無論、完璧に理解できればよいが、受験生にそれは絶対要件ではない。


一方、第3問の B と C のように、ポイントを押さえる読み方も必要である。






センター試験の長文を苦もなく読めるようになっていれば、



そんな若者ならば、英語圏に行って英語に取り巻かれて生きても、英語でレポートを読み書きでき、英会話も数週間で問題なくできるようになるはずである。



私は、スウェーデン語をまったく習わずにスウェーデンに行き、
1ヶ月後には完全にスウェーデン語だけで生活に支障なくなった。
スウェーデン語で専門分野の長い論文を書いて出せるようになったのは
8月末に留学してから3ヶ月後、12月のことである。









センター試験の英語問題は、問題としては実によくできたものである。






惜しむらくは、その 「予想問題」 と称して出されている各種出版物の問題の質が、入試センター作成の問題よりも著しく劣るため、





それをやらされた生徒が不要な不安や自信喪失に陥ることである。わるいのは、出版社や予備校、つまり、できのわるい大人たちなのだが。









若者よ、成長せよ。







未来は、きみらの力にかかっている。



20130625-153729.jpg

09042006(017).jpg



20131124-173009.jpg
(現在は別の建物に移転した旧塾舎)

この記事のURL | 次世代 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
私が離島の高校三年生にさせる英語勉強
- 2014/12/24(Wed) -
センター試験の過去問の第六問を一日一問はさせる。あとは第二問Aの抜粋で文法説明。


4ヶ月くらい、週に六日くる者なら、第六問と第四問の過去問はだいたい終わる。



読解をさせるのは、それが最も時間のかかる受験勉強だからだ。



英会話ができます、と親と来る高校生がいるが、そんなものは私にはゴミ同然だ。会話が最も簡単な外国語能力。
いま日本の各所で会話が重視されているが、それは、いまの指導者層が苦手だからで、







センター試験筆記で150点ぐらいとる中の上くらいの高校生を英語圏に放り込んだら、たぶん、



一週間で日常会話はできるようになるはずである。






外国語学習で最後まで問題となるのは、どれほど難しい外国語論文がきちんと理解できるか、




そして、正確な外国語文章 (手紙・レポート・論文・記事等) を自分で書けるか、ということなのである。






もちろん、受験英語では、後者は要求されていない。








基本は、論理的な文章をちゃんと読めるか、そして、簡単とされる日常会話を聞いて正しい選択肢を選べるか、程度の安易さなのである。









だから、私は、センター試験の第六問と第四問の過去問はすべてやらせる。昔の第六問に慣れればいまの第五問は容易に感じるらしい。第三問と第二問Cは全部読まずに解くコツを教える。





センター試験の文章は、有名予備校のつくる模試英文と比べて格段に優れている。模試英文は私も以前つくっていたが、所詮は、数名の頭脳しか経由していない不完全品と言える。
偏って変な文章を読んで点数が悪かったといっても、子どものせいではない。

有名予備校の模試結果などは気にする必要はない。模試をうける利点は、例えば、時間配分をどれだけできるようになっているか、等を実地に試すことに意義がある。






アメリカでは、英語で生きていても、新聞も読めない、メールも正しく打てない、という者が社会問題となるほど多いことからも、会話能力よりも、ちゃんと受験長文問題を読んで余裕で解答できるくらいの、「読解力」 という、目に見えない能力の要請が日本の高校生には必須なのである。






社会がそのことを理解しないのは仕方ない。日本はまだ鎖国時代の後遺症の延長時代なのだから。





しかし、若者は着実に存在し、未来を担い、そして、やがて老いてゆく。




その若者が、未来の役に立ちたいとおもうなら、







まず、複雑な外国語を読んで理解できる頭脳を持て、





というのが、





私の教えなのである。




20141027-202117.jpg
(写真と本文はまったく関係ありません)
この記事のURL | 次世代 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
美しい存在
- 2014/10/26(Sun) -
1410261

正月の全国高校サッカー選手権の沖縄県予選準々決勝一試合がきょう午前、離島チームのホームで行われた。

私のところで英文読解の訓練を受けているゴールキーパーの生徒がいるので私は練習から見に行った。

彼はおとといまで練習のあとも私を訪ねて勉強も欠かしていない。

いつもは、うちの毛物どもに消しゴムをとられたり、えんぴつを噛まれたり、問題用紙の上に寝そべられて途方にくれたりしている、




その

太い大腿と腰をした精悍な、礼儀正しく物静かな若者が



きょう優勝候補相手に味方が先制ゴールをあげた時、







内なる姿を見せたかのように、






自分が守る自陣ゴール前で筋肉の固まりになって







よしっ!!!








と吼えた。










彼はその後、3度ゴールを割られ、チームは敗れた。








しかし、彼のグラウンドでの存在は確かに美しかった。









未来を担う若者の立派な姿を見られることは、ニンゲンの幸せの1つなのだった。






この記事のURL | 次世代 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
自覚した、つまり、ブッダたることの苦難
- 2014/10/14(Tue) -
ヒトはどうして自分の考えの及ばないところを考えている別のヒトがすぐ隣にいる、という可能性を思わないのだろう。





自分が及ばない考えをいだく者の存在を常に意識しないとは………




無知の幸福、



というべきか。








この記事のURL | 次世代 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
明るみによせる
- 2014/06/12(Thu) -
先日、島の高校に、



以前もしたラテン語の特別授業と、

以前問われて等閑に付していた 「翻訳者になるということ」 というテーマで高校性に話す件のふたつについて、



ようやく仕事が休めたので赴いた。 校長と教頭が迎えてくれた。







そこで、私が島にきて教えた高校性たちの話になった。


思えば、この7年ほどの間、年に1人くらいは、私にとっても興味深い頭脳と個性をもった若者が私の家に出入りしていた。






おかげで、私も、映画館博物館ひとつない島でも退屈しないでいられた、と校長教頭に謝辞を述べた。



きっと、のびのびとした学風の高校なのだろう。






スウェーデンのウプサラ大学でも、いまが、学期末、夏休み前の試験期間中だろう。




飲食物をしこたまもって、一日で数科目の試験を、試験場の出入り自由で受ける形態に、




ニンゲンとしてもっとも進化した大学のあり方だと感心する一方で、




試験の解答も全部スウェーデン語でしなければならないため、





古代アイスランド語やルーン石碑の試験では、問題文の翻訳もまた、


スウェーデン語の自分の文章の工夫のなさ、字句通りの訳文の味気なさにがっかりしていた。









しかし、世界では、いまも、昔の私のように、島の高校性のように、また、ウプサラの大学生のように、



きょうも、あかるくたくましく頭脳を駆使している若者が浜辺の砂の数にもまけないほどいるのをあらためておもう。






世界もまだまだ、捨てたものではないのだ。




mkfe08.jpg

この記事のURL | 次世代 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
年齢の絶対さ
- 2014/06/05(Thu) -
いま、昼間は、沖縄で過酷な仕事のひとつとされる葉タバコ農家で人夫として働いて過ごしている。




呼び名を決められた。




1年前、やはりある農家のハウスで働いたときは、私の苗字のうちの漢字ひとつを使って 「ふくちゃん」 と経営者から呼ばれたが、





いまの農家では、私の名前そのもの、「ジン」 と呼ばれている。

家長のおじいは、私と同年配の息子たちがいるので、無論、「ジン!」 と私を呼ぶ。 

その奥様及び親戚のおばあたちも、無論、私を 「ジン!」 と呼ぶ。

この呼び名は、昔の恋人以来で、


私がともに暮らした、別記事にある、「もー」 という娘の母親も私を名前に 「さん」 づけだった。


結果として、ここでは、若い男も、私を 「ジンさん」 と呼ぶ。








ここでは、「ジン」 というのは、「お金」 という意味があるといい、おばあたちは、方言で、ジンがうんたらかんたら、と話すたびに私は 「はい」 と返事をするので、笑いを呼ぶ。






私は、カネ、には縁がないのになぁ。







日本では、私は自分がまだ需要がない人種だと諦めざるをえないのがわかったので、






スウェーデンに戻るか、





日本で、  こうして、  




未開国の民がどのように啓蒙されてゆくのか、





江戸時代末の賢者たちがおもったのと、また、おこなったのと同じありかたで、






世間に対するばかりなのであった。





20140510-100153.jpg


この記事のURL | 次世代 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
子どもの頭脳
- 2014/04/26(Sat) -
今朝、恩師の名字 「奈良」 をインターネットで検索したら、偶然、

「奈良岡」 という苗字が出て、

「朋子」 という私がたぶん子ども時代に好きだった女優がいたので、さらに、その候補項目を見ていたら、

私が、

人生で最初に手紙をもらった芸能人の名前が出て、その頃の自分を思い出した.



*  *  *  *  *  *  *  *



私は、いま、平気で若者を 「阿呆」 呼ばわりする、周囲から、つまり、東京の一部上場会社でも沖縄の公的機関でも、嫌われているジジイになっているが、
(何故なら、沖縄の人は内地の者に叱られるのを嫌がるし、また、厳しい社会経験がない人が多いので、「叱られ慣れ」 ていない.東京では、いまだに、「有名大学出身で有名企業の社員」 ということだけで自分がひとかどの者だとおもっている若僧が掃いて捨てて焼却したいほどいるので、これも、叱られ慣れていない小僧どもばかりである.)


一方、私は、自分のことをも、周囲以上に、つくづく大阿呆だとおもっているが、


その私の阿呆は、たぶん、生まれついてのものだったろう、








・・・・・・という証左が、


私がその芸能人、といっても、
当時、中2の私とはやや年下の、NHKドラマの子役に私が手紙を送ったという事実なのである.


その返事が、たぶん、マネージャーの女性らしい筆跡で来て、


それでも、当時級友のオカベは、「本人からではないにしろ、出したその勇気はほめてやる」 と言い、同級友オザケンはただ驚いて大笑いしていたりしたものであった.










─────── 子どものアタマとは、そんなものなのだ.








私は、その頃、学級日誌に、数学のサイクロイド曲線の研究を書いていて、遠藤周作の 『海と毒薬』 を愛読していた.







子どものアタマは、いま、自分のアタマとして思い出すと、あまりに中規模の爆発を繰り返していて、


規制制御のきかない宇宙ロケットのようなものだった.





(高校1年になっても、学校で行った観劇会で、私は、民藝の樫山文枝に感動して、課題でもなかったのに賛辞と劇評を書いて、生物教師の担任に投げるように 「読んでくれ」 と言って渡したら、民藝からの礼状とポスターを担任がもらってきてくれたこともある.K29同窓生よ、あの1年生の時のことだ.私は、どうやら、生粋の阿呆者なのだ.)







*  *  *  *  *  *  *  *






私が沖縄に来るまえに週末親をしていた娘はとうとう大学生になったが、



数年前に会ったときに、あまりに混沌としている彼女の立ち居振る舞いに、
小学生時代とは変わった高校生の彼女をみて茫然としたが、






あれで、ふつうの子ども時代なのだ.



あの、中規模爆発が、なにか1つに照準を合わせて、


巨大な集中砲火に変わるとき、













その子の天才が開くのである.











子どもこそが、


未来の救いだ.









若いものを、だからこそ、












私たち老人は











甘やかしてはいけないのである.










バカ、阿呆、使えない、50年早い、等々、


我ら年経たものたちは、


若いものをいくらたたいても過ぎることはない.いくらでもぶっ叩いてやろう.










彼らのアタマの爆発燃焼は、









そんなことでとまることなどないのだから.





m















この記事のURL | 次世代 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
| メイン | 次ページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。