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居酒屋の客
- 2019/06/16(Sun) -
        昔、大学のあった高田馬場や、実家のあった横浜や、その後に住んだ仙台や、恋人のいた博多
        とかで出入りしていた居酒屋の主人は、私のことをどう思い出すのか、と、我が家に通う猫た
        ちを見ていておもった。
         
        我が家は、猫の居酒屋のようだ。5代目を迎える猫たちが、ベランダ、台所、玄関、室内にい
        るので、それらに食事を出すのがひと仕事だ。刺身が好物のもの、キャットフードに鶏を焼い
        た油をたらしたものが大好物なもの、焼き肉命なもの、ドライキャットフードに缶詰キャット
        フードをトッピングしたものが好きなもの等々・・・

        しかし、オスは早々にいなくなる。時には、前日私の手に頭をつけていたものが朝に私の眼前
        でクルマに轢かれて死んだり、なにか事故で血を吐いて玄関前に倒れていたりする。

        そんななか、二代目であるメスがこの二週間から来なくなった。
        娘や孫やひ孫たちに遠慮するようになったのか。



        その猫をおもうように、私が毎日通った居酒屋のオヤジや女将たちも私がふっつりいかなくな
        ったときにおもっただろうか。そうなら、すがすがしい。



        いつだったか、昔、八代亜紀だったとおもうが、♪もいちど逢いたい~♪ という歌詞の歌を聴
        いたことがある。
        

「もういちどあいたい」
        そう、思うことが自分にあるのだろうか。
        いきなり喧嘩した恋人と電話がつながらなくなったときなどは、そう私もおもったが、

        いま、もういちど会いたいとおもう昔の恋人はいない


どうせ再会しても
いつかはどちらかが死んで訣れることになる
別離は所詮避けられない
あなたの死に顔見たくないから私が先に死ぬね、
と言った恋人ももういないのだ



そして、いなくなったその二代目も、彼女が生まれて、やんちゃだったころ、
        子を産んで苦労していたころ、その偉大さは私に教えるものがあった。

        恋人にしても、あのとき、あの場所の、あのときの我らだったから交錯することができたのだ。



        スウェーデンでの私の親友は、どこにそんなエネルギーが、とおもうほど、活動的で生き生きしていた。
        毎日、私なら2時間はかかるところを1時間自転車で行き、ダンスの練習をしていた。
        あるとき、私が、外国人でいわれのないことで警察に呼ばれたとき、期末試験の朝だったにもかかわらず、
        彼が試験の前に警察に自転車で行って、私がそんな人間ではないことを言明してくれた。
        そして、その他知り合いみんなに呼びかけて、大勢を同じように動かしてくれた。
        署長は、私に、「きみはいい友人たちをもった」 と言った。


その彼が、私の帰国すぐあとにガンで倒れたとその弟からメールが来た。


Jonney Nilsson


きみも偉大な私の知友だ。


もういちど会いたい、なんていわない。




ありがとう。きみのおかげで、いま、私は、いる。



s





        
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荒野で叫び謳う
- 2019/04/06(Sat) -
きょう、ひさしぶりに人が大勢いる場所に出て、待合室みたいなところでやむを得ずテレビを観ていた.

そうして、NHKアナウンサーと相手の話を聞いていて、わかったことがある.


日本人は、相手がそう思いたい方向に沿った話し方をするものだ.たとえ、自分の見解がそれとは多少違っていても、相手の話にうなずき、その趣旨に沿いながら、自分の見解は言わずにいて、いよいよ亀裂が避けがたくなったところで、それを修正する可能性はどうでしょうか、と持ち出す.


私は、スウェーデンの大学では、討論の訓練も受けた.
相手の話に対するいくつかの応答例があって、どれが最もよい応答かを説明され、そう話すように教えられた.その教えの1つが、要点を冒頭に言う、ということがある.


しかし、それを日本人相手に行うと、自分の見解にご満悦の相手に冷水をぶっ掛けるようなことにもなりうる.


それでヨーロッパ流でよいわけなのだが、日本では、自分とは異なる意見を正面から言われると、自分の全てを否定されたかの如くこちらを憎み敵視する単細胞な頭脳の持ち主が大勢いる.

他の日本人と同様にナアナアだったスウェーデンに行く前の私は、帰国してからは、一時雇われ頭脳をしていた東京の出版社でも、沖縄のNPO団体でも(職員は内地出身者である)、私は、別に相手のニンゲンをどうとも思って発言しているのではないが、相手がご満悦の企画や行動を、「そんなことは・・・・・・だから、やめるのがよい」 とあっさり断言した結果、ニンゲンとしての私を憎まれ、とんでもない誹謗や、嘘ばかりからなる中傷、という仕返しを受けたものだった.


私は、だが、自分のそんな発言習慣を今後も改めるつもりはない.だから、ここで若者相手にも好き勝手なことをしゃべるために、勉強を教えているようなものだ.

私の任務は、人が気づかないことを天が下に告げ知らせること、人が手を出さないことを敢えてすることだと明らめている.これからも、野によばわる者としての生を全うするつもりだ.


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(本記事は2009年8月20日に書かれた.)

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目覚めた人たちの道
- 2019/03/31(Sun) -
釈尊が思惟し、ソクラテスが思考したころよりは、
現代に生きる人々は、学校教育のおかげで、
ニンゲンの細胞が生まれた時から生成と死滅を繰り返し、
ついには死滅が支配するということを常識で知っているし
ニンゲンは世界規模の殺し合いを何度も懲りずに行ってき、
いまも飢えて死ぬ子どもたちが世界のあちこちにいることを
歴史を勉強することで、ニュース報道に接することで知っている。


それなのに、釈尊が覚醒した知恵や、ソクラテスがこだわった知恵を
いまだに人々が身につけられないのは・・・・・・それが、ニンゲンなのか


かつてニーチェは、「喜びよりも悲しみのほうが深い」 と言った。
確かに、たとえば、子猫を見ても、かわいい、と喜ぶよりも
それがクルマや他の動物によって早々に殺されることが 「真実」 と諦(あきら)めているほうが
自身の心を守ることはできるだろう。
しかし、たとえ、「常なるものは無い」 のが真実だとはいえ、
世界の喜びの後ろに全て悲しみを見る目もまた、偏った見方の1つだろう。





ニンゲンが、本当に、仏陀の知恵、つまり、目覚めてしまった人の認識知や
ソクラテスが追究した知識を、あたりまえのようにわきまえるようにならない限りは
政治指導者同士の、あるいは、研究機関での、あるいは、
学校や近隣同胞との、争いもめごとは終わらないだろう


釈尊が目指したのは、全ての人々が自分と同じような知恵を得て
世界全土がまっとうに動く地上の姿なのだったろう


争いこそが、競争を生み、仕事も研究も進歩させる、という考えは、
そういう状況しか知らないニンゲンならではの理屈だ。
相手を虚偽によって落し入れ、密室会議で出し抜くやり方での 「勝利」 など、
所詮は、蝸牛の争いの勝利にすぎず(あるいは単なる当事者の安逸のためで)、
そのようなものは、人類全体の進歩にも、社会善への前進にも何ら寄与しない





世界はこのようにあるのに

ニンゲンたちの間では、なぜ、「見えない」 者たちが圧倒的なのか


(本記事は2008年10月7日に書かれた)


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メンタルトレ?
- 2019/03/26(Tue) -
ネットの動画では、メンタルの「コーチ」と言われる人たちが
さまざまだが、一様な説教をしている.


大人はともかく、子どもたちはそれをどう聞くのだろう.


私の十代は、無論、メンタルな勉強も自分でみなしていた.


私の師は、『三太郎の日記』(阿部次郎)、田中美知太郎およびプラトンの著作、仏陀の教え及び日本の禅師の著作、論語や荘子、聖書(特に旧約)
などであった.



その私からして、いまのネットコーチたちの教えは、なるほど、と思うこともあり、また、若い私がつとに自分で悟っていたことも多い.



要は、よりよく生きる、ということに尽きるとおもう.

夫婦喧嘩で女房に水をぶっかけられ、最後は処刑されたかつてのギリシャ人が言っていたように.


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吾郎はなんで海堂をやめたのか
- 2019/01/25(Fri) -
古い友が携帯のLINEを始めたようで通知があったので最後の挨拶をしておいた. 121126
(もっともその後、現在平成14年になってもやっぱり話しているが.)





彼は、スウェーデンから戻った私が、日本の大学に愛想をつかして仙台でぶらぶらしていた時に東京に破格の給料で呼んでくれたやつだ.その前は、スウェーデンから戻らない私に早稲田が早く修士課程を終えろというので、私の修士論文をスウェーデンからのメールで受けて私の代わりに印刷して製本して大学に出してくれたりもした.





その彼の御膳立ての職場を、私は数年で去ったのである.





理由は、茂野吾郎と同じなのだ.





もう、それじゃあ、おれはつまらないんだ








もっと




生きたかった




だけなんだよ




まあ




わからないだろうけどさ




goro


151115
上の記事が、標題に合っていないことに気づいたので加筆する.

ニンゲンの中には、

自分が属する組織で、

毎日8~90%くらいの緊張感であることが普通、とおもえる種類と、

毎日、昨日と同じ緊張感で生きていいはずがない、とおもう種類がいるのだ.

前者は、ニンゲンの大部分.会社の上席にいるような者はほぼこの種類である.

後者は、毎日、胃がすさむような、

まるで岩壁登攀をするように

日々何かと戦って

前進進化する自分を体幹し続けなければ生きられない種類なのである.


吾郎は、

海堂にいても、昨日と同じように努力進化できたろうが、

その前進度合いは、もう、自分で予測できてしまうものになった.あたかも、眉村や佐藤の進化のように.

その、

自己進化の比例直線のような軌道にのって明日も生きることは、

吾郎にはできなかったのである.

吾郎は、比例的上昇ではなく、

もっと、できるものなら、tremendous  に、極限まで自分を高めなければならないと自己指令した.

明日も海堂のグラウンドを走るのも進化の道だろうが、それよりも、もっと激烈な進化を求めたのである.




かくして、吾郎は、海堂をやめたのであった.




ニンゲンの中には、


少数派だが、


いるにはいる種類のニンゲンの道行である.


Rådyr



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人の品質
- 2019/01/16(Wed) -
(本記事は、2007年10月12日に書かれたものである。)

高校時代の同学年のクラス会のサイトがあるのをきょう知った。
なつかしい名前をいくつも見た。私の記憶では、みな、高校時代のままの顔だ。


それでよいはずだ。


2年前に、高校1年のときの担任の先生を訪ねたことがあった。
その時のことを書いた旧ブログを思い出した。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


小学生や中学生のころの私は、おとなである教師や年上の従兄たちなどに無条件の畏怖を抱いていた。

自分の知らない世界を知っている者への畏敬の念である。だれもが年少時はそうとは限らないだろうが、私はそうだった。

自分が20代30代になるにつれて、過去に畏怖したおとなたちと同じか彼らを越える年齢になって、その畏怖の念が消えて、何か滑稽な思いとともに、年配者にみていた神秘も消えていった。

そんな時、仕事で、高校1年時の担任の先生に会うことになった。
その先生は、当時は20代後半だったが、父親ほど年の離れた教師に対してよりもずっと深刻な距離感を私は抱いていた。
クラスみなが、あの先生にはかなわない、あの先生なら 「人類の標本」 になれる、と本気で思っていた。
私は、その先生とも距離感が埋まっていることを期待して、心愉しく会いに行った。

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先生は、白髪と顔のしわこそ目に付くようになったが、立ち居振る舞いも、口調も、30年前と変わりなかった。
先生と同じように身体を鍛え、先生よりも長い期間にわたって大学で研究生活を積み、高校教師ではないものの、予備校で教え、学習図書の編集もいくつかしてきた私は、先生の人生経験に迫っているはずだと思っていた。

しかし、先生の前では、私は、やはり、毎日雑巾のようなラグビージャージを着て走り回っていた高校生時代とかわらぬ 「高みへの距離」 を感じたのだった。

人間と人間の差は、無論、年齢によっても生じうるが、それだけではない、「人間としての品質」 とでもいうようなものによってももたらされるものなのだ、と私は悟った。


社会の中で、研究室の中で、その言動是認すべからざる人間を数多く見てきたが、自分にはまだ仰ぐべき人格がこのようにある、ということを知って、往路よりははるかにずっとすがすがしく朗らかな気持ちで帰途についた私だった。


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記憶
- 2018/03/07(Wed) -
久しぶりに、映画、Brave Heart を観てみた。






映画の舞台のスコットランドやイングランドばかりでなく、

古ゲルマンの文化が、スウェーデンにも残っていて、






そこで、私は、心地よく、勉強して、運動して、恋愛をしていたのだったことを思い出した。







スウェーデンの気風など、日本人は、これから、英語圏、ドイツ語圏、フランス語圏、などいろいろ親しまなければならない未開人だから、スウェーデンのことはまだまだ1世紀くらいは先にならねば知られないだろうが、





そのころに、




ドイツだけがゲルマンではないことと、





その精神の雄渾さを学びたまえ。

いま、未来の日本人たちに、確言しておく。




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(2015.7.3)
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時空を超え
- 2017/11/19(Sun) -
過去に愛しともに暮らした犬や猫や亀やヒトその他の生き物たち、

いまはそれを愛する行為も動きを見ることもできないが、

それでも、それは私の一部だ.

私がいま目の前にいる生き物やヒトを具体的に愛すのは、

生ある者ゆえの苦痛や埃を払うためで、

いまは亡き者たちへの思いは、もはや苦痛も埃も生じないゆえ現実の煩いはない.

一方、過去の愛のゆえに私は生きてきたので、いまは亡き者や対象を失った感情もまた私を構成するものだ.



かくして、今夜も更けゆく.

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秋の俳句
- 2017/09/17(Sun) -
私がいまいる沖縄の離島にも、昨日、秋の風が吹き初めた.

あきらかに朝日の力がゆるやかになり、風に涼しさが宿った.それは今朝も続いている.

暑さがあったからこそ、この変化を感じとる.


☆ ★ ☆ ★ ☆



私には、昔、つまり、スウェーデンに行くまえ、俳句を詠んだ恋人がいた.

私がスウェーデンに行くと決まった夏の終わり、彼女は、秋と、二人で歩いた早稲田近辺の風景を読み込んだ句をつくった.私は、スウェーデンにいる間からもう彼女には連絡しなくなったが、彼女の句は、スウェーデンの冬迫る前の秋の日差しの下でも、いま、沖縄の炎熱のあとの秋の気配の下でも、口ずさむものになっている.




人間の精神もまた、美しいものなのだった.



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20110907
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個と環境
- 2017/08/27(Sun) -
もうこの年齢だから言ってよいだろうが、

個にはその存在がおさまりきる環境とおさまりきらない環境がある.

我が家にかつていた黒猫は、親きょうだいたちと異なり、

エサの袋は自分で噛み破って食べ、

私の運動用のバランスボールや飲料のペットボトルは爪で破り、

サッシと網戸を自力で開け、自由を欲し室内飼いの環境を超越していた.



ヒトにも同じことが言えよう.



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