スウェーデン人の恋人
- 2017/11/17(Fri) -
彼女は、つきあいの当初、
「あなたには、もっとスウェーデン語ができるようになってほしい」
と言った.

スウェーデンに来てスウェーデン語を習い始めた私は、生活に支障はない程度には1か月後には話せたし、
私がいたノルド語学科とインド・ヨーロッパ語比較言語学科はともに授業はスウェーデン語だったが、
それでも彼女の要求は高かった.
それは、私がまだスウェーデンの大学に入る外国人学生のためのスウェーデン語の国家試験に受かる前のことだった.



私は、そう言われたときは、なんて厳しいことを、と感じたが、

後になって、たとえば、スウェーデン語がしゃべれなくてもあなたとなら、などと言われるよりはずっと心地よかった

そのときの彼女は私に何を求めたのか

ずっとスウェーデンにいる人間に私になってほしかったのか

自分の親族の年寄りや子どもともスウェーデン語で話せる人間になってほしかったのか

単に、英語だけで済ますお手軽な人間でいてほしくないとおもったのか

「大切で意義深いことを話すにはスウェーデン語でなければならない」
というのが彼女の弁だった.

彼女は、もちろん、マーケットのレジ打ちでもきちんとした英語を話すスウェーデンのウプサラ大学の学生である

英語などなんの問題もないはずだった.

彼女の母国を尊べ、ということか、それとも、・・・

やっぱり、スウェーデン語くらいスウェーデン人と同じくらいに使えるようになろうという気概をもて、

ということだったのだと、その後ずっと私はおもっていた.



彼女と出会ったのは、北欧神話である散文 『エッダ』 の授業だった.

それは私が日本で読みかじった古代アイスランド語の文献だ.


昔のアイスランド語が読めるのだから、現代のスウェーデン語はもっとできるようになるはずだ、
という彼女の言葉を、そういえばさっき思い出して、おもわず笑みがこぼれてしまった.

私は、スウェーデンでは、ほんとうに、たくさんたくさん励まされて勉強していたのだ.スウェーデンでは……



いまは、彼女が使ったその言語の私の辞書だけが書棚に残る.


ああ、それと、彼女がいつもしていた、スウェーデン流の、頸にバンダナを巻く習慣も.


b



(10.5.9.記)

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ウプサラ大學の空気
- 2017/09/08(Fri) -
スウェーデンの、最高学府にして北欧最古の大学、ウプサラ大學の学部・大学院の教室には

よい先生が導く小学校の教室のような

自由で明るく、ただ、学ぶことを愉しむだけの空気が横溢していた.

特に著述はなくとも、その学識は日本のどんな研究者も及ばぬであろう老教授、

彼は、私が目指した、「どんな言語の単語も、語源から音韻法則に正確にのっとってその成り立ちを説明する頭脳」 をもっていた.
そんな叡智の数々を、彼は、まるで、茶飲み話をするように、さらりとこともなげに語ってすましていたものだった.

私の親友だった Cristian Kampitsch はいつも教室の後ろの席で椅子を後二本脚でゆらして鉛筆を噛みながらニーチェを読んでいた.授業は、ドイツ語文法学・ドイツ語翻訳の時間である.
そして、教師になにかつっかかかりたいことがあると、いきなり立ち上がって、教室を縦断して教師と文法論を戦わせていた.
教師 Kenneth も、そんな彼の挑みを喜んで受け止めていた.

――――――

日本の大学院には、授業に出るのにも、この先生の授業に出ていればどこかの大学に就職を紹介してもらえるから、
という理由だけで出ている者が、私がいた頃の早稲田大学旧ドイツ文学科にはうようよ、いや、私の周りはそんな人間ばかりだった.
留学するにしても、ハクつけのため.帰国してからの就職のためで、その国で本当に鍛えようなどとは思っていない者たち.留学中1年間部屋から極力出ないで、趣味の楽器の練習とコンピュータ遊びをしていた云々.


「世界の~」 という呼称は日本ではいまは、映画監督やお笑い芸人の専売ではない.ちょっと外国に論文があると、自分を学生に 「世界の○○」 と呼ばせる大学教授までいる.


私がスウェーデンで出あった先の老教授は、世界の、というか、歴史的な先生だったが、定年になり、私の申し出を微笑んで断って独りで自分の書籍を台車に乗せて学部長室を去って行った後姿は、真に、偉大な人のそれだった.

――――――

日本人もノーベル賞をとったりすることもあるから、
日本の政治家も学者も、自分たちは世界に伍しているとおもっているかもしれないが、

日本人の大多数の大学人および企業の管理職クラスの真の向上心のなさ、世界視野での善への希求心の欠如は、いまは陋習となっているといってよい.



この国が、いつか本当に世界の国々と、その精神性のゆえに肩を並べることができる日が来るのか.


それは、もしかしたら、一見この国のエリート層・上級生活者たちのように自認している者たちの力ではなく、

民間の、名も無いような人たちが、一人ひとり海外で真によき活動をして、
その国の人々に評価され、
日本人のイメージが変容し、かつ、
そうした無名人の生き方を国内でも評価できるような、
そんな土壌ができてからのことになるのかもしれない.


k



(09.02.10記)
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あるスウェーデン人男性の恋愛 事例2
- 2017/09/01(Fri) -
私が住んだウプサラ大学の学生寮、コリドーには、12名中半数がスウェーデン人の男女だったが、




その最初から、一番奥の左側が、Björn の部屋だった. 彼とは、最初からのつきあいだ.



彼は、金髪長身小頭逆三角顔細身、で、日本人女性ならばほうっておかないタイプの男性だった.

しかも、やさしい.




しかし、彼に恋人がいなかったのは、彼がだれよりも控えめだったことによるのかもしれなかった.

でも、それもスウェーデン人男性らしい、といえば言えるかもしれない.










そんなコリドーに、二年後くらいに、korridorsmammma だったメアリーがいよいよ研修医になって出ていったあと、

独りの女の子が入ってきた. マギー という名だった.









マギーは、如才ない子で、だれとも親しく話し、よく、コリドーの共同リビングでゆったりと食事してテレビを遅くまで観ていた.








男たちも、深夜までテレビを観ているから、マギーとビヨルンはなんとなくよく話しをするようになっていた.








そうして、十か月ほどたったかもしれない.









やっと、私たちにも、マギーとビヨルンがふつうとは違う程度に 「親しい」 とわかるようになっていた.


しかし、そのころでも、二人に肉体関係はまだなかったとおもう.


それでも、二人の間には、ふつう以上の信頼関係ができあがっていたのは確かに感じられた.








私は、その後、別の住宅に移ったが、いつもやさしく控えめだった美男のビヨルンを慕う娘で出て、ほんとうに私もうれしかった. マギーの人柄も私は好感がもてていたから.









ちょっと親しくなったらすぐにセックスに及ぼうとする日本人と比べて、

スウェーデン人の若い男女はかくも ゆったり 広々と 公明正大に セックスまでの道のりの恋愛を享受している.







同じ地上のニンゲンでありながら、



かくも、未開と進化の別れた種も珍しいだろう.  しかも、その種が、このガイアで一番のさばっている.






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スウェーデン人の若者のセックス観
- 2017/08/31(Thu) -
スウェーデン人は性的なことに色めきたたない、目の色をかえない、



ということは、拙訳書 『スウェーデン人』 でもヘルリッツによって明言されている.



その好例を私はウプサラ大学の学生寮で実見したことがある.






ある冬の1週間ほど、学生寮の改修工事で仮設住宅にコリドーのメンバーで移ったときのことだ.





そこには、寮の共同キッチンの中古テレビではなく、




最新のテレビが有料チャンネルも設定されて置かれてあった.




男女12名で引っ越し後やれやれというおもいでチャンネルを回していたら、




いきなり、いわゆる、ポルノチャンネルにいきあたった.



修正などない、性器も行為もそのままの、教育ビデオではない完全な娯楽用のポルノ映画である.



たしか、女性が男性器を口に入れたり、男性が女性に挿入したりしていたとおもう.



それをいきなり見たスウェーデン人男女12名の反応は・・・






そう、かわいい金髪のスウェーデン人の女の子は、


くす、っと笑って目を伏せたし、


長身の美男のスウェーデン人男子学生は、


ああ、とちょっとつまらないもの残念なものを見たときのような表情をし、





要するに、アメリカや日本でなら想像されるような、


歓声をあげたり、それを観つづけようとする者は皆無だったのである.



たぶん、ものの十秒ほどで、無言でチャンネルはかえられ、



その後、そのチャンネルがつけられることは仮設住まいの間じゅうなかった.






といって、スウェーデン人はセックスに無関心なのか、というとそうではない.





学生寮が男女混合で、当然、異性の友だちが宿泊することは、大学側も了解していることなのだから、




婚前交渉など親も大学も当然視しているのがスウェーデンの若者をとりまく環境なのだ.




それに、子どものころからの性教育があるから、




いまさら、性器や性行為を見せられたところで、




何も珍しくも興奮するものでもない、



性は日常の事柄なのである.







日本のように、性を明るいところに出すのは禁忌とされるような文化土壌においては、




ひいては、「男女共同参画」 などと言われる行政活動においても、




スウェーデン人のそれとは、その意識も実態も異なったものとならざるを得ない.






ニンゲンとして、どっちが進化した形態か、もうわかるであろう.






日本はさまざまな面で、スウェーデンのようにはなれはしない.




消費税くらいは、それに倣おうとしているようだが、




まあ、制度を徐々に見習って、



数十年、百数十年くらいあとに、



日本民族も少しは未来型人種に進化していればよいといえるだろう.






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恋愛 ── スウェーデン人が教えてくれた大きなもの
- 2017/08/27(Sun) -
私がこのようなブログを書くことにどんな意味があるのかとおもう

高校の同窓が、お書きなさいよ、とおっしゃると、高校時代の部活のような晴れやかな気分で書こうかとおもうが、

私の書くスウェーデン人の恋愛をお読みになり、私にご連絡をくださる(主として)方々には、

私はどんなことを言う資格があるだろう.



私は、日本にいたときは、よくいる元気で盛んな男だった.
恋人もいた、同棲もした、誤謬も重ねた.



だから、私にご自身の恋愛のことを書いていらっしゃる人にも、私は、それが恋愛ではないですか、としかいえそうもない.




それが、人間的なことであるし、それが、そうなのでしょう、と.





スウェーデンで、しかし、私は、日本では知らなかった恋愛と男女関係を如実に体験した.




だから、私は、確かにスウェーデンにゆく前と後では自分がかわったとおもうし、

その結果、おおかたの日本人の行動様式に距離をとって観るようにもなった.

スウェーデンに行く前の私を知っている昔の女友達がいま私を見たら、どうおもうか.



よくなったとおもってくれればよいが、

日本的には、そうでないかもしれない,まあ、逢う機会ももうないか.





スウェーデン人は、恋愛にあせらない、

性的なことにむしゃぶりつかない




そうしたことは日本人にはない性質だ




告白、というようなことで恋愛が始まるようなことはない


親しく話し、たがいがわかりあい、それがいつしかパートナーになっている、という現実となる




私の隣のニーナがクリスマス帰省するときに、私が彼女のペットのネズミの世話を頼まれて部屋の鍵をもらったとき、



同じコリドーのイラン系の2世男子学生は、

「いいなー、おれもニーナの部屋はいりたい」

と冗談を言ったが、(たぶん、それは日本人も言いそうなことだ)

スウェーデン人学生はそんな感情はおくびにも出さなかった.



そもそも、私自身が、鍵を渡されたことで、それでニーナの感情がなにかなどど考えさえもしなかった.

私も変わったのである.



スウェーデン人は、性的なことにいろめきたたない、


そして、
私もまた、そのようなスウェーデン人的なニンゲンとして認められたから部屋の留守を任されただけだろう.





男だ、女だ、性的だ、とごちゃごちゃ言っていて、

人類の半数と

あえて距離をとったり、いたずらに目の色かえたりしていたら、人生がもったいないではないか.




男も女もまず、ニンゲンなのだ.
もっと、のびのびと自然におだやかにだれとでもつきあいたいものだ.







経験した人でないとわからないだろうが、きっと、






恋愛は、そんな異性観をさらに進んだあとに見えてくるものなのだろう.

人生、もったいないぜ.




m


(2012.5.16.改)
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男女の隔て
- 2017/08/22(Tue) -
日本人よりも、外国人のほうが、男女の間の距離が近そう、あるいは、フランク、あるいは、闊達、であろうことは、TVの外国映画などで感じた日本人は多いだろう。もっとも、その大半はアメリカ社会の描写なのだが。

スウェーデンでもまた、その通りで、日本人としての私の偏狭な 「人・異性との接触の常識」 は覆された。そして、「アメリカ」 と比べても、スウェーデン社会の男女の壁ははるかに融通がきいていた。アメリカやドイツやロシアから来た女子大生たちも、私同様に、スウェーデン人の女性教員の自由さには驚きを隠さなかった。

1人暮らしの女性でも、家に招いて晩餐をともにする男性は何人かいるものだった。私も、何人かの女性にそのような招きを受けて家に行った男の1人だった。

無論、そこになんら 「いかがわしい誘惑」 などがあるはずもない。日本流の誤ったスウェーデン観(あるいは、誤った 「性意識」)のせいで、そのような場合、「家に招かれたらOK」 などと勘違いする輩は、スウェーデン社会には存在する場所がない。

男女が親しく出会っていると、すぐに性のにおいをかぎとる日本人たちは、自ら道徳家ぶって他者を非難糾弾することで自らを高めていると思っていることだろうが、日本社会ではいざしらず、一人間としてみた場合、自らの 「世界」 を狭隘なものにしているだけのことだ。

そのような人は、人類の半数と 「親しく、効果的に、意義深い」 つきあいができる機会を抹殺しているのだから。

自分より優れた人格、自分にない感性をもっている人、自分が学べるところのある人間 ―― そういった人間を排斥することしかできない日本人は、ちっぽけな 「地位」 や 「利権」 を手にしてそれを守り享受することしか願うもののない者に実に多く存在する。

なぜ、自分にない能力をもった人間を、性意識やコンプレックスのゆえに歪んだ扱いしかできないのか。

もっと世界を見ろ。もっとひろびとろと人間を受け入れよ。異性でも、その能力・人格・感性のゆえに尊ぶ心を身につけよ!


(本記事は2007年12月13日に書かれた.)
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スウェーデンの性教育の本質 ― 『14歳の母』 について・続
- 2017/08/21(Mon) -
以前、この番組について書いて、コンドームの使用のことを書いたところ、婚前交渉を薦めるのか、アメリカの純潔教育のほうが優れている、という書き込みがあったので、その読み間違いを正しておく.


私の文章は、正しい異性観を与える教育が日本にはない、ということから書いたものだった.

性を何か禁忌の対象にするような、語るに日陰でするような風潮が日本にはある.


それが、あの番組にも満ちていて、妊娠が起きてから親は荒れ狂い、女の子はうろたえる、という構図になっていて、そのような状況には、あの国ではならない、ということを書いたのだった.


コンドームは、大学生用の雑誌のロゴマークにも使われているが、それは、婚前交渉を奨励しているのとは無論ちがい、もしも妊娠を望まない時に性交渉をもつ場合、あるいは、相手のことを完全に知っているのではない段階で性交渉をもつことになった時、また断れない相手と交渉をもつようなことになった時の感染症の予防のためとして、必須の、常備するべきものとして一般常識になっていることを示しているのである.


アメリカの〈純潔教育〉と言われているもの現実と、私が知るスウェーデンの性教育の現実の結果がどう違うか、私は数字統計では知らないが、たとえば、アメリカの単語には性的にきたならしい罵り言葉が多いのに対して、スウェーデンには、性的な罵り言葉はない. ☞スウェーデン人―我々は、いかに、また、なぜ / Gillis Herlitz


スウェーデン人の間より以上に、性的な事柄に自由でおだやかな気持ちで接することができる集団を私は外国で知らない.異性を真の意味で大切にする考え方を教えるのがよりよく成功していると言えるだろう.


b



(本記事は2006年12月7日に書かれた.)


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あるスウェーデン人男性の恋愛 -brave heart-
- 2017/08/02(Wed) -
『ブレイブハート』 という邦題の映画は、つとにご存知の人もいるだろう。だから、ここで動画ショートカットは掲示しない。

私がスウェーデンでの学生だったころ、

「(英語の)『Brave heart』 こそ、最高の映画だよ!!』 と言った男がいた。

彼は、私と同じコリドーに住んでいて、私の向かいの、同じスウェーデン人女性を愛していた。

しかし、彼女には、年上の、立派なヒゲをたくわえた恋人がいた。


恋人は、よく彼女の部屋に泊まり、共同キッチンで高価な食材を派手に料理して彼女と人目もはばからずに食事していた。そんなとき、例の彼は、部屋から一歩も出なかった。時折、彼が赤い顔をして廊下をさまよっているのを見たものだ。


クリスマスが来た。
コリドーもお祝いの時だ。
彼女は、コリドーの全員が集まるパーティを企画した。無論、私の隣人は参加の義務があった。
その上、彼女の恋人は、「ゲスト」 として来訪した。

本来大柄な私の隣人が、そのパーティの間、うつむき通し、いかに小さくなっていたか、ご想像の通りだ。




その後、その女性が、私の隣人を、ある夜訪ねた。彼女が彼の部屋から出てきたのは、翌日の昼過ぎだった。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆


これで、スウェーデン人女性の性意識、とかを語るのは公平ではない。

また、これで、スウェーデン人男性の性生活、を語るのも正しくない。



私は、ただ、私に、映画 『ブレブハート』 は最高の映画だ、と教えてくれたスウェーデン人の男友だちの恋愛のあり方が、このようだったとここに書くことで、わかる能力のある日本人に何かをわかってもらいたい、とおもうだけのことである。


彼の名前は…、もはや私は覚えていない


m



(本記事は2008年3月30日に書かれた.)


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行ってみるとよい
- 2017/07/29(Sat) -
私のこのブログのようなものも訪れる人がいるのは、きっと、スウェーデン、およびスウェーデン人に関心のある日本人がいるからだろう。

日本にいるスウェーデン人は、あまり目立たない。スウェーデン人の性格からして、日本人に埋没してしまうことが多いとおもう。

しかし、スウェーデンに行けば、そんな彼らが集団でいるのだから、壮観、である。

スウェーデンに行ったことのない人は、行ってほしい。郵便局のカウンターへ、あるいは、下りエスカレーターで老人の手をとる若者、遠くからでも人が来ればドアを開けて待つ人々、酒に慎み深い人々、挨拶を穏やかにしてくる見知らぬ人々、ぐずっている子どもに金切り声を上げず優しく語りかける母親、レジの先頭でつり銭の勘定ができない老人を優しい目で見つめる人々……、などの集団だからだ。

1人を見ただけではわからないことが、集団を見るとよくわかる。あの国民の美質が。


k

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Christian Kampitsch
- 2017/06/22(Thu) -
私は、スウェーデンのひと冬、毎朝新聞配達をした年がある。
留学した最初の冬だ。
こごえそうな北欧の冬も、スウェーデンの二大紙と地元紙をかかえて雪をけちらしてポストからポストへ、建物の中はまず最上階にエレベーターで上ってから(ひとときの暖と休息!)一気に階段を走り降りながらドアからドアへと新聞をつっこんでいくと、終わったときには汗みずくになっている。

そして、汗が冷たくなる前に帰宅してシャワーを浴びないと・・・・・・たいへんなことになるわけである。

私は、別に金に困っていたわけではなかった。文部省からの奨学金を節約すれば生活はできた。

言語学科が希少な日本でドイツ文学科の大学院にいた私は、北欧では本来の比較言語学を専門にしていたものの、日本に帰ったらドイツ語の教師になるしか道はないとおもい、スウェーデン人がどんなふうにドイツ語を勉強しているのか見ておこうと教室をのぞいたときに、後に親友となる男と出会ったのである。

彼の姓は、Kampitschという。後半の綴りからわかるように、ドイツ系の名前で、片親はオーストリア人であった。

彼、カンピチ については、今後、たびたび私のブログに出ることになろう。

そう、きょうは、新聞配達のことだ・・・

彼は、いつも教室の後ろで鉛筆を噛んで授業とは無関係の本を読んでいながら、急に教師と論争を始めるような学生だった。少なくとも、北欧最古の大学である。しかし、彼の高踏的な態度と、それを許し、彼との教室を縦断しての論争を愉しんでいる教師ともども、日本の大学にはない、真に自由な学問の場の所産だった。

そんな彼は、優秀なのに午前の授業に来ないのである。それは、就学補助金をもらいそこねたために新聞配達をしなければならなくなり、それで、習慣上徹夜で勉強したあと働いて、毎朝疲労しきって、午前中起きられない、という悪しき循環を起こしていたからなのだ。

私は、授業をおもしろくするため、彼を教室に呼ぶべく、彼の仕事を手伝うことにしたのである。

無償で? 無論だ。しかし、私にも、密かな代償はあった。
私は、スウェーデンに行って3か月で日常のスウェーデン語は使えるようになり、学術的なスウェーデン語の論文を直してくれる先生も大学がつけてくれたが、若者間の語彙や隠語はなかなか学びようがなかった。

しかし、そんなカンピチとひととき夢中で何かをやれば、きっと、教室では教えてもらえない口語表現に習熟できるだろう、と私は考えた。

・・・そして、事実、その通りになったといえるだろう。

そうして、単に、スウェーデン語学習以上の成果として、彼カンピチは、私にはかけがえのない友となり、私のピンチをその後幾度となく救ってくれることになる。彼は、いまや、かつて熱烈に片思いをしていた女学生と結婚し、子どもの写真をインターネットで送ってくれるようになった。


追記:当時、我々が愛した、ウプサラ大学ドイツ語学科の文法・作文の老教師Kennethが、私が帰国してから亡くなった。ここに、あらためて、すばらしい時間をくださったことに感謝を捧げる。

(本記事は筆者旧サイトにおいて2005年に書かれたものである.)





そして、また最近、二人目の娘の写真も来た.


Agnes と Sonja が、私がスウェーデン語訳した日本の
『100万回生きたねこ Katten som levt miljoner gånger』 を読む日が
いつか来ることを願う.

(2010.7.11.記)






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