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未来は世界を知ることのうちに
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- 2012/05/12(Sat) -
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スウェーデン人民族学者のイリス=ヘルリッツ(Gillis Herlitz)によれば、「スウェーデン人は人前で自分の子どもを声高に叱りどやしつけるようなことはしない」という(Svenskar s.94)。この発言は、もともと、いまや移民第三世代の時代を迎えるスウェーデンにおいて、スウェーデン人側から、異文化の担い手である移民に対して自らの文化・国民性を弁明しようと意図された書中なればこそあえてなされたものだとはいえ、私たち日本人には、とりたてて驚くような事柄ではないと言えよう。確かに、それらは、家長、あるいは、親が子に絶対的な権限を有する、主として中近東の国々からの移民に対して言われなければならなかった断り書きだったろう。だが、その実例が、マーケットで自分が食べたいお菓子の前でぐずっている子どもの顔の高さにしゃがみこんで静かに目を合わせて語りかける母親、ということになると、日本人にとってもいささか痛いところをつかれた気がする人も多いことだろう。しかして、スウェーデン人の母親がそうする理由が、「それを見る他者に苦痛となるような行為を慎むのがスウェーデン人であるから」と言われると、もはや、おおかたの日本人の親は、そうやすやすと「私もそうだ」とは言えまい。この「他者に苦痛となるような行為は慎む」というのはどのようなことなのか。単なる、むしろ日本人には得意な、「世間体をはばかる」ということなのか。
ヘルリッツはさらに、「スウェーデン人の親は子どもを教育していない」という外国人による非難に対して、「スウェーデン人の親も家では子どもに口うるさく言っているのである」と弁明している。このように言われると、まさしく「世間体をはばかる」ために、スウェーデン人の親は人前で自分の子どもを叱りつけないのだ、と言ってよさそうにも思える。 * * * * * 「国民感情」という抽象的な言葉にも確かな実態が存在する。それは、その国民が代々受けてきた学校教育のおかげで、また、各時代においては、マスメディア等によって形成される情報のおかげで、その国民が自然とある特定の事柄には特定の方向の感情を集団的に共有せざるをえない性質をもつに至った状況を意味している。たとえば、私たちが「核兵器」と言われれば、「もうやめてほしい」という嫌悪にも哀願にも似た感情を抱かざるを得ないのも、私たちが受けてきた歴史教育のおかげだ。たとえ、広島や長崎で肉親を失っていない者でも、私たち日本人は過去に生きた人から現代の者まで、ずっとそういう感情を抱かざるを得ない点で他の国民とは異なる国民感情を有する。近頃できた「勝ち組」とかいう言葉で表されているとされる人々が有する生活水準が何か人生の成功指標のように思われているのは、この時代限定の国民感情であろう。 そして、スウェーデン人の国民感情としてあるもののうち、最も大きなものの一つが、「他者が苦痛を受けているのは見るにしのびない」という心情である。スウェーデンでは、早くから夫による虐待を受けた女性のための避難施設が設けられた。いまでは、子どもが親にぶたれそうになると、子どもが「ぼくをぶったら警察に通報するよ」と親に言うと前掲書にも書いてある。激昂した外国人がスウェーデン人と口論をして、相手の襟首をつかんでスウェーデン人に「殺すぞ」と言ったとしたら、それは立派に警察に通報する理由になる、とやはり同書に書かれているし、私は、酒の席でそういう場面にでくわし、同席していたスウェーデン人女性がすぐに警察に電話する様子も見ている。幼稚園では、日本風のアクションヒーローの変身ポーズを日本人の幼児がしただけで「あぶないからやめるように」と先生が制止する光景も見た。帰国した日本人主婦は、スウェーデンになじんだせいで、日本の母親が子どもに金切り声をあげたりおどしたりするのを見ていて苦痛になる、ましてや、子どもをたたく親は見るにたえない、と私に手紙をよこした。 スウェーデン人の親は、こうした心情から、人前でぐずる子どもを叱りつけるようなことをしないのである。それは、もちろん、自分の子どもをどやしつけることで子どもに精神的ストレスを与えたくない、という気持ちもさることながら、もっと大きなことは、そのような光景を見せられた他人が苦痛を感じることをすまなくおもう気持ちなのだ。 さらにこうしたことは、スウェーデンでは、なにも人間同士・子どもや女性相手の場合ばかりでなく、対動物、はては、自然環境に対しても言えることなのである。動物虐待とは無縁なのがスウェーデン人の動物に対する考え方だ。犬や猫でも、それが苦痛を感じるようなことはしたくない、という感情がだれにもある。自然の景物・貴重な遺跡もスウェーデンではたいていが柵もないままに原野・広場に放置されている。そのようなものを盗んだり傷つけたりする者はスウェーデン人の中にはいない、という確たる認識があるからなのだ。(スウェーデンがEUに加盟する際の国民投票の結果が賛成五十一%・反対四十九%と票を割った理由が、ヨーロッパの諸国人に自由にスウェーデンに入ってきてもらいたくない、という感情だった事実にもこの点は反映されている。)学生寮の前にふんだんにいる野生の大型のリスやハリネズミなども、それをつかまえてどうこうしようという考えを抱く者はスウェーデン人には絶無だ。自然に存在するもの・野生にいるものは「そのままにしておく」ことが、他者に苦痛を与えないスウェーデン人流の態度なのである。 こうしたスウェーデン人の国民感情から生まれたのが fridlysa というスウェーデン語の動詞である。スウェーデン語はゲルマン語族に属し、英語やドイツ語と対応する単語がたいていは存在し、さらに、同じ北欧圏のアイスランド語・ノルウェー語・デンマーク語とは姉妹言語で方言同士の差異以上には違わない言語なのだが、この fridlysa だけは、スウェーデン語にしか存在しない単語である。単語の構造は、「平和」を表すfrid-(ドイツ語の Frieden に対応)と「相手が求めるままにしておいてやる」という意味を表す -lysaの部分(英語のlet 、ドイツ語の lassen などが対応)との合成語である。この、「平穏なうちにあるがままにしておく」という動詞が過去分詞になると「保護された、保護されている」という意味にまで発展する。 * * * * * スウェーデン人の親が人前で自分の子どもに金切り声を上げないのは、決して「世間体をはばかる」ためではなかった。日本人の「世間体」は、生活のさまざまな局面に「恥」と「禁忌」を重んじる態度の反映であろう。しかし、スウェーデン人が子どもを人前で叱り怒鳴りつけないのは、彼らが有する「それを見ている人の苦痛となるような行為は慎む」という、「他者に苦痛を与えないことを何よりもよしとする」心情こそがその根底にあるものだったのである。果たして、それを共有する国民はどこかにいるのだろうか。 政治制度や天皇制(王制)は意図的に、文化の流行などは自然発生的に、スウェーデンのそれらを模倣している局面が実は日本社会にはさまざまな場面で見られる。しかし、スウェーデン人の国民性は、そのさまざまな特質のうちのこうした一つをとってみても、一見すると日本人と類似しているような性質でありながら、その真実のあり方は日本の文化風習しか知らない日本人にはとうてい想像だにできないような性質のものなのだった。 私たちがよりよく人間(じんかん)にあって生きるには、また、私たちが未来に地球環境の中でよりよく生きるには、私たちがもたない知恵や心情を有する他の文化の担い手から学んで自己を変革してゆくしかないだろう。そうすることで、地球規模で他者理解の環(わ)が構築されてゆくはずである。たとえそれが、ニンゲン的愚かさから、我が身にまとうにはとうてい困難であろうとおもえる知恵・心情であろうとも、未来の世代は、その多様な袖に手をとおし続けてみる努力からのがれてはならないだろう。 |
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一期・学習
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- 2012/05/10(Thu) -
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休日午前のマーケットのレジで、私の前に2人の子ども連れの家族を見た。 私は人生で一度も結婚はしなかったが、子どものいる生活を2度経験したので、 「家族の幸せ」 というものを知っている。あれが、生きる幸せ、であろう。 もっとも、それらの子どもは、私とは血がつながっていなかったが、 血のつながりが必須なものではないことはスウェーデンでじゅうぶん見ていたので、 私は何ら心配していなかった。 しかし、日本人の悲しいニュースしかしらない親族たちが、私たちの 「幸せ」 を理解しなかった。 ◇◆◇◆◇ 私は、学生時代も、社会人になっていた時期も、スウェーデンでも、それなりに恋人は幾人かはいたが そのだれとも結婚しなかった理由の大きな1つが 子ども時代に、父親が私の母親を殴打するのを見ていたからだろうとおもう。 家庭イコール悲劇、という連想が脳裏から離れない。 あの光景は、いまも恐ろしく、顔面に青あざをつくった母親の痛みはいまも私の苦痛だ。 当時小学低学年だった私は、わけのわからぬ弟をはげまし、 父親にとりあえず声をかけて、深夜の町をスーツケースをもって隣町へ歩く母親を探してまわった。 先の子どもとその母親との生活でその苦痛の記憶が打ち消されそうになったころ、 しかし、その生活も終わりを告げざるを得なくなった。 私は、家庭の幸福の味を知っただけで、その中にい続けることなく終わった。 ◇◆◇◆◇ 父親は、そうしたDV行為を子どもの私にいさめられたことがあってから いっさい学生期の私に親としての経済的扶助をしなくなった。 私には大学の学資は一切払わず、弟だけが、大学卒業までスネをかじり車の免許までとらせてもらった。 私は、大学に入るため家を出てから30年以上、実家で正月を迎えたことは片手の指ほどもない。 あるのは、スウェーデンから帰国して挨拶に顔を出したときくらいだったろう。 若いころに外国に憧れたと言っていた父親は、私の海外修行に何の関心も示さなかった。 ◇◆◇◆◇ 周囲の取り決めで私と訣れることになった血のつながらない子どもは、私の胸を涙で熱くぬらした。 かたや、先日逝った私の父親は、帰国した私が差し出した握手を 「よせ」 と拒否した。 血のつながり、とは何か意味があるのか。 私にすれば、上記の子ども(男子)や、その後、週末親をしていたある少女のほうが だれよりも私という人間を精神の中にとどめたようにおもう。 そして、何人かの、予備校や塾で教え、手をやかされた若者たち。また、昔の恋人たちも。 |
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スウェーデンの本質を言おう
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- 2012/05/09(Wed) -
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私がスウェーデン人を、スウェーデンを語る理由は、
そこの人間が、 健康的で (不純物のあるものに敏感、という意味で)、 肉体的で (身体を鍛え、管理する、という意識が高い点で)、 明晰で (ノーベル賞を生んだ国だけあり、機能的で合理的な考え方が浸透している)、 公正である (精神や身体に支障のある人の、また、人種・男女の平等、女性の保護、性的問題からの真の意味での自由、などが、かなり高い次元で実現している) 点によるのだ。 日本人が、彼らの意識においつくときがあるのだろうか。 東京でそれがなく、南国の地に来てみた。土地の人間はすばらしいが、そこに移住して慣れた内地出身者の、特に若者たちは、偏狭な日本人の典型だった。その度合いは、ある意味、日本的最悪さの側面と言える、縄張り意識、利益受容体質、放埓にして野放図、を具現している事態だった。彼らは、「弱い」のだ。取り入り、しがみついて、持ち上げられている意識がないと生きていけない。それゆえに、自分に迫り来る者を排斥する。 人を、その人そのものとして観る視座がもてないのが「弱さ」の原因だ。健康的で明晰な思考と公正さを忘れている。 彼我の差は、遠い、遠い。 (本記事は2007年6月9日に書かれた.) |
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子どもの頭脳
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- 2012/05/05(Sat) -
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今朝、恩師の名字 「奈良」 をインターネットで検索したら、偶然、 「奈良岡」 という苗字が出て、 「朋子」 という私がたぶん子ども時代に好きだった女優がいたので、さらに、その候補項目を見ていたら、 私が、 人生で最初に手紙をもらった芸能人の名前が出て、その頃の自分を思い出した. * * * * * * * * 私は、いま、平気で若者を 「阿呆」 呼ばわりする、周囲から、つまり、東京の一部上場会社でも沖縄の公的機関でも、嫌われているジジイになっているが、 (何故なら、沖縄の人は内地の者に叱られるのを嫌がるし、また、厳しい社会経験がない人が多いので、「叱られ慣れ」 ていない.東京では、いまだに、「有名大学出身で有名企業の社員」 ということだけで自分がひとかどの者だとおもっている若僧が掃いて捨てて焼却したいほどいる.) 一方、私は、自分のことをも、周囲以上に、つくづく大阿呆だとおもっている者だ. その私の阿呆は、たぶん、生まれついてのものだったろう、 という証左が、 私がその芸能人、といっても、 当時、中2の私とはやや年下の、NHKドラマの子役に私が手紙を送ったという事実なのだ. その返事が、たぶん、マネージャーの女性らしい筆跡で来て、 それでも、級友のオカベは、「本人からではないにしろ、出したその勇気はほめてやる」 と言い、オザケンはただ驚いて大笑いしていたりした. 子どものアタマとはそんなものなのだ. 私は、その頃、学級日誌に、数学のサイクロイド曲線の研究を書いていて、遠藤周作の 『海と毒薬』 を愛読していた. 子どものアタマは、いま、自分のアタマとして思い出すと、あまりに中規模の爆発を繰り返していて、 規制制御のきかない宇宙ロケットのようなものだった. (高校1年になっても、学校で行った観劇会で、私は、民藝の樫山文枝に感動して、課題でもなかったのに賛辞と劇評を書いて、生物教師の担任に投げるように 「読んでくれ」 と言って渡したら、民藝からの礼状とポスターを担任がもらってきてくれたこともある.K29同窓生よ、あの1年生の時のことだ.私は、どうやら、生粋の阿呆なのだ.) * * * * * * * * 私が沖縄に来るまえに週末親をしていた娘はいま高2になるが、 去年4年ぶりに会ったときに、あまりに混沌としている彼女の立ち居振る舞いに、 小学生時代とは変わった彼女をみて茫然としたが、 あれで、ふつうの子ども時代なのだ. あの、中規模爆発が、なにか1つに照準を合わせて、 巨大な集中砲火に変わるとき、 その子の天才が開くのである. 子どもこそが、 未来の救いだ. 若いものを、だからこそ、 私たち老人は甘やかしてはいけない. バカ、阿呆、使えない、50年早い、等々、 我ら年経たものたちは、 若いものをいくらたたいても過ぎることはない. 彼らのアタマの爆発燃焼は、 そんなことでとまることなどないのだから. ![]() |
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かくて愚者の如くに
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- 2012/04/30(Mon) -
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うぬぼれているのはちがう
不遇をかこつのもちがう 現状に安んじて笑みたたえるのもちがう 明日をおもいわずらい苦悶するのもちがう 他人からの恵みを待ちわび胸ふくらませるのもちがう 頼れるのは自分だけと力こぶつくり鼻息荒げるのもちがう お金をもつことにより頭もたげる自信はちがう 人からの攻撃に凹む自意識もちがう 望ましい人に愛せられても自分を肯定する気持ちはちがう 愚かな他人に害せられてもそのニンゲンを憎む気持ちはちがう 決して他人をきめつけず 決して自分はもうわかったと言わない 決してこれでよしと思わず 決してないものも数えない しかし、日々自己向上努力は怠らず 汗を流して働き 優れた智慧の言葉に耳傾け 世界の美しさを観つめている 寄り頼む人や組織や思想がなくとも自分を不定とおもわず 誤りを排したところにのみ自分を置くよう心を保ち 不定の境に定住する. 人中に在りつつ申し訣ないが このようでしか生きられぬ. (本記事は2009年3月12日に書かれた.) |
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enkelhet
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- 2012/04/30(Mon) -
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